静寂な空間に僕とトガノさんが立ち伏せている。
全ては魂…というか、球体生成を行うための下準備だった。そこまではよかったんだけど…。

どういうわけか、球体契約の儀式がトガノさん相手には行えない。
トガノさんの身体も、周囲の球体達も。何の反応も示さない。
即座にトガノさんの身体に触れ、再度詠唱を試みる。
それでも結果は同じ。
僕は困惑しながらも、一旦球体の1つをトガノさんの体内へと直接送り込んでみた。
…直後、僕は軽はずみな約束をしたことを後悔した。

そういったことをすぐに感じ取れてしまった。
まず人体構成からして常人とは異なってるみたい…。
内臓も、血液も、人間のものを模してはあるみたいだけど…何かがおかしい。
形ばかりで正常に動いてない。まるで人形だ。
それだけじゃない。体内には何だか…よく分からないオーラが蠢いているよう。
普通の人間…ううん、普通の生命体とは違う相手には、僕の能力は適用できない。
それは…兄さん相手で実践済みだから、分かる。

ドクン、と心音が跳ねる。ほぼ同時に寒気を感じた。
瞳に映ったのはトガノさんの今まで見たこともないくらい歪んだ形相。
何を言っているのか、そして何をしようとしているのか。
今までぬるま湯に浸かりきっていた僕でも容易に想像できた。

儀式のために組んだ陣が破壊される。
ガラガラと鳴り響く音が妙に遠くに聞こえる。
何かを叫んでいるようだけど、それは聞き取れない。
ただ…すごく悔しそうで、すごく苦しそう。

僕の胸倉を掴んで何かを叫び、直後に振り払うようにして投げ飛ばす。
違うんだよ、聞いてよ。
やらないんじゃない、やれないんだ……。
僕は異能者の中でもかなり特異な力の持ち主だっていうのは知ってる。だけど、それでも。
人智を超えてしまってる相手に力を与えることは、僕には無理なんだよ……。

お互いの声にならない声が空しく響く。
周囲の球体の色付きが濃くなり、チカチカと細かな明滅を繰り返す。それは危険を知らせる合図。
だけど、今の僕にその制御はできない。
ただただ状況の流転に身を委ねるだけ。
なにをしていいか、わからない。
だれかたすけて。でも、だれもいない。だれも………………。

いや、いる。1人だけ。
こういう時…いつも僕を支えてくれた人が。

★

一刃の光が眼前を覆った。
それは俺が振り出したナイフのそれじゃない。
…奴が抵抗しやがった。
無機質で、怒声や脅しにも屈しねぇ、あの小生意気なガキが。

これまた憎たらしい無感情な声で出迎えてくれやがる。
あっという間に俺のナイフは腕ごと大きく弾かれ、逆に首筋に刃状の無色球体だったものが突き付けられちまう。
熱も冷めるぜ。こんな淡々と対処されちゃーよ。

それはここまで来る道中、何度も何度も聞かされてきた言葉。
そう言い放ちながら、ハルはなんの躊躇いもなく俺の首筋に切り傷を入れてくる。
ドクン。体内で何かが跳ねる感覚がした。

ごぼっ。
体内で何かが蠢いてやがる。
それが動く度、喉奥に熱いものがこみ上げてくる。

気持ち悪ぃ。今すぐに吐き出したいぐらいだ。
だが、嘔吐を試みても喉奥がヒリヒリするばかりでちっとも出てきやしねぇ。
どうなってやがる……？
目線を地面からハルに戻すと、奴にしては珍しくニヤついてやがる。
いい趣味してるぜ、この野郎。

ハルの周囲には相変わらず多数の球体が浮遊してやがり、チカチカ色めく光が嫌でも目に入ってくる。うざってぇ。
だが…待てよ？この現状に…魂の反発…だぁ？
ってことは……つまり……。

震える腕で懐の拳銃を掴み、ハルに向かって3発撃つ。

予想通り、放った弾丸はハルの両脚と右腕を貫いた。
一瞬の出来事。呆気なく四肢を撃ち抜かれたハルは、被弾箇所から血を流しながら地面に両膝を付く。

鎌のように振り下ろされた刃の攻撃を紙一重で躱しつつ体勢を整える。
その後、『無色の球体』はすぐにハルに覆い被さるようにして防御体勢を取った。

ハルの頭部に向け、拳銃を構える。小さくうずくまってやがるのと、手が震えるのとで標準を定めにくい。

だが、その僅かな気の迷いが。

俺を盲目にした。

俺の体内に何かが入った。
ほぼ同時に身体中に激痛が走り始め、まともに立ってすらいられねぇ…っ！
この状況でぶち込めるモンなんざ…決まってる！！

この野郎、隙を突いて自らがコントロールできる唯一の球体をぶち込みやがった！

引き寄せられるかのように、ハルの前方を覆っていた無色球体が俺の体内に侵入する。
もう狙いを定めるのは、無理だ。
体内から全身をメチャクチャに切り刻まれてるのが分かる。
痛ぇ。クソ痛ぇ。

