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チョコレートさんを いっぱいつくる ゆめをみました。
ゆめのなかで ちーちゃんも いっしょにおりょうり しました。
しぃらおねえさん だいすきなひとに プレゼントしたのかな。
おきてから ジェシーおねえさんに おはなししたら、
ばれんたいんのひ だから クッキーさん つくってくれました。
ちーちゃんは まだおくちが ないから、
トリィちゃんと ふたりで たべました。
そのときに おっきなおすしを おしゃべりしないで たべたら、
いいことがある、て おしえてもらいました。
だから クッキーさんをたべるとき、
おしゃべりしないように がんばりました!
いいこと いっぱいあると うれしいです。
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>>Side:Hirude
何で、サンラータンメンなの。
イバラシティで過ごした記憶が流れ込んで来て、まずはビルの壁を無言でパンチした。痛い。
ひりひりする拳を摩りながら、大きくため息をつく。
イバラシティで麻婆豆腐食べましょう、と南先輩と約束し、ハザマの記憶がないながらも中華料理屋に行って。
私が注文したのは、サンラータンメンだった。
何で。サンラータンメンを選んだ、自分。
麺に罪はないが、やりきれない思いはどうしようもない。
私をここまでやるせない気持ちにさせているのは、麻婆豆腐を食べなかったから、だけじゃない。
記憶にあるのだ。あの店の麻婆豆腐が。
一緒に店に入った店長が注文して、小皿に取り分けて小人とぬいぐるみも食べていた。なのに。
何で、私だけ食べてないのよ……。
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蒜手 「おかしくない……? おかしいわよね???」 |
力を入れると痛いので、あんまり力の入っていない拳で壁をゴスゴス殴る。
八つ当たりなのは自分でもわかっているが、どうしようもない。
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ベアトリス 「ヒルデ、さっきから何してるの? 歩行石壁の予行練習?」 |
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蒜手 「……違う。気合入れてるだけよ」 |
いや……歩行石壁の予行練習って何……?
どういうボケをされたのかわからないから、適当に否定する。
ふーん、とわかったようなわかってないような顔でクマ女が頷いた後、不意に影が落ちた。
何の影かと思えば、クマ女の余分な腕ーー三本の大きな爪がついた方の腕を、ふりかぶって、
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ベアトリス 「こんな感じでいいのかな。ボクもヒルデに気合入れてあげるね」 |
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蒜手 「……は?」 |
言われた意味を理解するより早く、風を切る鈍い音がした。
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>>Side:Beatrice
ヒルデが言ってたんだけど、殴ると気合が入るんだって。
なんとなくわかるような気はするけど、ヒルデは全然力が入ってない手で壁をつついてるだけだ。
それじゃあ気合もそんなに入らないんじゃないかなあ。
ハザマでは仲間を助けないといけない、とか言われたような気がするし……ボクも手伝おうかな。
ぐっと拳に力を入れて持ち上げる。
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ベアトリス 「こんな感じでいいのかな。ボクもヒルデに気合入れてあげるね」 |
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蒜手 「……は?」 |
ちょっとだけ痛いかもしれないけど、ヒルデはフィンより大きいし、痛いのが愛情表現だし、
ーーこれくらい、大丈夫だよね。
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蒜手 「みっ、南先輩、助け…… いやあああああーー!!!」 |
ゴッ ーーごしゃっ
よし、ばっちりーーあれ、ちょっと気合入れすぎたかな。後ろに転んだみたいな音がした。
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ナンディナ 「……っ」 |
転んだヒルデの上に誰か乗ってる。
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蒜手 「み、みなみ、せんぱ……!」 |
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ベアトリス 「あれ? ヒルデに気合入れようと思ったのに……なんで?」 |
なんで飛び込んできたんだろう。ミナ……ナンディナ?
赤い実が付いてるからナンディナでいいか。ナンディナに気合入れちゃった。
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ベアトリス 「仕方ないな。もう一回ヒルデにも気合入れるから、今度は邪魔しないでくれる?」 |
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蒜手 「ひ……っ」 |
ボクはヒルデが気合を入れる手伝いをしてるのに。
仕切り直そうと思って歩み寄ったら、いきなりナンディナが起き上がって、
油断した。ボクの腕が、ごとんと地面に落ちる。
……結構痛いかも。
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ベアトリス 「いたた。ボクは気合入れてもらわなくても大丈夫なのに」 |
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ナンディナ 「蒜手さんはーーいえ、イバラシティの人たちは、貴女が考えるよりずっと脆いんです。 貴女に殴られたら、気合が入る前に死んでしまう」 |
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ベアトリス 「そうなの? キミは平気なのに?」 |
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ナンディナ 「……」 |
ナンディナは無言でボクに爪を向ける。
あ、ほっぺた切れた。絆創膏、新しいのに変えないと。
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ベアトリス 「んー、まあいいや。ボクも腕直さないといけないし……ヒルデに気合入れるのは今度にしよ」 |
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蒜手 「今度って何よ!? 一回痛い目見たら懲りなさいよバカー!!」 |
えー。何でボクが怒られてるんだろう。やっぱりヒルデって意味わかんない。
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ナンディナ 「今度、もダメです。蒜手さんや、他の仲間に危害を加えるつもりなら、敵と見做しますよ」 |
気合入れてただけなのに。ナンディナもわかんないまあ。
わかんないけど、これって、ナンディナがヒルデの面倒見るってことでいいのかな。
ボクにはわからない同士で気が合うんだったら、任せた方が良いのかも。
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ベアトリス 「ヒルデって痛いこと好きなのに弱いし、すぐ大声で叫ぶし、何がしたいのかわかんない。 ナンディナもよくわかんないけど、ヒルデと気が合うから面倒見てくれるってこと?」 |
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ナンディナ 「まあ、幾分誤解があるようですが……今はその理解で良いですよ。 もう彼女に手を上げたりはしませんね?」 |
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ベアトリス 「ん。ヒルデに気合入れたり助けたりするのはナンディナに任せるよ。それで良いんだよね。 ボクはフィンのとこ行くから、また後でね」 |
切り落とされた腕を拾い上げて、道路の方に歩いて行く。
一緒に移動してるひとたちは、向こうだったかな。フィンも一緒にいると良いんだけど。
歩いている途中で、頭がちょっとフワフワしてきた。毒かな。
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ベアトリス 「フィンー、どこー?」 |
焚き火の近くとか、座れそうな瓦礫の横とか、フィンがいそうな場所をウロウロする。
どこにいるんだろ。血の跡が残ってるから、入れ違いになっても辿って来てくれると思うんだけど。
アンジニティにいた時は、こんな時どうしてたっけ。何処かに隠れて休んでたな……。
ボク、何でウロウロしてるんだろ。
何で、ボクはフィンを探してるんだろ……?
