――カ ラ ン 。
金属が落ちる時のような、高い音が鳴った。
それを合図に、少女の世界は一変する。
………、
記憶が不躾に無遠慮に掻き混ぜられる。
それはまるで鍋の底に溜まった泥を掬い上げるかのように。鎮めていた感情が、溢れ出す。
――私は優しくなんかない。
―――私はいい子じゃない。
――――私はできた人間じゃない。
ああ、どうか、
見ないで。
とても綺麗とは言えない感情に塗れた私を。
けれど、それでも――――
◆◇◆
「――――………え?」
夢を見るように。太腿から伝わってくるひんやりとした冷たさに、少女の意識は一気に覚醒した。
この冷たさは寮の部屋の床の、木のぬくもりからはほど遠い。いつの間にかうたた寝をしてしまったのだろうか。
ぱち、と瞬きを一つ。しっかり目を見開いてから自分の身体に視線を落とす。頭のてっぺんを見ることは出来ないから、胸元から腕、お腹、足は爪先まで、上から下へ順繰りに。
片手で触れたシャツの襟元、第一ボタンが外れていることを確認する。息苦しくていつもこっそり外している。それを隠すように結んだ襟元の赤いリボン。ほどけていない。
紺色のブレザーは私の背丈と体型にほぼぴったりで、すこしだけ窮屈。服装チェックがある時以外は折って膝上の丈に調整している、裾に赤いラインが入った灰色のプリーツスカート。白い――黒か白、その日の気分で色を決めている――ハイソックスと、焦げ茶色のローファー。
二年目の終わりになってやっと馴染んできた、紛れもない学校の制服だ。
覚えている限りの直前の記憶を思い出す―――つい先ほどまで自分が着ていた服装と、何一つ変わったところはない。
自分の格好を一通り眺め終えると、少女は恐る恐る顔を上げて周囲に視線をさまよわせる。
空は不吉な黒と赤混ざりの色。ところどころ大きな亀裂の入った道路はねじ曲がり、切れた電線がぶらりぶらりと所在なげに風に揺れている。傾いた看板。外壁や窓ガラスの割れた民家。
荒廃した世界。だが、奇妙な既視感を少女は覚えた。見慣れた景色だと、面影を感じると脳の片隅が騒ぎ立てている。
これはいつもの街、自分が住むイバラシティだ。
呆然とした少女は自分の頬に手を添えると、つまんだ。正確には、つねった。
むに。
…………痛い。
痛みを感じる夢もある。夢か現かの判別にこの方法は当てにならない。夢の中でも痛みを感じるなんて嫌だな、と少女は嘆く。
ぽんぽん、と手とスカートの汚れを軽く払って、少女はおもむろに立ち上がる。
そのタイミングを見計らったかのように、いつかの黄昏時に一度だけ耳にした男の声が、頭上から降り注いだ。
The Evening1.

駄木(50 PS)を購入しようとしましたが、PSが足りませんでした。
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