
わたしは自分の異能が嫌いだ。わたしにとって不都合でしかないから。
自分の顔が嫌いだ。幼く見えるせいでみくびられるから。
自分の身体が嫌いだ。小さいくせにやたらと女性的でバランスが悪い。
自分の性格が嫌いだ。卑屈で自分のことしか考えない。
どうしてわたしがわたしを嫌いになったか、どうして今の嫌な性格になったのか。
それはたぶん、嫌なことの積み重ねのせいなのだと思う。
昔のわたしは、いいことをすればきっといいことが起きるってわけもなく信じていたのだ。いつか報われると。
━━馬鹿馬鹿しい。
お人好しはただ搾取されるだけの現実をやっと知って、そうしてわたしは大嫌いなわたしになった。
これ以上傷つきたくなかったから。裏切られたくなかったから。
だけど、今回の裏切りは……予想なんてできただろうか?
だって、彼女はわたしの『わたしが産んだ娘』だったはずなのに。
 |
フィリア 「アガタ……?いや、違う……誰なんですか、貴女は……」 |
 |
アガタ 「……ごめんなさい、お母さん。私は……侵略者だった。貴女の産んだ娘、田中贖為は━━」 |
 |
フィリア 「嘘だ。そんなの……じゃあ、何?!わたしのこれまでの貴女に対する気遣いも、笑っていたの!?わたしが実の娘に対して異能のことで負い目を感じていたの、知ってるでしょ!何なの……貴女、アガタだって……目が見えてるじゃないですか!!わたしの異能のせいで、娘のアガタがあんな異能なんじゃないかって、ずっとずっと悩んでいたのに!そんなの関係なくて、最初からずっと貴女はわたしを馬鹿にしてたんだ!」 |
嘘だ、そんなの嘘だ。わたしにいたはずの娘は偽物だったなんて。
じゃあこれまで16年間わたしが重荷と感じていたあの娘は、なんなの。
子どもなんか要らなかったのに。
気付いたらいつのまにか夫は死んでいて私との間に子どもがいたと告げられて。
そのままずっと目の見えない女の子を、自分の娘とも思えない子を親として育ててきたのに。
親としての責任を果たそうと、悲しませないようにしようとあれだけ気を遣って
自分の時間を犠牲にして我慢して生きていたのに。
 |
アガタ 「お母さん、落ち着いて……私は、けれど。貴女の敵ではない。イバラシティを侵略から守る。私は友達を守りたい。そして願わくば貴女も」 |
 |
フィリア 「侵略……わたしを守る?」 |
自分の口から、乾いた笑いが漏れた。
 |
フィリア 「貴女が本当にアガタなら、わたしは殺しても死なないんだって、知ってるでしょ。守るだなんて自惚れないで。何様のつもりですか、胸糞悪い!どうせわたしとあなたの関係は親子という血縁関係だけに縛られていたもの。ここでもそれに縛られるなんてごめんです、あなたなんて私の娘じゃない!」 |
そのまま通話を終わらせ、また蹲る。
泥水に衣服が浸かり汚れてしまったけれど、そんなものを気にする余裕はなかった。
普段のわたしなら絶対に嫌がるのにね。
 |
??? 「……フィリア」 |
その呼び方は嫌いだ。わたし自身を縛る名前。でも間違いなくわたしはフィリアだという確信があって、そしてフィリアという存在でいなくてはならないという意識があるから、それを名乗っている。
 |
??? 「思い出してご覧なさい。あなたの奥底に秘めた力、それは今のあなたを救うものです」 |
その声はひどく優しくて心が安らぐものだった。
胸の奥に刺さったままの棘みたいにじくりとした痛みが和らぐような。
 |
フィリア 「わたしの力……」 |
そうだ、思い出した。
わたしは既に一度彼女に喰われて死した存在。
そして彼女の腹の中は穏やかで心地良かった。
彼女はわたしと一心同体……
いや、わたしが彼女の一部なのだ。
わたしは彼女の手足と同じ。
だとすれば、わたしが『カタストロフィリア』のために動くのは当然のこと。
わたし本来の願望も感情も必要なかったのだ。
ただ苦しむだけのものなら、そんなもの要らない。
ただ、またあの懐かしくて心地の良い腹の中に戻りたい。
そのためには彼女をアンジニティから解き放つ必要がある。
 |
カタストロフィリア 「フィリア、わたくしの愛しい眷属。わたくしが与えたその力の欠片……それがあなたの胎内にある限り、わたくしはずっとあなたを見ていますよ。そしてあなたに加護を与えましょう。死を迎えることなく、数多の生命を己のものとして支配する力、それをあなたはわたくしが振るうのと同じように使えます。さあ、思い出して。あなたの使命は?」 |
 |
フィリア 「わたしは……わたくしの使命は、全ての生命を救済すること。アンジニティもイバラシティも関係ない。むしろこの争いで苦しむ人たちがいるならそれを救わなくては。出会うもの全てを飲み込んで、食らい尽くして一つにしなくては。そして有象無象を喰らい尽くして、わたくしだけが残った時にカタストロフィリアは世界へ解き放たれる。救済をあらゆる世界にもたらす女神が再臨する!」 |
 |
カタストロフィリア 「そうです、あなたはわたくし。わたくしはあなた。わたくしはアンジニティからあなたを見守っていますからね。何も恐れることはありませんよ、愛しい子」 |
……もう、恐れるものはない。わたしの胎内にある彼女の気配を感じる。
わたしは1人ではないのだ。寄ってきた異形の生き物たちへ手を伸ばす。
触れた途端にそれはどろどろと溶け落ちて地へ水溜りを作った。
その水面を指先でそっと撫でれば、わたしの体内へそれは入り込む。
簡単なことだ。こうして触れて喰らうだけで、全てがわたしと一つになる。
わかりあえないなら、裏切られるなら、全部わたしにしてしまえば良いのだ。
わたしはわたしを裏切らないのだから。
 |
フィリア 「……さて、それでは世界を救いましょうか。」 |