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――――豪雨の夕暮れ。
――――轟く稲妻。
――――光に身を打たれる少年。
"僕は、その時から――――常に一人だった"
その日から、僕はある"異常な能力"を得た。
"スペースメーカー"……。
存在の心に侵入し、自由に"空間"を支配する"それ"は、
制御すればその者に莫大な富と力をもたらすだろう。
しかし大きすぎる力は、必ず平和な世の中において不和を生む。
人を見る目が変わる。何故だか髪型や髪色が変わる。世界が変わる。
――――自然と、人々が僕を見る目も……
"得体のしれない怪物"を見るような目に、変わっていった。
しかし僕は、それでも折れなかった。
人の為に、周りの数少ない友人の為に――――その力を、使い続けた。
友人の飼っている犬がいなくなれば、周りの野良犬に憑依する事で捜索の手伝いをした。
悲しんでいる人がいれば、心に飛び込んでその原因を取り除いた。
人の喜ぶ顔が見たかった。
みんなに、褒められたかった。
幼い僕の心は、まだ砕ける事はなかったのだ。
……まだ。
それは、僕が"目覚め"てから数か月ほど経ってからの事だっただろうか。
今になってもこの時の出来事はよく覚えている。
その日僕は――――初めて、人の"なんでもない悪意"に触れたのだ。
キキ――――ッ!
甲高いブレーキの音、その後直ぐに自分を突き飛ばす母の手。
鈍い衝撃音が、人通りの少ない交差点に響く。
母が車に轢かれた――――その事実を認識した瞬間、
少年は車に乗った男を"睨んだ"。
ひき逃げをした男の心に入り、車のブレーキを踏む。
――――ただそれだけのつもりだった。
そう、あれは焦って思わず逃げ出してしまっただけ。
車を止めて、しっかりと救急車に通報してもらえば……
母は、助かるかもしれないと。
余りの出来事に、僕は逆に冷静だった。それだけのつもりだったのだ。
――――男の心に入ってすぐ、少年はブレーキを踏まずに
ハンドルを殺意のまま思いきり右に回した。
何でもない事なのだがその男は――――僕の通う小学校の、クラスの担任で。
轢いた相手が自分の教え子の親と知っていてなお――――その男は、逃げ出した。
ただそれだけの話だ。ひき逃げの相手が、ただ僕の担任の先生だっただけ。
しかしその事実は、まだ幼い僕の心を酷く怒らせるのには十分で。
結果、男は気を失い、携帯も故障して通報が出来ず――――
そのまま僕の母は、手遅れになり助からなかった。
自分の母親を……この手で殺したのだと僕が己に"告げられ"た時。
僕は――――人を、そして自分自身を……信じる事を、やめた。
"俺たちは――――もう、ただの少年ではない"
僕のこの力は、良くない物しか生み出さない。
母が亡くなってからしばらく、僕は学校に行くこともやめた。
中学校になっても学校をさぼり、日々一人で人の形をした何かを殴り、
またそれらに殴り飛ばされる。赤く腫れた顔面を、公園の水をぶっかける事で
冷やしつつ家に帰る日々が続く。
体の痛みは感じなかった。ただ、心だけがじくじくと泣き出したくなるように痛んでいた。
そのぐらいの時期からだろうか。
僕は、毎日夢を見るようになった。
うなされるような悪夢ではない。
しかし、天に昇る心地のような良い夢でもない。
――――ただ、己の心の中で……"僕自身"と、会話する。
それは僕にとって、良い時間だった。
これは夢だ。そして、相手は僕だ。
何でも、気兼ねなく自由に話せる。
母親も、先生も大好きだった事。
それまで熱心に続けていた野球をやめてしまった事を、後悔している事。
自分自身が何故――――この力を得たのだろう、という事。
――――僕は今……何のために生きているのだろう、という事。
俺は答えた。
俺も、俺が好きだった母や教師の事を好いていたと。
俺が嬉しそうに張り切ってグローブをはめ、ボールを投げる姿は嫌いではなかったと。
その力は―――――"人と向き合う為の力"だと。
――――俺たちは今……"それを探すために生きている"と。
――――僕には、まだ"僕"の言う事が良く分からなかった。
それからしばらくして、"僕"とは起きている時でも
心の中で話し合いができるようになった。
