Side：A　夢の物語

「それで――何か探せた？」
「……ん、ぅ？」

　砂漠にある遺跡の中で涼んでいる最中だった。ふわりと風が舞ったと思えば、瓦礫の砂がゆるりと舞い上がり、視界を濁した。
　再び目を開けた時には、そこに白銀の髪と眼をした中性的容姿の人型がいる。
　クスクスとデビルのエンブリオ……エッセは笑う。手を後ろにして組んで、覗き込むように偽を見上げる。
　やや意識が蚊帳の外だった偽の前に突っ立って、小首を傾げて問いかける。

「あなたの探し物。エッセにはそれが何なのか具体的にはよくわからないのだけどね」

　揺蕩うような声は笑うよう。偽は短く息を吐いて振り返る。其処に佇む小さな白銀に、紫色は微笑んだ。

「……いい　え。　ひとさがしは　けっきょく　しんてんして　いません」
「……そうなの」

うつろいだ声で彼女は云う。

「あなたはつらいと思わないの？　逃げたいって、思わないの？」
「思いません」

きっぱりと告げてみせる。

「苦悩というのは、負の感情をしかと受け止められている感性を持てるからこそのモノだとは思わない？　だから私は悩む。どうしたらいいか。あの手この手で講じようとする」
「――でもそれは人がいうやせ我慢に過ぎないよ」

クスクス、と笑う。心配するそれではなく、楽しげに眺めている者の声。エッセは体が横に並ぶように一歩前へ出る。

「言外あなたは脆いもの。あなたはいつも怯えているの。だけれどあなたは強い意志を持つ。……それはやせ我慢、という。あなたは観ていて面白いけれど、壊れるのは勘弁なんだよ？」

ゆるりとエッセの指先が偽の顎に触れる。ふふり、吐き出す呼気に笑み混じらせる。
いつかの甘言を噛み締めた立場とは逆に、夢魔は肌が触れ合う程に傍に寄る。
ささめく微笑も、悪戯めいた子の笑顔。

「エッセは痛みを消す事は出来ないけど、和らげることならできる。エッセを望むなら……」

毒蛇のような誘う言葉に、ゆるりと瞬かせた紫の双眸。
悪戯っ子のような幼さと意地の悪さを併せ持ったような言葉に、偽はエッセの背に手を回して抱き寄せる。息を荒く、不規則な呼吸で吸って、吐いて。
白銀の髪を愛撫の様に一本一本を撫でて、愛でて、愛して。強く抱き締めて顔を寄せ。
――額をこっ、と合わせた所で停止した。

「……ねぇ、エッセ」

潤んだ眼は何を理由に。震える声は何を以って。

「なぁに？」
「私、さがすの　　あきらめ　ないから」

マイペースに答えたエッセに、揺れる瞳は離さずに。けれど抱き寄せた体は離れてしまう。

「揺らめく《リリス》。あなたは私の大切な人よ。……だから、早く見つけて契約を果たせるように」

ゆうらり、エッセはくるりと回る。

「求めたければ求めても良い。あなただって誰かに泣きついても良い。あなたが誰かを救いたいというなら、あなたを私が救うよ……なんてね」

道化て笑みを浮かべるエッセには、真に心配の感情がある訳でもない。ただ『気を付けて』とだけ。宿主、創造主をねぎらうのみ。
もう少しの間だけ、平穏で優しい空間が続くように、誰ともなしに祈った。

　得心のいった様子で、蜥蜴は一つ頷いた。
　確かに砂漠は、必要もなければ好き好んで渡るような場所でもない。
　自分の知る砂漠の情報と渡り方を語る。
　語る言葉に熱心に耳を傾け、時にメモを取る偽の様子を几帳面だな、と眺めつつ説明を続ける。

　かくいう蜥蜴には毛というものが一本も生えていないのだが。
　まあ、そういう話もしておくべきだろうとの判断である。

　そして一通り説明を終えて。感謝の言葉を賜ると、蜥蜴は一礼し。

　で、だ……。と、蜥蜴はどこか言い出しにくそうに切り出し。

　最後の方が消え入りそうな小さな声で。
　やはり目的への近道というものは、どうしても魅力的なようだ。

不意にお姉さんぽくされると、どうにも意識しちゃって
・・・照れる

なんて、返事をしてるけど割と上の空で

そもそも、気をつけてどうにかなる状況はすぎてるよ

と、そんな冷静な自分の声も聞こえてしまう