
フィリアからの連絡を受けた後、アガタはミカゼとの話し合いを余儀なくされた。
アガタはアンジニティで出会った邪神カタストロフィリアと、そしてフィリアの言葉をミカゼへ伝える。間違いなくあの2人は関連がある、その確信がアガタにはあった。
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アガタ 「お母さんは……フィリアは明らかに様子がおかしかった。あの人が口にしたあの言葉は、アンジニティで出会った神━━カタストロフィリアを名乗る女を覗き見た時に視えたものと同じだ」 |
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ミカゼ 「……その頭のおかしい邪神がアンジニティからこちらへ侵略する時にフィリアという仮の姿を得た、ということではないのですか?他のアンジニティの侵略者たちと同じように」 |
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アガタ 「いや……アンジニティの中でも厳重に封印されていたし、あの女は侵略戦争に勝ってイバラシティに出てこれたとしても、今度は他のアンジニティの仲間たちを食い殺してからイバラシティだけでなく次々と無数の世界を同じように侵略して生物を皆殺しにするつもりだ。 そんな危険な女をわざわざこの侵略戦争に参加させるとは思い難いが……」 |
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ミカゼ 「なるほど……少し思い至ったことがあるのですが。 ━━ロギウスの侵略。影人と呼ばれる操られた人々のこと、覚えてますか?」 |
ロギウス。それはアガタやミカゼが生まれ育った国のことだ。
あの世界が何者かに侵略される、それがきっかけで皮肉にも2人は産み出された。
アガタはそれを阻止する力を得て、侵略を阻止するために。
ミカゼは侵略の争乱で戦うための兵士として。
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アガタ 「ああ。侵略者の正体は不明。しかし影人と呼ばれる人々は、ロギウスに住むごく普通の人々だったのに、ある日突然牙を剥いた。 皆一様に、救済だの幸せになれるだのと言って。そして共通するのは……海に消えた人々だ。彼らはふらりと消えたと思ったその数日後、海岸や川で見つけられた。 一見すると何も変化はない。……だが、ある日当然侵略者の手先へと変貌する。━━それが我々、軍の調査で分かっていたこと」 |
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ミカゼ 「フィリアさんも『そう』なのでは?影人と同じように操られている。そしてそれを操っているのは、カタストロフィリア」 |
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アガタ 「ミカゼ。……だとしたら。カタストロフィリアは」 |
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ミカゼ 「ええ。私たちにとっても許せない因縁の相手かもしれない。私たちの世界ロギウスを侵略し、私とあなたの繋がりを割いた仇敵。……まだ断定はできませんが」 |
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アガタ 「そうか。なら。次にお母さんに出会った時には、魔眼を使う必要がある。 どこまで覗くことができるか、わからない……でも、確かめなくては」 |
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ミカゼ 「……お母さんが敵って……そんなの、悲しいですよね」 |
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アガタ 「案外そうでもない。実際には肉親ではないから。 イバラシティの贖為はお母さんを慕っているし、守りたいと思っている。から、彼女ならとても悲しんだだろう。 だが、私はアガタであっても贖為ではない。正直、納得している。あの人は娘に冷たかった。 いや、誰に対しても平等に距離を置いていた。そして今もそう。平等に人を救うつもりでいる。」 |
アガスティアと田中贖為は同一人物ではない。
アガスティアが田中贖為という姿を得て経験したイバラシティでの出来事は、しかし贖為とアガスティアでは同じ経験でも抱く感情は決して同じではない。
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ミカゼ 「私は優先順位を決めている。私たちは神様ではないから、全てを救うことなどできない。守るものに順番をつけて、下から順に捨てろ。本当に守りたいものを、失うことがないように。 ……それが、貴方の言葉。そして、私もそうしている」 |
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アガタ 「そうだ。大切なもの。一番は決まっている。私の親友、ミカゼ。私が全てを捨てて、世界を救うという使命も努力も放り捨てて、それでも守りたかったもの。貴方がイバラシティを守るために戦うなら、私は貴方を守るために戦う。……もし、貴方がこの世界を壊したいと言っても、私はそれを手伝っただろう」 |
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ミカゼ 「やだなぁ、アガタは。貴方は侵略を阻止するために作られた人なんでしょう?たった一人の友達のために、それに背くなんて」 |
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アガタ 「もう既に一度そうしただろう。だから貴方はイバラシティにいて。私はアンジニティに堕ちた」 |
ああ、ほんと。この人はバカだなぁ。ぎゅっと目をつむって、熱くなるまぶたを服の袖で擦った。布地が濡れて、泣いているのだとわかって。きっと目の前の親友もそれに気付いている。
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ミカゼ 「ごめんね、アガタ。私、貴方との約束守れなくって。貴方を研究室から連れ出して、本当の世界を、その目に直接見せてあげるんだって。そう約束したのに。私、負けちゃったんです。 また、負けちゃったらどうしよう。私、アガタも守れなかったのに。イバラシティの友達も、みんな守りたいのに。守れなかったら、どうしよう」 |
泣いている小さな少女の身体を、女はそっと抱き寄せる。
……青年の姿をしている時よりも強いはずの少女が、今はひどく弱々しく見えた。
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アガタ 「大丈夫。その時は、私が側にいる。たとえ貴方が一人ぼっちになろうと、怪物になろうと。私はあなたの親友だから。 守れなくても良い、約束なんて。私はあなたの言葉と気持ちが嬉しかった。それだけで、アガスティアは救われたんだ」 |
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ミカゼ 「……私のこと、恨んでない?後悔してませんか? のうのうとイバラシティで友達を作って、何事もなかったかのように生きてる私を、羨ましいと思わない?」 |
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アガタ 「私の幸せは貴方の幸せだ、私の親友ミカゼ。私はあなたを見守っている。どんなに離れていようと。 私が側に居られなくなっても、あなたが自分の意思で前へ進めるなら。私はそれが嬉しい。……それに。貴方は覚えていてくれた。私のことは忘れて、と頼んだのに。 ミカゼを憎んだことも、己の選択を後悔したことも。一度たりともない」 |
やっぱり、この人はバカだ。だけど、とても強い人だ。だから、私はあなたみたいになりたいと思ったんだよ。私の親友、アガタ。
いつか、あなたが私を救ってくれたように、私も誰かを救いたい。醜い怪物の私でも、そう思えたんだ。
なんとか、精一杯の笑顔を作ってアガタを見上げた。
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ミカゼ 「ありがとう、私の親友アガタ。今の私がいるのはあなたのおかげだから。あなたに恥じない自分でいたいんだ。だから、うん。 一緒に戦おう。私の背中をあなたに預けます。今度こそ私たちで侵略を阻止してみせましょう!」 |
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アガタ 「うん。任せて。今度も私はあなたを守る。そしてあなたが守りたいものも、きっと」 |
微笑むアガタを見ながら、ミカゼは内心で決心していた。
侵略以外に、アガタたちのようにイバラシティへ紛れ込んだ住民がアンジニティから抜け出せる方法を探ろうと。
イバラシティを奪われるわけにはいかない。
けれど、アンジニティに囚われた者たちにも何か他の手段があれば争わずに済むのではないだろうか。
襲いかかってくる目の前の障害を排除しながら、それでも視野を広く持たなくては。
親友に救われてばかりでは、いたくないのだ。