彼とは趣味がとても合う。自分自身なのだからそりゃそうだ。
彼と他愛ない話をすれば、その度に僕は自己嫌悪に陥った。
天を見上げる。カラスが一羽、夕暮れの空に飛んでいった。
動物は……あまり深い事を考えずに己が生きる為だけに生きている。
僕達は、どうだろう。
動物たちは……己が種を残すために寄り添い、時には争う。
みんながいてこそ、彼らは生きていけるのだ。
僕達は、どうだろう。今の僕たちは、生きていると言えるだろうか。
僕達はそれを知るために、たくさん動物の心に入って話した。
僕は、その時から――――人の"心"について、毎日考えるようになった。
いつしか、喧嘩をしに外に出る生活から
動物や自分と話をするために外に出る生活に変化していく。
――――次第に、心の痛みも自分自身と分かち合えるようになった。
高校に進学しても動物と話してばかりで全く学校に通わない
僕の様子を見かねたの父親が、転校して一人暮らしする事を
提案して来た。"イバラシティ"。
そこには、僕のような"よくわからない力を持つ人間"がたくさんいて、
彼らは普通の人間として日々生活しているらしい。
僕は乗り気じゃなかったが、俺は行けと言った。
しかし、そうすれば自分の父親とは長い間会えなくなる。
元々仕事の都合であまり会えなかったのだが。
俺は発つ前に、あの母親が死んだ時の事を
打ち明けるべきだと提案した。
僕は数日悩んだ末に、自分の言う事ならと勇気を出して
出発する前日の夜……父親に全てをぶちまけた。
これで嫌われても――――どうせ、
一人暮らしすれば会わなくなるのだ。
もうこれで、全てを終わりにする心積もりで。
しかし、それを聞いた父は……そっと、悲痛な顔で僕を抱き締めたのだ。
その日、僕は久しぶりに"今生きている"と実感できた。
まだ少し自分自身が怖いけど……なんとか、やっていけるかもしれないと。
久々に、ほんの少しだけ前向きな気持ちになれた。
そして、一人暮らしを始めたイバラシティにて――――
僕達は、たくさんの"人"と向き合った。
異能を"カッコイイ事に使ってみろ"とアドバイスしてくれた、剣野くん。
自分とどことなく似ている――――心優しい少女、シエルさん。
自分と同様に少しクラスに馴染めなかったらしい大事な友達、二コラくん。
僕がこの街に来て初めて異能を使った"人"――――青水さん。
―――――焼肉。探偵さん。
僕が異能を話してもいい、と信じれるぐらいに僕に良くしてくれた、2-2のみんな。
そして、そのはじまりとなった"見えない"女の子――――リョウちゃん。
その件で僕をとても助けてくれた――――ミツフネくん、十神さん。
僕の異能を"誰かを助ける事が出来る"と改めて実感させてくれた――――群条さん。
あの部屋で、久しぶりにお母さんが出来た気持ちにさせてくれた――――雪月さん。
君らの金銭感覚絶対おかしいよ――――刀崎さん。
――――ガチョウ。
――――喋る猫。
――――ゴリラ。
――――味神様。
……なんか色々混ざった気もするけど……何。
彼らだって、他にも、数え切れないほどの沢山の人だって。
みんなみんな、僕の友達なんだ。
――――豪雨の夕暮れ。
――――轟く稲妻。
――――時空の狭間にて目覚める少年。
『本来の記憶』が僕らに流れ込んで来る。
"僕は、その時から――――常に二人で一人だった"
――――例え"俺"が寄り添ったその記憶が、偽りの物だとしても。
僕達が好きになったこの街を――――
これから何があったとしても、僕たち二人で……みんなで守って行こう。
その気持ちに偽りはない。だって俺はお前で、君は僕なのだから。
もう心の痛みはすっかり消え失せた。
何があったとしても、この街でなら……僕達は、人の善意を信じる事が出来るのだ。
――――僕はイバラシティの芥川響。
――――俺はアンジニティのヒビキ・アクタガワ。
どちらも僕だ。どちらも、イバラシティやみんなが大好きなヒビキなのだ。
芥川 響
"俺達はもう、ただの少年ではない"
イバラでの表人格。ハザマでの裏人格。
イバラシティ出身。――――大好きな街を守る為、
イバラ陣営に味方する。
ヒビキ・アクタガワ
"僕達は今まで、ただの少年だった"
ハザマでの表人格。イバラでの裏人格。
アンジニティ出身。――――"自分自身"の意思に従い、
イバラ陣営に味方する。