（当日記は時系列を、第二十二回更新後の場面として想定しています。）






――フィンさん、追い付きたい人が居るんですか？






鬱蒼とした森中を、歩み進む。


時折り差し込む木漏れ日は優しく。

交互に踏み締める草土の他は、響き渡る音も無し。

ミハウ・コトカに別れを告げ、連れ立ち進む道程は静かに。

さながら、我らのみが此の地に隔絶されたが如く。


尤も、前行く花冠は返り見るモノ無く。

同行者など無き様に、ひたすらに脚を動かし行く。

ふと歩調を上げ、その傍らへと辿り着けば。

鉄の如き横顔が、其処にはあった。

それは、確たる意図の有るモノでは無かったか。

不意に声が漏れ出し、横たわる静寂を破り波立たせた。

鉄は振り向くこと無く。

全てを風に変え、吹き流す様に。

掛けた言葉もまた、中空に散り途切れた。

幾分か、その頬が緩むことを期して問いを重ねる。

それ程に、かの菓子は甘美であり、類無き味わいであった。

己が示したるモノ、見つけ出せし世の秘密に。

もしも、満足を得るモノが在るならば。

再び、沈黙の帳が下りる。

ただ両足に運び担がれる身体のみが、前へ前へと。

覗き込まれ顔は、決して色を変えること無く。

されど、頬を撫でる風ばかりが、いとも冷たく感じられ。

刹那、己が鼓動が、拍動を止めた。


幾度無く思い知らされた返答を前に、気安き諦観が首をもたげ。

次いで、疑問と悲哀が入り混じり、葛藤が憤然となって波を返す。


己が欲するモノ、手を伸ばすことを許されぬモノ。

正体掴めぬ雲間から、脳裏に静かな雷鳴が響き渡った。



――それでお前に、何が残されると言うんだ？



気を取り戻し目前を見遣れば、容易く遠ざかり行く背が其処に。

その背面を射抜くべく、足を止めたまま声を投げ掛ける。

初めて、花冠が足を止め。

ゆるりと、その鋼の表を此方へと向けた。

喪い変じれど、自らが竜たる所以を示すのならば。

己が力を振るう他に、作法を知らぬが故であり。


するり、腰より刀を引き抜いて。

未だ構えることはせず、牙の輝きを見せ付けるのみ。

周囲に脅威無きことを認めると、ようやく花冠が向き直る。

その外敵へ向けた集中は、今や己が身の上に注がれて。


握り込まれた小刀よりも鋭く、双眸の視線が突き刺さる。

光無きはずの朱が、妖しく煌いた様に感ぜられた。

深く貫き抉るが如き、仄暗い殺気が其処に。

刀持つ手に溢れた汗を悟れぬ様、強く柄を握り締め。

深き呼吸を糧に、体躯を走る緊張を解す。

かつての、再現の積もりであった。

互いが死力を尽くした、今は遠き山の。

予ての時より、変わらぬモノはこの男たり。

己が欲するモノは、変わらず其処に在り続けている。


耳の奥底が、じくじくと痛みを滲ませる。

されど、変じたモノが在るとするならば……。

構えを取った花冠に合わせ、重心を落として臨戦の姿勢。


体躯に力が籠もる。

さながら、臂力はち切れぬばかりの、竜の頃のように。

握る刀を爪牙にして、殺意を向ける己が獲物を睨む。





引き絞られた空気の弦を、風駆ける高音が引き裂く。

その音を合図に、森の大地は蹴り上げられ。

命奪う刃が互いの臓腑を目指し、その先端を鋭く交叉させた。




（練習試合へと続きます。）

ぴしゃりと言い切ったシズの言に、ルカは、とほほ顔である。
もっとも、その自覚があるので何も言い返せないワケだが。

今だって十分強いのに、なんて呟いて、不思議そうに。
ルカは彼女とシズとを交互に見遣り、二人の会話に耳を傾けていた、のだが、

子は親が育てるべきか、という声には、シズがそう言って、同意する。
横でルカが、彼女の言葉の意味がよく分からずに首を傾ぐも、気にすることは無く、

言って、頭頂から伸びる触角をピンと指先で弾いて見せる。
この触角はそういった気配には特に敏感なのだと呟いて。

詰め寄られればぎょっとした。
反射的に後退りするがそれでも詰まる距離に冷や汗が背筋を伝う。
何だか、教師にしかられる生徒みたいだな……とかどうでもいい思考を一瞬感じつつ。

どういえば納得してもらえるだろうかと思考を巡らせるが今ひとつ言い言葉は出てこない。
耳と触角をへにょりとビビる猫のようにへたれさせる青年である。

事もなげに笑いながら告げる。

その表情に曇りはなかった。

色々と調味料を加えて重たくなったものより、あっさり味を好む人は多い。
あなたもそうなのだろうか？と小さく首を傾げる。

フローラは素直にあなたの側に寄り添った。

突如長身の女性に話しかけられ、少年は少したじろいだ。
眺め下ろされると赤毛の女性の長身さが更に際だつ。

圧倒されつつも、ひとつ咳払いをしてから少年は口を開いた。

なるべく長身にひるまぬように努めながら自己紹介をする少年。
そして気になった点の弁明をした。

自身の小柄な体型を密かに気にしていた為、少なからずショックではあったが、
自分くらいの年頃では見た目や声では判断が付きにくいのかもしれない、と思い直し、
できるだけ平静を装う。

こちらは好奇心からの質問であった。