
痛い。
痛い。
もう嫌だ。
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蒜手 「なんで、私が……こんな目に……っ」 |
変なモンスターに襲われただけでも散々だったのに、
幽霊みたいな奴に毒を浴びせられて、お腹が気持ち悪いやら痛いやらで胃の中身を吐いた。
その後の練習試合だって、そこにあるのは実戦となんら変わらない痛みで、血反吐を吐いた。
このままだと、体が持たなくて死んじゃうんじゃないかと思う。
でも、一時間ごとの戦闘で死にそうなくらい苦しいなら、いっそ死んだほうがマシなのかな……。
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ベアトリス 「ヒルデ、さっきから蹲ってるけど、まだ傷治ってないの?」 |
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蒜手 「そ、そんなに早く立ち直れるわけないでしょ……! あんたたちみたいなバケモノと一緒にしないで!」 |
戦闘で意識が飛ぶほどのダメージを受けたのだ。傷が塞がったからっていきなり元気になるわけがない。
怒りに任せて言ってから、ハッとする。全身からどっと冷や汗が出た。
そうだ……この女も、小人も、腕だって、みんなバケモノだ。
変なことを言って殴られでもしたら、どうなるか……。
トリィが身体を動かした瞬間、ヒッと喉の奥で引き攣った悲鳴を上げて、私は這うようにして逃げた。
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ベアトリス 「ヒルデってやっぱりわかんないなあ。 弱そうなフィンより弱く見える」 |
殺されるんじゃないかと思ったけど、トリィは腕を組んだだけだった。
なんか失礼な発言が聞こえてきたものの、それに反論する余裕はない。
疲弊した状態から急に動いたせいで、また胃の中が気持ち悪くなって、イガイガする喉が痛む。
何で、私がこんな目に遭わなきゃいけないの……?
戦うのが好きなら、アンジニティ同士で戦争でも何でもすれば良いじゃない。
イバラシティだって、戦いたい奴だけ戦えば良いじゃない。なんで私まで……!
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蒜手 「……っ」 |
喉元まで出かかった恨み言を、何とか飲み込む。
一緒にハザマで生き延びるために合流した仲間の中には、私と同じ学生もいる。
その人たちも、戦いが好きで参加した訳じゃないーーと思う。
そう思いたかった。私と同じ「普通」の人だって。
南先輩のような「普通の人」で、侵略されないために仕方なく戦っているだけだって。
でも、「だから自分も頑張らなきゃいけない」と考えることを、苦痛に思うのはいけないだろうか。
別にアンジニティに味方をするわけじゃない。イバラシティの仲間を邪魔する気もない。
ただ、自分が苦しい思いをしたくない、と考えるのは悪いことだろうか。
だって、私は戦うための異能なんか持っていない。
小人みたいに傷を癒す魔法なんか使えないし、クマ女みたいな怪力もない。
ろくな調理器具がないから料理も手伝えないし、武器や防具の加工なんてわからない。
言ってしまえば、役立たずなのだ、自分は。
ならば、役立たずが無理に頑張る必要なんてどこにある?
戦う力を持っている誰かに任せて、邪魔にならないように引っ込んでいるのが一番じゃないの?
そうすれば、私は、これ以上痛い思いをしなくていい。
……なんて、みんなの前で、言えるわけがない……。
役に立たないのに保護だけは求めてくるなんて、ただのお荷物じゃないか。
ハザマで見捨てられたら、まともに生きていけないだろうことは嫌でも理解できた。
想像する。
あのナレハテは、もしかしたら、私と同じく戦う力もないのにハザマに放り出された、
元イバラシティの人間なのかも知れない。南先輩に助けてもらわなかったら、今頃はーー…
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蒜手 「いや……死にたくない、痛いのも嫌……! なんで、なんで私が、こんな目に遭わなきゃいけないの……!」 |
そうして、また、最初の不満に行き当たる。
結局、堂々巡りなのだ。
仲間として守って貰うためには、私も何かしなきゃいけない。でも、何もしたくない。
クマ女から離れたいのに、他の人たちの前にどんな顔して出ていけば良いのかわからない。
どうしようもなくて、膝を抱えていたら、「ヒルデおねえさーん」と呑気な声が近くで聞こえた。
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蒜手 「……何よ」 |
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フィン 「おねえさん、わたあめです! たべてげんきだしてー!」 |
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蒜手 「……」 |
もしかして、私を励まそうとしてる……の?
と思ったが、綿飴がちょっと減っていて、小人から何となく満足そうなオーラが出ているので、
普通に自分がおやつを食べたくなったから配っているだけな気がして来た。自由か。
その後ろでクマ女が「おいしかったよ」とか言ってるのが聞こえる。あんたも食べたんかい。
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蒜手 「……って、食べてないの私だけか!」 |
気を遣って励ましに来たかと思ったけど、違うわ。
これ本当におやつ配ってる途中に私の所に寄っただけだわ。
何だか一瞬で気が抜けて、綿飴を一掴みむしって口に入れる。
甘さが口の中にじんわり広がって、涙が出そうになった。
そこでようやく、私は自分が空腹だったことに気付いた。
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蒜手 「……おいしい……」 |
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フィン 「いっぱいたべてー、です!」 |
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蒜手 「……あ、……あり、がと」 |
ふかふかしたお菓子だから、お腹いっぱい、とはならなかったけど、随分気持ちはマシになった。
結局、綿飴の殆どは私が食べちゃったんだし……露骨じゃないだけで、気遣ってくれてたの、かな。
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蒜手 「……えっと……ちゃんと言ってなかったけど、ごめんね。あの時、私一人で逃げて」 |
甘味のせいか、意地を張っていた気持ちが落ち着いて、一番最初のことをようやく謝れた。
謝られた小人は、きょとんとした後で能天気な笑顔になる。
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フィン 「ちーちゃんとトリィちゃんがいたから、へっちゃらです!」 |
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蒜手 「このタイミングで暗に戦力外通知はちょっとツラいから、 嘘でも怖かったとか心配したとか言ってくれないかな……!?」 |
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ベアトリス 「? でもヒルデ、弱いの本当でしょ? 一人で行っちゃったから、何したいのかわからなかったよ」 |
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蒜手 「真顔で追撃やめない!?」 |
何だ、この雑な公開処刑は。
もしかして、死ぬほど辛いと思ってるの、私だけなのか……?
運動ド素人がプロマラソン大会に間違ってエントリーしてヒーヒー言ってるくらいの奴なの?
戦うのしんどいから戦闘中は休んでるけど、採取は手伝うし荷物も持つから置いていかないで、
とか言ったら案外簡単にOK出たりする奴なの???
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蒜手 「あ、ダメ、ちょっと脳がついて行かない……しばらく放っておいてくれない……?」 |
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ベアトリス 「そうなの? さっきミナミってひとが綿飴食べてるヒルデに話しかけようかどうか迷ってたけど、 今は話したくないって伝言して来ようか?」 |
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蒜手 「そう言うのは早く言って!? 私、南先輩の所行ってくるから!」 |
うわあああああタイミング悪すぎる!!!
胃の気持ち悪さも忘れて走り出した私の後ろで、フィンとトリィが首を傾げていたが、私は知る由もなかった。
→Eno.44→