【1廻目】
―聞こえる。
―セミの声。
―遠くで聞こえる、セミの声―
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リョウ 「・・・・・・・ふぁ。」 |
変な夢を見た気がします。
今日は転校初日なのに・・・憂鬱です。
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リョウ 「さぁ、頑張らないと!新しい一日の始まりです!」 |
ここはイバラシティ。そしてとある場所、私の家。
現在時刻は朝の7時。少し眠いですが、頑張っておきないと。
とある事情で転校することになった私。今日から新しい学校生活です。
髪をとかし、制服に着替え、カバンを持ち。あ、ハンカチも忘れずに!
不安と期待でごちゃまぜになった感情。
あぁ、転校初日はこんなに緊張するものなのですか。
でもでも!頑張らないと!転校初日の挨拶は大事です!とっても大事です!
私の目標、『友達をたくさん作る』、今度こそ実現させてみます!
―私は自分で言うのもなんですが、どこにでもいる普通の女の子です。
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リョウ 「は、はじめまして!今日からこのクラスに転校してきました。 お、お友達になっていただければ嬉しいです!」 |
―ただ、ひとつのことを除いて。
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リョウ 「・・・・やっぱり、誰も気づいてくれませんね。」 |
そう、私は誰からも気づかれません。
声すら届かない、それが私チカラ。
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リョウ 「はじめまして!よろしくおねがいします! お友達になっていただけると、うれしいです。」 |
もう一度大きな声で自己紹介。頭を下げます。
ですが、教室は誰も気づいてくれません。私の挨拶は雑談にかき消されます。
前の学校でも、誰にも気づかれませんでした。
きっと、私がいたことすら、誰も知らないでしょう。
だからこそ、今度こそと、私は一縷の望みをかけて、転校してきたのですが―
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リョウ 「・・・・寂しい、な。」 |
こんなに沢山の人がいるのに、私の周りはこんなにクラスメイトがいるのに。
―なんで私は、こんなに孤独なんだろう―
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リョウ 「あの!これ売ってください!ねぇ!お願いですから!」 |
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リョウ 「・・・私も、おにぎり、好きですよ・・・?いいなぁ、話しかけてもらえて・・・」 |
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リョウ 「あ・・・コーヒー、コーヒーください・・・・コーヒー・・・あの・・・お茶でもいいですから・・・あの・・・」 |
あれから数日経ちました。
相変わらず私のことは誰も気づいてくれません。
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リョウ 「わぁ、絵がいっぱい・・・!すみません、部活見学、させてください!絵、見させてください!」 |
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リョウ 「幽霊さん、いるなら、声が交わせるなら・・・話してみたいですね。」 |
それでも、私は話しかけます。
なんども、なんども話しかけます。
それを何回繰り返したでしょう。
だんだん、私は諦めの気持ちで塗り潰されていきます。
最初から分かっていたことです、誰も気づいてくれないことは。
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リョウ 「はじめまして!よろしくおねがいします!」 |
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リョウ 「お友達になっていただけると、うれしいです。」 |
だけど。
私は、何度も、何度でも、何度だって話しかけます。
―寂しいのは、嫌なので。
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きっかけは何だったのでしょう?
今でもよくわかりません。
ただ、温かい何か。ほんの少しの優しい気持ちだったと思います。
あの時、あの場所。あの教室。
―私の運命は、大きく変わりました
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それは、黒板でした。
黒板に書かれた、数々の言葉。
いつも通りの日。
いつも通りの、誰からも気づかれない日常。
いつも通りの、寂しい日常は。
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リョウ 「―――」 |
呆然と立ち尽くします。目の前の光景が、信じられません。
"こんにちは ごきげんいかが"
"今日はいい天気ですね"
"初めまして 2-2に興味はおありですか?"
"さあどうぞ ゆっくり見て行ってください きっと気に入りますよ"
"決してご遠慮は有りません"
"個性だいぶ強いけど たのしいよ"
"↓納豆チョコですご自由にお取りください"
"お口直しにどうぞ"
チョークで書かれた、たくさんのことば。
やさしいやさしい、たくさんのことば。
黒板の前で、笑顔で立つ、クラスのみんな。
その笑顔は。
ただひとり
私に向けられて―
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リョウ 「あ・・・あ・・・」 |
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リョウ 「うれしい、うれしい、うれしい・・・!」 |
頬を伝う、温かな雫。
諦めかけた心が、うごきだす、音。
唐突に。
寂しい日常は。
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リョウ 「私のこと、わかってくださるんですか・・・?」 |
震える手で、チョークに手を伸ばします。
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リョウ 「おへんじ、おへんじを・・・!」 |
チョークを手に黒板へ。
すぐそこなのです、待ち望んだ、人のぬくもりは、優しさは―
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ぽろ・・・コロコロコロ・・・ |
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リョウ 「あっ・・・」 |
震える手からするりとチョークが転がり落ちる。
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リョウ 「あわ、あわ、まって、ひろ、ひろわないと・・・!」 |
ズルッ
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リョウ 「あ」 |
緊張のあまりもつれる足、滑る、転―
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リョウ 「「わー!?」」 |
ドシャア(転倒)
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― |
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リョウ 「いちゃい・・・いちゃい・・・・」 |
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リョウ 「あ・・・」 |
砕け散ったチョークを見下ろします。
もう書けそうにありません。
思わず、その場にへたり込みます。
お返事が・・・できなくなってしまいました。
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リョウ 「でも・・・でも・・・!」 |
―そうだ、今は無理でも、いつかきっと。
顔を上げ、足に力を入れ。
―私を知ってくれる人、分かってくれる人が、もういるのだから。
立ちあがり、クラスのみんなに向きなおり。
―きっと、それは、とても幸せなことなんだ。
みんなの笑顔を、目に焼き付け。
―だから、焦らなくても、きっと。
にじむ涙で、心からの笑顔で。
―黒板の前に立つ、優しい人たち
―誰も私のことが見えてなくたって。
―今、私はここに。そして、みんながここにいるんだから。
大きく深呼吸。
―だれも分かってくれなくても、誰も聞こえてなくても。
―きっと、届かなくたって、私は。
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リョウ 「はじめまして皆さん、私を見つけてくれてありがとうございます。 私に気づいてくれて、ありがとうございます。」 |
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リョウ 「どうか、お友達になってください。」 |
―誰にも気づかれず
―寂しいと泣いていた日常は
―音もなく、終わりを告げました。