もう笑いしか出てこねーよ。
ここまで徹せるってのもある意味才能だろうに。勿体ねぇことしてやがるぜ。

止めと言わんばかりに、ハルの操る刃は体内から俺の首を切り落とそうとした…らしいが。
……ガキンという硬質音だけが響くに留まった。

ドクン。

身体が、熱い。

ドクン。

どこからか、熱が漂ってくる。

ドクン、ドクン。

この感じ、ひどく懐かしいぜ。

ドクン、ドクン。

今頃の目覚めかよ？遅ぇっての。

ドクン、ドクン。

お前は生きてても死んでても自分勝手なんだな。そうだろ？







★執事の手記★
ズタズタに裂けた上に血塗れになっている。
もうこの手記を使うことは不可能だろう。

瞬時に抜かれた短刀が、投げナイフを全て弾き落とす。
金属の衝突音が鳴った時には既に納刀されている、早業である。

少年のほうに目線を送る。
隙を晒しているトガノへ攻撃を加えようという意思はないようだ

困惑なんてどこ吹く風な割にフォローは入れるらしい。

霊達を見ていると優しく微笑んでいる。
何か楽しみにしているようだが……？

銃弾を受けて頭が爆ぜる、
両手両足も同様に。
脆弱な人であるそれではその銃弾には耐えきれるものではない。
どう考えても死んでいる。
だが……
聞き取れんだろ？という言葉を聞いて上体だけ起こす。
血には塗れているが平常に見える。

一つ確かなのはペースは崩さない人のようだ。

指で頬をひっぱりながら喋ってみる。

明らかに少女に頼むような内容物では無い様だ、最後意外は。

展開された商品に対してなんだが視線がチラついている。

　乱暴にナイフを突き立てる青年を見て、ただ、寂しさを覚えた。
　ナイフに手を添えて、衝動を安らかに落ち着けようとする。
　そして、抵抗がないならばトガノの頭を抱き寄せ、胸へ深く埋めるだろう。
　他者の心臓の鼓動は、ささくれた心を癒す力があるのだから。

　恐らくはその主、もはや生きてはいまいが――と思うも、それは口には出さなかった。
　

　知らないものを見てみたいという話には、呵々と笑って答えた。

　隠居の道楽みたいなものじゃな、と自分を馬鹿にするような言葉を続け。
　尾を撫でる指導においては、若干ながら呆れた調子で言った。

　体勢をくるりと入れ替えて、青年の後ろ髪を手指で梳いてみせる。こうやるのだと。
　抵抗されるかもしれないが、彼には「安心できる相手もいる」ということを教えたく思った。



　感情変化に合わせるように光量が変わる球体を、不思議そうな視線で見つめ。

　黒き青年の方をちらりと見る。残り１人は、彼のことでいいのだろうか。
　興味が尽きれば去ってしまいそうに思うが、そういう相手とは気づいていない？
　彼らの関係が、いささか掴めないで悩み。

　シオンはそれで良くても、ハルはそれで良いのだろうか。
　シオンが見たくない世界を見続けることになるハル、喜びはあるのだろうか。

　思うことはあるが、これはハルに尋ねることは出来ないだろう。
　互いが互いを思いやっている姿も見ている。波風を立てることが良い結果になるとは限らない。
　ただ、シオンの話だけを訊くならば、ハルがとても可哀想に思えてしまうのだった。

　ぎゅーっと、力を込めて。

僕と僕の中の精霊もお互いを補助し合っているように。
そこにはおそらくハルとシオン、ふたりセットでなければならない理由があるのだろう。

シオンの問いにはなにがだろうという風に首を傾げて問い返す。

その言葉には少しほっとしたような笑みを浮かべ。

なんと表現していいかわからず、そこで一旦言葉を切り。

そして球体にシオンが指を突っ込んだのを見てどこか違和感を覚える。前は確か―――――

そして続くシオンの言葉に複雑な表情になり。

僕と僕の中の精霊もお互いを補助し合っているように。
そこにはおそらくハルとシオン、ふたりセットでなければならない理由があるのだろう。

シオンの問いにはなにがだろうという風に首を傾げて問い返す。

その言葉には少しほっとしたような笑みを浮かべ。

なんと表現していいかわからず、そこで一旦言葉を切り。

そして球体にシオンが指を突っ込んだのを見てどこか違和感を覚える。前は確か―――――

そして続くシオンの言葉に複雑な表情になり。

シオンの承諾を聞いて、さも自信有りげに答えて見せる。
腰に手を当て、堂々とした立ち姿勢。

一先ずはと、シオンの好きなように為すがまま。
跳ね返った玉の変化にも気付かず、その様子を眺めている。

腰布や上着をひらひらと捲り……。
その中身に異常が無いことを、見せ付けようとした。

トガノに言ってからハル――シオンに視線を移す。
随分と雰囲気の変わった彼を見る。

ぽつり、言葉を漏らしてから目線を近づけて、

そう問いかけた。

自分の横を通り過ぎた弾丸を少し興味深そうに横目で見て、
トガノに視線を戻す。

目の前の様々な色の球体に目を輝かせながら、そっと触れた。

興味深そうに球体をつついている。
そうしながら、あなたの問いかけに少し考えて返事を返した。

そっと、服のポケットから黄葉した公孫樹の葉っぱを取りだす。