
あまりにも胡散臭い男性の誘いについて、授業を受けながら考える。
今のところ、話したいだけとは言っているが本当にそれだけで社会的に問題がなければ学校経由で呼び出してくるはずだ。直接来た理由がある。職員室を通せない理由。
正体を隠したい、大事にしたくない背景がある。私について調べたのなら、シェリーについて調べたのかもしれない。最適解を知る異能、それによって所属組織を知られる可能性を避けた。
……という可能性でしかない。
先日、ミツフネ先輩に異能を封じられる危険性を経験させてもらったばかりだ。わざわざ危険に飛び込む事もない。まずは一度断ってみよう。後々の対応はその時の反応で決める。
そう結論付けて授業に意識を向ける。
──
放課後、授業を終えて校門に赴けば話しかけてきた男性が待っていた。
疲れた様子もなく、こちらに手を挙げて、
「やぁ、先生同伴くらいは考えてたけども、一人かい?」
……私は一人で物事を抱える癖があるかもしれない。
脳内せおりさんが「剣ヶ峰さんは危機感が足りないよ! 宮森さんくらいに!」と叱責し、脳内宮森さんが「なんで私を巻き込んだの!?」と抗議する。ごめんなさい、宮森さん。
内心で一人で来た事を反省し、表情へ出さないよう意識しながら返す。
「友達には話してきていますので、私に何かあれば相応の事はありますよ」
こちらの返答に、男はニヤリと口を広げて笑う。君の意図は分かっているよ、とでも言っているような笑いだ。
「なるほど、友達。イノカク部の先輩方に頼らないという事は僕が敵性ではないと思っている?」
「イノカク部の友達かもしれませんよ」
「まぁ……そうだね。それで同行してくれるのかい?」
「場所によります」
「最寄りの喫茶店かな。信頼出来ないなら君が指定してくれてもいい」
ツクナミ区の喫茶店なら一通り行った事がある。人が変わっていたら分かるはずだ。わざわざそんな事をする相手なら、間違いなく敵性だ。対応がはっきりする。
「いえ、そちらの案内で結構です。行きましょう」
男の表情に笑みが浮かび、脳内せおりさんが一層激怒した。
──
案内された喫茶店は何度か入った事のある喫茶店だった。静かな喫茶店で、年老いたマスターが一人で切り盛りしている。男はマスターに挨拶をすると、奥まったテーブル席へ腰を下ろす。
「君は雑談から入った方がいいタイプ? それとも本題から入った方がいいタイプかな」
「そこは調べておかなかったんですか?」
「運営しているチャンネルではいきなり本題から入るタイプ、即ゲームを始めていた事は分かってるよ」
「……年頃の乙女なんですが、プライバシーを何処まで調べ上げているんでしょう」
「以前友人と下着ショップに入るまでは適正サイズではないものを使っていた事くらいは」
「対戦ありがとうございました」
「待った。申し訳ない、調べた事は謝罪するよ。仕事なんだ」
心底嫌そうな視線を抗議の意味で送る。相手は両手を合わせて頭を下げる。なんとなく親しみを感じる仕草ではあるが、男の胡散臭い雰囲気で印象は相殺だ。
「まずは名乗らせてもらおう。僕はとある組織に所属している人間で、コードネーム……は君に言ってもしょうがない。本名は伊勢 時雨(イセ シグレ)」
「本当に本名なんですか? 剣ヶ峰 楓子です」
「本当に本名。調べてくれてもいいけど、死んでる事になってるからあまり意味は無いと思う。本題を言わせてもらえば、所属している組織から君を迎えるように指令を受けてる」
切りだしてきた内容に、若干驚く。組織に迎える?
「君の異能は非常に強力だ。僕達はこう見えて世界平和の為に各地へ飛んでいるんだが、戦闘も発生するからね。強力な異能者である君を迎えたく思う……というわけさ」
「……おっしゃる事は、分からなくはないですが。未成年を戦わせる組織ですか?」
「そうだね、そこは否定出来ない。戦闘で当たる相手が人間だけではないから良い、という事でもないからね」
「……えっと、幽霊とか、鬼みたいな妖怪ですか?」
「話が早いね。日本はそういう類も多いけど、独自組織が多いから僕達が出る事は少ないよ」
「日本以外は……」
「宗教系組織が強い。まぁ実際に君が来てくれたらそういう所には当たらないよ。対人間はうちとしても本業ではない」
そこまで言うと、マスターが珈琲を二つテーブルへ置いて戻っていく。男は角砂糖を四つ入れて珈琲を飲み始めた。四つて、すごい甘党だ。しかし、勧誘の話ばかりしているが気になるのはそこじゃない。
「あの、五月の件は……」
「あぁ」
男はすっかり忘れていたと言わんばかりの調子で続ける。
「僕たちの組織に協力してくれている天文台で、非常に強力な視覚妨害を検知してね。もしやついに異星文明かと出元を探っていたんだけど。あの夜、視覚妨害が弱まったタイミングがあって一通りを拝見した。
それで君の存在を確認した……から勧誘に来たというわけさ」
「あの、自分で言うのもなんですが、非常に危険な異能だと思うんですよ。捕縛するという意見は出なかったんですか?」
「勿論、出た。でもうちの部長が待ったをかけた」
「何故?」
男は再び珈琲を飲んだ。胡散臭い笑みから、懐かしい思い出を語るような笑みになる。
「君の両親は、僕の同僚、部長の部下。うちに居たんだよ」
はい?
「私の両親が?」
「そう。秋子さんと風太と一緒に仕事をしたものだよ」
両親の名前は間違っていない。しかし、少し調べればわかる事だ。
「調べればわかると思ってる。秋子さんは困ったときに顎へ指を当てる癖があった。風太は右袖で鼻を拭く癖があって秋子さんによく叱られていた。合ってる?」
「……合ってます」
「個人の癖はなかなか文章化されない。証明として妥当だと思うけど、どうだい?」
誘いは分かった。両親の事は、一旦保留しよう。
両親が居たから無条件に信用していいという事は無い。
『その通りだよ剣ヶ峰さん!』 ありがとうございます、脳内せおりさん。ストーカー対策会議しておいてよかったですね。
「お話は分かりました。でもすぐに決められる話ではないと思います。
保留にさせてもらいます、構いませんよね」
「勿論。これで即ついてこられたら僕としては少し不安になる所だったからね」
珈琲を一気に飲み空にして立ち上がる。支払いは相手に任せて店を出ようとするが、特に止められる事は無かった。
両親の仕事。
異能を生かせはする仕事だけども……。
正直、あまり気乗りしない。