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「きん、こう？」
「……力のバランスを保つ」

　首を傾げたルカに、シズが訊き返された言葉を噛み砕いて、言い直してやる。
　すると、言葉の意味が分からなかったルカにも通じたようで、なるほど、と小さく呟いた。

　シズの部屋に呼び出されたルカと、小さなテーブルを挟んで、向かい合わせ。
　癖が無く、几帳面な字で書かれたメモ帳を手に、ルカは少し難しい顔をしていた。
　メモ帳の字は、シズのものだ。
　ルカには読むことは出来ても、その意味を理解できない言葉が多く記されている。
　彼の字で書かれたメモの内容を、シズは記憶しているのだろう。
　ルカが訊ねたことについて、シズは淡々と、けれど、言葉を選びながら説明してやる。

「レーヴと、アンテの力のバランスを保たなきゃならない」
「……保、つ」

　幼い頃から、院長とシズが二人掛かりでルカに勉強を教えるなんてことが珍しくなかった。
し、長い間そうしているから、シズは説明し直すことを、今更、苦だとは感じない。
　一度の説明で、ルカに内容の半分でも伝われば良い方だろう。

「ん、と……力の、バランスって？」

　伝わらなかった分を、何回かに分け、言葉を選び直し、そうして伝わるのなら、十分である。
　勿論、説明を重ねなければならない分、人一倍、時間を要するワケだが。それでも。
　一度きちんと説明してしまえば、それで済むのだ。飲み込みは、それほど悪くないようだから。
　何も書かれていないメモに、シズが“レーヴ”と“アンテ”の名を書く。

「……ルカ、お前が契約したエンブリオの名前、挙げてみろ」
「えっと、……ラルムに、ミシオン、……ニュイは、」
「ザントマンは解約したよな」

　初めて訪れた、砂地で出会したエンブリオだった。
　そのエンブリオとは先日、シズの言う通り、契りを解いたのだ。
　ザントマンとの契りを解いた後、山で出会したエンブリオと契約したのはシズだった。
　指を折りながら数えるルカが、ふと手を止める。

「……プリュイも、解約した」
「カッパの代わりに契約したのが、ポセイドンだ」
「ポセイドン、っていうのか」
「名前、まだ聞いてないんだな」

　ルカが頷いた。
　レーヴとアンテ、それぞれと契約している、ルカとシズ。
　この場合の“契約”とは、そのエンブリオが持つ力を“そのエンブリオから奪うこと”を指している。
力を奪われたエンブリオは生命力を失い、消滅してしまう為、そのエンブリオを殺すことと同義だと思われるが
奪った力は、殺したエンブリオの名を呼び起こすことで発動させることが出来る。
　また、奪った力を解放することも出来る為、完全に消滅したわけではないのかも知れない、とは、シズの言だ。
　そうして、ルカはザントマンとカッパの力を解放し、新たにポセイドンの力を手に入れた。
　そのどちらも、シズがルカに指示したもので。

「レーヴを含めて、お前が契約したエンブリオは何体だ」
「……４体」
「俺が契約したのは、アンテを含めて五体だ」
「あれ、シズのが多い」
「つまり、今の状態だと、力のバランスは取れていない」

　レーヴ、ラルム、ミシオン、ニュイ、プリュイ、と続き、ニュイとプリュイには取り消し線が引かれる。
　代わりに、ポセイドン、と書き加えられ、その横にイコール、四となった。
　一方、アンテ、マルール、エトワール、グレール、デスタン、と書き足されていくのは、シズが契約したエンブリ

オの名だ。
　ルカは、シズが契約した子のエンブリオ達の名前を呼び起こすことで、力を借りることが出来ている。
　契約を交わすのは自分だが、ルカに力を貸すようにと、シズがエンブリオ達に聞かせているからだ。
　戦うことが出来ない自分に、エンブリオの力を使いこなすことは出来ない。
　なら、戦うことが（アリシアを守ることが）出来るルカが力を借りるべきだろうと。
　未だよく分からないレーヴのことも考慮した結果、ルカではなく、自分が契約するという形で。

「今の状態だと、レーヴの力よりも、アンテの力の方が強いことになる」
「……うん」
「だから、次はルカがエンブリオと契約すればいい」
「……でもさ、シズ」
「……？」

　今度は、すぐに頷くことはしなかった。
　ルカは相変わらず気難しい顔で、暫く何か、考えているようだったが、

「契約しているエンブリオの数は、シズの方が多いけど
　……エンブリオの力自体は、アンテよりも、レーヴの方がずっと強い、よな？」
「……は？」
「んと、だから、その……力の強さで言うと、アンテよりも、レーヴや、ミシオンのが強いよなって……」

　怪訝そうな顔をしたのは、シズだった。
　自分の言いたいことが上手く相手に伝わらないことに、ルカはへにゃりと困ったように笑みを浮かべる。

「力の数じゃなくて、強さとか、大きさが違うんだよ」
「……、」
「それ、ちょっと貸して」

　と言いながら、ルカがシズの手からペンを取った。
　メモの空いているところに、小さな丸を四つ書いて、それを囲むように丸をひとつ。
そこへ、（世辞にも綺麗とは言えない字で）アンテ、と書き足して、シズの表情をちらりと窺う。
　相変わらずの仏頂面、眉間に皺まで寄せていて、ルカは小さく、小さく息を吐いた。
　そうして、その隣に、先程描いた丸よりも大きなものを三つ。
先程と同じように、その三つをひとつの丸で囲み、レーヴ、と書いた。

