意識が散漫になる。
数百の人間が叫び、逃げ惑っている様な。
無数の声が阿鼻叫喚の如く余の頭の中で木霊していた。
ああ、意識が。。。気を確かに持たなければ。
そう思考している筈なのに、何処か夢を見ている様な浮遊感が抜けない。
こんな思考に没頭してる暇は無いのだ。余は、護らなければならないのだから。
・・・・・・
誰を?
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
その子供は両親と共に在った。
イルハザーク・オブリビエント。何故かこれが子供の名前だと余には分かった。
ある日、両親はとても幸せそうに子供を抱きしめ言った。
「生れて来てくれてありがとう」
子供は一瞬不思議そうな顔をしながらも、心から嬉しそうに笑った。
そこで余は理解した。ああ、この子供は生まれて初めて親からの愛されたのだと。
そして同時に理解する。彼らは、今から子供を売るのだと。
子供は複数の男に手を引かれ両親の元を後にした。
子供は振り返った。しかし既に両親の姿は無く
子供は、生涯両親と再会する事は無かった。
子供は特異な体質をしていた。透き通る程に白い髪、そして同様に白く陶器の様に滑らかな肌。
宝石の様に紅い瞳に体内に複数の遺伝子を所有していたのだ。
それ故に彼とその親は、生きる事に必死だった。
子供もそれらを心得ていたので、両親の事は「二人が幸せに生きてくれているのならそれで良い」
心からそう思っていた。
男達は子供の心の清らかさに「ああ、やはり我らの神だ」と囃し立てもてなした。
そこは、所謂カルト教団の施設だった。教団には信仰が有り、崇拝する対象が在る。
男達は子供の特異な体質と色素を持たない美しい容姿から、子供に自分達の神を見出したのだった。
子供は最初数人の同年代の子供達と同じ空間で過ごした。
子供達は子供の容姿に臆する事無く、仲間として迎え入れた。
子供はその束の間本来の年頃の子の様に笑い、駆け回り、毎日を楽しんだ。
しかし暫くして、子供達は姿を消した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・。
・・・・。
余は、何を見ていた?
現在行動を共にしている仲間、結乃に手当を施しながら唇を噛み締める。
恐らくは自身に関わりの有る人間の記憶か虚妄だろう。
長い間意識が混濁していた為、正直今の自分には何が記憶で何が虚妄なのか判別が出来なかった。
しかし目の前に居る仲間とこの状況は真実であり現実なのだ。呆けている場合ではない。
幸い結乃は致命傷という傷でも無く、自分達は勝利を収める事が出来た。しかし・・・
今回余は同郷の者。つまりはアンジニティ、侵略者と対峙する事となった。
事前に知っていた事では有るし、相応の覚悟を決めてこの場に立った。
今でもそれに相違ない。
しかし、それでも。余は彼らを前にし、その考えに触れ、共感してしまった。
共感してしまったのだ。
混在した記憶の根底に有る感情。
もっと生きたかった。
もっと楽しい記憶を、生きた証を刻みたかった。
取り戻せるものならば取り戻したい。
生きる事が許される世界が有るのなら、自分もそこで当たり前の生を享受したい。
しかし、それは出来ない。してはならない。
アンジニティに堕ちた者は最早本来の“人”では無いのだ。
どれだけ悲壮な死を遂げた者でも、どれだけ理不尽な生の果てに迫害された者だとしても。
今現在“人”として在る目前の彼らの、当たり前に訪れるはずの日々を踏み台にして良いという
免罪符に成り得はしないのだ。決して。
今回の決闘で恐らく彼らは余の想像に及ばない辛い選択をした事だろう。
護ると決め、その様に動き結果仲間の友に止め一撃を見舞ったのは余だ。
これで良かったのかと問われると、分からない。
守護者と言うには些か空虚であるが、それでも余は彼らをこの力有る限り護らねばと思う。
ただの道理や情としてだけでは無く、それが余自身の為であると感じたからだ。
何故なのか、それがどうしてなのか、余自身が分かりはしない現状ではあるが
これは余自身が生きた証を残す為の戦でも有るのだと、そう強く感じた。