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ベアトリス 「……、……」 |
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フィン 「トリィちゃん、だいじょうぶー!?」 |
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ベアトリス 「……あ、フィンだ」 |
ーー良かった、見つけてくれた。
歩くのもちょっと疲れて来たから、座ってフィンが来るのを待つ。
このくらいで疲れるなんて、変だな。毒のせいかな。
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フィン 「トリィちゃん、おけがしてるの…!」 |
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ベアトリス 「んー……手当て、して……欲しい」 |
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フィン 「う、うん…すぐ、おてあてするの!」 |
ちーちゃんの手から降りて、フィンが駆け寄って来た。
それから、子守唄みたいなのを歌っているのが聞こえる。
……あったかい。
変だな、さっきまで寒かったのに。熱でも出たのかな。
でも、悪化してる感じはしないし……手当てするって言ってたから、すぐ良くなるよね。
うん、もう大丈夫だ。
フィンが見つけてくれて、良かった。
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>>Side:Hirude
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蒜手 「だ、大丈夫ですか、せんぱ……あ、えっと、ナンディナさん!」 |
クマ女がどこかに歩いて行ってから、ようやく私は立ち上がる。
うう、まだ膝が笑ってる……本当、死ぬかと思った……!
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蒜手 「わ、私を庇って……怪我とか、してないですか?」 |
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ナンディナ 「はい、大丈夫です。蒜手さんこそ、怪我はありませんか?」 |
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蒜手 「はい……ナンディナさんのお陰で、助かりました……」 |
先輩が無事で良かった。心の底からほっとする。
それにしても、いきなり殴りかかってくるなんて……アンジニティって、本当に禄でもない連中だわ。
中にはイバラシティの味方をしてくれる人もいる、って噂では聞くけど……
身近にいるあのクマ女が無茶苦茶するせいで、いまいち実感が湧かない。
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蒜手 「とりあえず、みんなのところ戻りましょう。 ……あ、でも、まだ膝が震えてて……すみません、ちょっとだけ時間ください……」 |
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ナンディナ 「以前みたいに、抱き上げて運んで行きましょうか?」 |
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蒜手 「い、いや、人前では流石にまだ恥ずかしいので……自分で、歩きます。 アイツ……あ、トリィも、すぐには戻って来ないだろうし…… それに、殴られたのはナンディナさんの方だから……負担、掛けたくないです」 |
照れ隠しが半分と、本当に心配しているのが半分。
いくら異能で身体を強化していても、あの怪力女に殴られたんだから、もっと身体を大事にして欲しい。
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蒜手 「それにしても……ハザマでの戦闘もそうですけど、私、全然ダメですね…… なんか、一人だけ足引っ張ってるんじゃないか、って思って……」 |
休んでいる間、なんとなく沈黙が気まずくて、最近の悩みを口に出す。
自虐めいた言葉だけど、半分以上は別の思いだ。
それなら戦わずに下がっていて、と言ってもらうことを期待している。
安全な場所で休んでいていいよ、と言って欲しい。
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蒜手 「……私がいない方が、変に気を遣わなくていいから、他の人にとっても気が楽って言うか……」 |
声のトーンが下がる。
同じ学生の南先輩とか、同じ女子の刀崎さんとか……同じビルにいる天弖さんとか……
ハザマで、傷付きながらも戦っている人たちに、申し訳ないと思う気持ちも、ある。
だけど、私は彼らみたいに、戦う才能なんて持ってない。
戦闘のたびに、知っている人が怪我をして、血を流すのを見るとパニックを起こしそうになる。
そうして自分も傷つくたび、いっそ一思いに殺してくれと思う。
それなのに、気を失う間際には、死ぬのが怖くて怖くて泣いてしまう。
惨めで、苦しくて、嫌なことばかりだ。
だから……
同情して、安全圏に逃げても良いんだよ、って言って欲しかった。
彼らはクマ女とは違う「普通の人」だから、きっと同情して貰えると、思ってしまった。
無理だ。私はもう、これ以上戦うなんて……できないんだ……。
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