マリアを殺す。


リヴァランを殺す。

ノエミも殺す。



リーズルを殺す。
ルイーザを殺す。
フリードリヒを殺す。
クルトを殺す。
ブリギッタを殺す。
マルタを殺す。
グレーテルを殺す。




せめて痛みもなく殺してやる。

ボクの宝剣は斬りつけると共に『穢れ』に塗れたボクの薄汚い妖気が目いっぱい溢れ出る。
きっと、苦しむに違いない。メチャクチャに痛いだろう。

この日の為にあらかじめ買っておいた鉄製の普通の短剣を戸棚の奥から取り出しておく。


今日は朝早くからマリアは馬車に乗ってアウレリオ派の本部に出かけて行った。
国境は全ての街道沿いに妖魔を配置しているので逃亡の心配はしていない。それに、彼女は逃げないだろう。

さらにそれから間もなくリヴァランが馬車を出してそれを追っていった。
彼は気付いてないようだったが、ノエミがまた例によって荷台に隠れるのを見た。



好都合だった。馬車を持って行ってくれたというのがまたたまらなく良い。

今イブリスホームには非戦闘員しかいない。

これからボクはイヤリングを外す。そうなったらもう誰にも負ける気はしない。
だが、一つだけ恐れていたのが大人数が一気に逃げ出して取りこぼしてしまうことだった。

それを避けるためには始末に時間のかかる者が気付く前に、その他大勢を先に処理してしまうほうが手堅い。
マリアは受け入れると言ったが、子供が殺されると知ったら抵抗するだろう。



マリアは明け方には帰ると言った。恐らくリヴァランやノエミも一緒に帰ってくるだろう。


その前に一通り片をつける。



夜、全員が寝静まったころに、まずは最も重要な情報を握っているルイーザを速やかに殺す。
それから、順に部屋を周り一人一人処理していく。


全員殺したら、夜が明けるまでマリア達の帰りを待ち伏せつつ、教会内にアステマ・ファムがないか徹底的に捜索する。
これで最後なのでもう存分に壁や床を破壊して捜索できる。
多分、故ゲオルグ神父の部屋の近くに一つ隠し部屋があると大分前から踏んでいたので、まずはここかな。


馬車の音が聞こえてきたら急いで迎えに外に出る。

帰ってきた三人が中の惨状を目にする前にまずリヴァランを背後から不意打ちで殺す。

イヤリングをとってから一瞬で、一太刀で済まそう。
パワー負けはありえないが、あいつはとにかく手札がわからなすぎて厄介だ。

それに、ボクの裏切りに対してもっとも速やかに頭を切り替えられるのもコイツだろう。
戦闘能力の大小とはまた別に、孤児院唯一の『戦士』なのだ、リヴァランは。早急に取り除かねばならない。

毒殺も考えたが水神教の時間停止術下のこいつにはもっとマクロなダメージじゃないと効かないだろうな。
首を落とすのがベストだろう。


それからはまぁ、マリアとノエミはもう何とでもなるだろう。
いや、ノエミのマハン・ラスニールが多少厄介だな。
これは、まず出迎えた時点で適当なこと言って騙してこっちに渡してもらっておくか。


そこからはカラバに森の外に馬を待機させるように言ってある。
恐らく事態に気付いたらアウレリオ派の追手がかかるだろうが、国境に到達するまでは追いつくまい。

国境を越えたら、はいオシマイ。
さようならシヤンハイル。多分もう来ることはないだろう。





とりあえず夜が訪れるまではルイーザとチェスなんかをしながら談笑して待った。


イブリスホームで最後に見るであろう夕陽。

そして最後の晩餐。
全員いなかったのが少し残念だ。今日はリーズルの料理だが、彼女の料理も上達したな。
大分リヴァランのものに遜色なくなってきている。
いいお母さんになれたろうね。



そして夜は更ける。幼いものからどんどん就寝しはじめる。
イブリスホームの夜更かし組は大抵フリードリヒとルイーザ、ボクあたりだが、フリードリヒは最近夜は早く寝る。
もうすぐ町での仕事が始まるということで生活リズムを変え始めたのだ。アイツは案外真面目だ。

リーズルも早くはないほうだが、今日はマリアがいないのでグレーテルの寝かしつけをやらなければならず
多分そのまま一緒に寝ちゃってるコースだろう。


ルイーザは何をするでもなく、窓からぼーっと月を眺めてた。


・・・そろそろ始めないと、アステマ・ファムの捜索を考えると時間がなくなってくるな。

最後になるであろう、魅了の魔眼を行使する。
たちまちルイーザは黙って、座り込んでしまった。

ボクはルイーザの隣に座って話しかける。洗脳状態だが今は意識はある。

・・・滑稽だな。意識下ではないが、これはボクが言わせてるんだろうか。

もういい時間だ。ボクは机に置いていた例の短剣を鞘から抜く。
月の光が鈍く反射してルイーザの顔を照らした。

ボクはルイーザを壁際に立たせる。
彼女はブルブル震えながらこっちを見つめている。こんな状態でも死は怖いものなのだろうか。
いや、それ以前にこれから殺されるとわかるものなのか。


どこがいい？喉か？心臓か？どこがもっとも苦しまないだろうか。
ボクは短剣を両手で握り、大きく息を吸って、振りかぶった。




・・・

中性的な声と顔をした妖魔が、ゆぅらり首を傾げながら御傍に寄りて。
何でも無い様な所から、背後に立つ。

くすくすわらって、あなたを見つめて微笑を作った。

面白そうな話を聞いて、わくわくした顔ですごく楽しそうにしている。

ふと、あれっ、という顔になりちょっと考え……。

ちょっと悲しそうな顔をする。

全然違う。

どもるヘリヤの顔をじっと見つめて。

真意を図るように透き通った空色の瞳で少女の瞳を覗き込む。

なにやらふかーい溜息をついて首を左右に振り。
続く質問には意地悪い笑みを浮かべて。

くすくすと楽しげに言って笑う。

妙に感心して頷き。

そしてヘリヤがクリスマスプレゼントに喜んでくれている様子には、照れくさそうにしつつも嬉しそうに笑って。