「……こっちの小さい丸が、シズのエンブリオな」
「……、」
「で、こっちの、でかい丸が、オレが契約したエンブリオ」
「…………」
「ううー……」

　伝わらない。
　伝わっていない。
　しかし、ルカには何と言えばシズに伝えられるかが分からず、ガシガシと頭を掻いた。
　一方のシズは、表情こそ険しいままだが、ルカが何を伝えようとしているのかを読み取ってやろうと思考を巡らせ

ている。
　ルカの手からペンを抜き取り、シズが表情を変えないまま、ペン先でトントン、とメモの上を叩いた。

「……レーヴとアンテに限らず、力を奪われたエンブリオの力にも、強さだとか大きさがあって、」
「うん」
「俺が契約したエンブリオ達の力よりも、ルカが契約しているエンブリオの方が、力が強いって？」
「そうそれ！」
「……お前、そんなこと分かるのか？」

　シズが分からなかったのは、ルカの言う言葉の意味ではなく、ルカにそんなことが分かるのか、という点だ。
　この世界の人間ではなく、他所の世界から迷い込んだ自分達に、ルカに、そんな力があるとは思えない。
　すると、必然的に、

「そういうのは、レーヴが教えてくれる」

　レーヴに繋がるように、なっている。
　この世界の戦い方を、エンブリオとの関わり方も、武器や防具に力を施す“付加”とやらも全部。
　ルカの場合は、この世界で生きていく術の殆どを、レーヴから教わっている。
　具体的な根拠は無いが、ルカとレーヴがこうして繋がっている状態は、あまり良いとは思えない。
　契約を交わしている以上、仕方の無いことと言えば、そうなのかも知れないけれど。

「だから多分、全体的に、アンテよりも、レーヴの力のが、強いんじゃないかなって」
「……」
「だからさ、次、どっかで契約する時は、オレじゃなくてシズでいい、と思う」
「……、」
「……シズ？」

　ふいに、黙り込んだシズを不安げにルカが見遣るも、話し掛けるのには、ほんの少し、躊躇った。
　壁掛け時計の秒針が時を刻む小さな音すら聞こえるほど、部屋は静まる。
　シズが黙っている間、ルカはずっと落ち着かない様子だった。
　膝を抱えてみたり、胡坐を掻いてみたり、時折、シズの方をちらりと窺い、頭を掻いたり。

「──それは無理だ」

　そう長くはなかったろうが、ルカにとっては随分と長い沈黙、だった。
　シズがぽつりと口にした、その一言の意味を、すぐに理解することは出来ずに。
　先程より、シズの表情は疲れているように見えて、ルカは此方を向き直るシズに一瞬、怯んだ。
　
「……だから、次のエンブリオはお前が契約しろ」
「無理、って、……何が？」
「俺にはこれ以上、エンブリオと契約することは出来ない」
「……なんで、」
「…………ルカ、」

　僅かに、僅かにルカの方が跳ねる。
　シズはそれを見逃さなかったが、そんなことには構わず、言を続けた。

「……前も言ったよな。
　お前は、アリシアのことを守ることだけを考えてろ、って」
「……っへ、」
「アリシアはお前が守れ」

　気付かせまいと告げた一方、シズがそっと摘み取った感情の芽を、ルカは知らない。
　目を瞠り、数度、ぱちぱちと瞬いた後、何やらルカが目を泳がせ始めた。
　あ、だとか、う、だとか、小さく零して、じわりじわりと、顔が赤くなっていく。

　……何だコイツ。

「……おい、ルカ」
「う、あ、……っお、おう、大丈夫、……あり、アリシアは、オレが守、る、うん」
「……」
「…………〜〜……っ……」

　はじめ、ルカが何故、赤面するのかがシズには分からなかった。
　が、付き合いの長さ故にか、それともまた別の理由からか、気が付くまでに、そう時間は掛からない。
　ちら、とシズがルカを見遣ると、一人で何やら嬉しそうに笑みを浮かべている。
　恐らくルカはにやけるのを堪えているつもりなのだろうが、しっかりにやけてしまっている。
　シズは思わず、溜息を吐いた。
　おめでたい奴だと吐き捨てそうになった声を言葉を、寸でのところで押し留めて。

　ルカより先にシズが立ち上がり、もう話すどころではないだろうルカを部屋から追い出した。
　ぼすん、と寝台に身を沈め、盛大に溜息を吐く。



「……おめでたいヤツ」

　

　

　

だってカッコいいから。
女性の観点からしてみても、格好いいものは格好いいし。
……実際の転移方法を見たらより興奮してくれるだろうか、なんて思いを巡らせながら

こういうとき、どうしたらいいんだっけ。

元よりそういう条件の元、ジャンルカからの提案である。一度世話にはなったけど、また世話になることもあろう。
その時はお願いします、と続けて言ってから

珍しく神妙な面持ちでそう言う

目をそらしながら、歯切れ悪そうにそういった

自業自得である

そりゃ　農家ですから

収穫の時は、集団戦だけど