
……。
せんのう
『声届ける力』による 信仰 を終えた『神子』ネージュは、年上の見習いを伴い自室に向かっていく。『神子』と関係者のみ入れる区画に移動した頃、喋り出す。
「―― 朝の読み上げの後は、『名無し』達の評価をしなくてはなりません」
そう言って、本の間に挟んでいた 一枚の紙を取り出した。
「読み上げの前には必ず 現在の『名無し』のリストを長から受け取ると、読み上げの前にも説明しましたね? ここに挙げられた番号全てに対して、そうする必要があります。紙を頂いて、そこにひとりひとりの評価を書いて ――」
ここで、神子のひとりが手を挙げる。まだ少年と呼べる年頃の男だ。
「『名無し』は、C区画では1年で200名から300名『生産』されます」
この国では出生も含めて管理下にある。加えて、ここは『英雄を量産する』という目的の元で作られた国だ。だからこそ、それを『生産』と称した。そこに疑問を持つ者はいないとされている。
「6から15までの子供が集まっていることを考えて、2000名から3000名の評価を独りで行うのは非現実的ではありませんか?」
神子の問いかけに、ネージュは鼻で笑った。
「だからあなたたち見習いどもがいるのですよ。評価を手で書くことを考えれば、独りでは到底間に合わない。また、評価は基本的に神がご用意なさった雛型の通りに書けばいい。殆どの者は、神に従って正しく過ごしていますから。
ああ、それと。貴方が考えるほど、『名無し』は多くありませんよ。歳を経るごとに神から名前と仕事を賜る者が増えていきます。つまり年長になればなるほど『名無し』は少なくなっていくのです」
端が擦り切れた雛型の紙を、各自に配っていく。―― 彼は神の教えの通り、日の出と共に目を覚まし、神子の言葉を拝聴し、消灯の時間になるまで英雄となるための研鑽を怠らなかった ―― 概ねそういった内容が書かれているのだった。
「しかし、稀に不届き者もいるかもしれません。ええ、それを無視してはならないのです。神に逆らうことは悪ですから。そういう者が目についた時は、雛型に囚われずに評価する必要があります。簡単ですね。皆が神の言葉に耳を傾ける中で、良くも悪くも『目立つ動き』をした者に関して評価すれば良いのですから」
ネージュの説明に異論を唱える者はいない。
誰もがそれを、素晴らしいことだと考えている。
「それでは、評価対象を割り振りますから。見習いどもは部屋に戻って、昼食の時間までに終わらせてくださいね。昼食後に私が回収します」
手際よく割り振りを行い、神子たちは解散するのだった。
白い髪の神子は、与えられた部屋で文字を書き連ねていく。
見習いたちに見せた雛型と、別の雛型を取り出しながら。
それは、見習いたちはまだ知らない。『都合のいい名無し』と『都合の悪い名無し』に対して使う評価。
白い髪の神子は、一般的な雛型を使ったことは殆ど無い。神子の言葉を静かに聞く人間に対しては前者、そうでない人間に対しては後者の雛型を使って『評価』している。
この番号は、さっき自分を見て頭を下げた あの子供だ。きっと『都合がよくなる』。
この番号は多分、昨日の夕食時に近くで転んでスープを引っかけて来た子供だった気がする。いや下二桁は見ていないが、番号から察するに15歳だからそうそう間違えることはあるまい。不愉快だった、『都合が悪い』。
この番号は覚えがない。覚えが無いのであれば大した動きもしていないのだろう。後々使いやすそうだから、『都合がいい』。
講堂に入る直前にすれ違った子供は、肩がぶつかっても何も言わなかった。『都合が悪い』。
この番号は覚えがない。覚えが無いのであれば大した動きもしていない。『都合がいい』。
この番号は数日前に見た子供だ。自分と同じ年に生まれた女で、自分よりも美人だ。気に食わない、『都合が悪い』。
この番号は覚えがない。『都合がいい』。
この番号は覚えがない。『都合がいい』。
この番号は覚えがない。『都合がいい』。
この番号は覚えがない。『都合がいい』。
白い髪の神子は評価を続けていく。
……。…………。
残り2名といったところで、白い髪の神子は 雛型を片付けた。
「(このふたりに、雛型は要らない)」
慣れた様子で、評価を行う。
いつも行っていることだ。ネージュは神子という仕事を与えられたその時から。
「(私が英雄になるために、『橙』には踏み台になって貰わなければ)」
今回の『声届ける力』の行使では、抵抗的な反応が見られた。しかし、それも一瞬のこと。問題ないと判断する。
「(……『黒』が邪魔になりそうですね。忌まわしい。いつになったら、神は『黒』を灰掻きにしてくれるのでしょう)」
白い髪の神子は評価を行う。
評価対象:C-8500185 あるいは橙
(前略)
彼は語学で優秀な成績を収めている以外に目立ったものが見られず、武術の面においては 優れた可能性を見せながらも模擬戦に置いては一度も勝利出来ていない。一方で神子への反逆行為を武力で収めた実績を持っており、不安定な実力と言える。
神学という側面において 平凡ながらも上昇傾向にあり、『声届ける力』に対する抵抗を一切見せないことから、いずれ神子となり得る可能性を秘めている。
評価対象:C-8500183 あるいは黒
(前略)
以上のことから、彼は試験の結果以上に 神学、幾何学、語学等 実際の成績以上の実力を有していることが伺える。しかし、実力を偽る行為そのものが反逆とも呼べる。
また、『声届ける力』の行使前に 神子に対する暴言や 暴力の行使が見られた。反逆的行為は直ちに鎮圧されたものの、本人に反省の意志は見られず、直ちに懲罰房・再教育の手配が必要とみられる。
それは『神子』の領分を明らかに逸脱した文書であり、嘘や誇張が含まれ、到底『評価』などと呼ぶことの出来ない代物である。しかし、白い髪の神子は気にも留めていない。意図的にそうすることで、より『手駒候補』を自分の元に寄せやすく、『障害物』は排除しやすくなると信じて疑っていない。
誰がどういった仕事に就くか、『神子』は直接 制御することが出来ない。
だからこそ、『神子』は皆 多かれ少なかれ、評価の制御により 思い通りに動かそうと画策している。この白い髪の神子は特に顕著であったが。他の神子も。どこかでその方法を覚え、実践していく。
それ故に『神子』は『神子』であり、他の何にも成れない。
それを知る『神子』は、どこにもいない。
……。