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人が変わる瞬間ってなァいつだって突然で。
幼虫が蛹に、蛹が蝶になる様に鮮烈な出来事のあとに人間パッと変わっちまうンだ。
例えば俺。加唐揚羽は小学校時代は典型的ないじめられッ子。
周りよりチビで内気で家庭環境が複雑だった俺は真っ先に標的になった。
気づいてたのかいねーのかクソみたいな先公は「騒ぐな」しか言わねェ。
好き放題なぶられた後、家に帰れば親父は飲んだくれてッし
見つかったらデケェ怒鳴り声と拳や空き缶が飛んでくる生活だ。
毎日生きてるのが憂鬱でうつむいてビビりながら生きてきた。
伊藤君ってダチが居なかったら、うっかり屋上から飛び降りて死んでたかもしれない。
成長期に背が伸びて色んな理不尽に暴力で抵抗出来るようになってから
髪をキンッキンッに染めてピアス開けて周りを威嚇するようになった。
クラス替えで伊藤君とは疎遠になッちまったってのもある。
一人で、友達とか助けてくれる奴もいなくて。
だから俺を笑った奴は二度とそのツラが出来ないように付け回してボコボコにした。
家にスプレーで落書きしやがった暴走族は顔覚えて一人ずつ付け狙って不意打ちで潰した。
家に帰るのは親父が居て億劫で不良の金パクッてゲーセンで遊んでた。
中学ン時は「鬼のカガラ」なんて噂されてやれどこそこの生徒を焼き殺しただの
信号無視したヤクザを車ごと深海に沈めただの誇張されてビビられていた。
滅茶苦茶な尾ひれ背びれのせいで度胸試しにくるヤツも居てとにかく毎日、喧嘩、喧嘩、喧嘩だった。
学校もロクに行ってなかったせいで卒業もヤベーってなってたけど
心配したじーちゃんとばーちゃんが引き取ってくれて
高校には行けた。
相良伊橋高校。通称ソラコー。
自由な校風だっつーンでじーちゃんから勧められた高校だ。
つってもソラコー自体も難しいし本当に成績も出席率もヤバかったから行くのに滅茶苦茶苦労したけどな。
人生であンだけ勉強する事ってもうねェンじゃね?
伊藤君もソラコーに来てたし勧めてくれたじーちゃんに感謝してる。
そっからまァ、しばらく真面目にはしてたけど染み付いた習慣とか性根ってなァなかなか治ンねーんだ。
売られた喧嘩は軒並み買ってたせいで成績はガタ落ち。普通の生徒気取ってた俺は問題児に逆戻り。
染め直して黒くした髪も結局元の金髪リーゼントに戻してピアスも開けて
保健室とか屋上でダベったりボーッとして授業をフケるようになった。
けど運命ってあるらしくて俺は出会っちまった
岬結乃。
俺が不良を止めるきっかけになった女子。
めっちゃ可愛い。
めっちゃ天使。
屋上で出会って、お菓子分けてくれて。
下の名前呼んでくれて。
俺のこと「ちゃんと男の子」だって言ってくれた。
これまで自分の下の名前、女みたいで恥ずくて嫌だったけど。
俺、
可哀想な家の子でも
加害者の息子でも
いじめられッ子でも
不良でもなくて
「加唐揚羽」っていう男の子なんだってそこで初めて思えて。
嬉しかった。
岬にとってはそんな意味じゃなくて何気ない一言だったかもしれねーけど
俺にとっては変わるきっかけだったんだ。
不良じゃなくて加唐揚羽として好きになってもらおうって。
ツッパらなくても周りの連中もいい奴ばっかだし。
クラスの奴らのおかげで自分の異能にも自信が持てたし
ダチも出来た。
だからもしアンジニティがイバラシティを侵略しようとしてるっていうなら
俺が守る。
絶対に日常を奪われたりするもんか。
「イバラシティは俺らのモンだ。侵略するってンなら容赦しねェ」
■■◇
人が変わるのはいつだって突然だ。
もう大丈夫だ。順風満帆に行くと思ったら足元掬われる。
皆、上手に危機を避けるよな。俺は……
不意の妊娠も、飛び出してきた人間も、息子の不幸も避けられなかった。
家庭を壊し信頼を無くし他人を傷つけ逃げ続けるだけの……
空っぽの俺にミカボシコーポレーションは沢山のものを恵んでくれた
健康な新しい体、清掃の仕事、優しい同僚。
こんなことってあるか?
怪人になったとたん人生が充実し始めるなんて。
俺はやり直せる。本気でそう思った。
有り余るほど授けられた俺に出来ることと言えば会社のために命を張ることだ。
そのために俺はアンジニティの側につく。
会社が望む『ミカボシ様の復活』に陰ながら貢献して見せる。
今なら変われる。確信があるンだ。いや変わって見せる。
真の意味での真化だ。
会社に恩を返して俺は、真人間になるんだ
ハザマでは怪人の体で活動できる。ちょうど良い。
今度こそ俺は避ける側に行く。回避の向こう側に。
今度はAGIだけに頼らず自分のあらゆる力を持ってこの勝負に勝って見せる。
それが俺のD.Dだ。
そう、D.D。ドッジ・オア・デスだかドッジ・オア・ダイだったか。
高校時代に打ち込んだスポーツだ。
家族が皆いた頃は息子にも教えたくて「ドッジボールの特訓」なンていって
よく遊んだっけなァ。
うっかり「D.D」なんて口にしたら嫁は不思議そうな顔してたけど笑ってたっけ。
息子は避けンのも投げンのもヘタクソでよく途中でむくれてたな。
だからその度にアドバイスをやってたンだ。
球をよく見て。逃げずに避ける。
コツをつかんでからはあいつも楽しそうだったな。
きっとお前はイバラシティにつくンだろう?
俺が居なければ幸せな道を歩めるンだから。
だから今度も俺の投げる球を
「避けてみせろよアゲハ。」
◇◇◇◇
アンジニティの侵略。
イマイチピンと来ないけれど、きっとおいしい焼肉店も肉屋もないんだろう。
イバラシティは生まれ育った街だし、
家族もヒカラビ荘の人達も恐らく何割かはイバラシティの人間だ。
侵略は困る。とても困る。
しかしイバラシティで動こうにも情報が少なすぎてどうにもならない。
きっと、あのアナウンスが本当ならハザマで決着を付けるしかないのだろう。
ハザマの記憶は持ち越せないというけれど向こうの私はうまくやれるだろうか。
ああ、帰ったらデリデリミートで焼肉が食べたいな。