sideアガスティア
アンジニティで日々を過ごしている時、私は拘束され封印を施されている女を見た。
彼女はひどく穏やかで優しい笑顔をする人だった。何度か彼女が封じられている地を通ったが、
いつも彼女は凪のような静穏な笑みを湛えて通り過ぎる私を見送った。
……だが、その日は違った。
その日、私は未来を視た。ワールドスワップ、イバラシティ。そしてイバラシティにいる、かつての私の親友ミカゼ。
もしも未来視の通りにアンジニティの咎人が外の世界へ解き放たれたとしたら……世界はどうなる?
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カタストロフィリア 「もし、そこのお方。あなたに頼みがあるのです」 |
物資を求めて歩く私を、彼女はその日呼び止めた。
━━今思えば、そうだ。きっと彼女はある程度人の心を読み解く力を持っているのだろう。
私が人の思念を視ることができるのと同じように。
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カタストロフィリア 「わたくしはかつて我が手の届く全ての人々を救おうと努めた神なる者。なれど、我が想いも力も人々には届かず、こうして否定された次第。挙句、この世界でのわたくしはあまりにも無力。ゆえにこうして囚われ、全てを奪われたのです」 |
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アガスティア 「それが何?いきなり身の上話をする、貴女の意図がわからない。 何をして欲しいの。私に」 |
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カタストロフィリア 「わたくしの望みはただ一つ。どうかわたくしを解放してくださいませ。さすればわたくしは貴女の苦しみを取り除いて差し上げましょう。わたくしにはそのための力があるのです。ただわたくしに触れるだけ、それだけで良いのです。嗚呼、どうか……どうか望みを叶えてはくださりませんか?」 |
どれほど長い間彼女が封印されているのか知らないが、私がアンジニティへ来てさほどしないうちから
彼女の姿を見ていた。彼女は私よりもずっと前からここにいるのだろう。こうして囚われたまま。
容易く手折られる花のような、まさしく手弱女
(たおやめ) と呼ぶべき風貌の美女。
あまりにも哀れっぽく悲痛な懇願をするものだから、従ってやろうかという気持ちにさせられた。
しかし、伸ばした手が彼女に触れる前に私はまた思い直した。
いくらアンジニティの咎人と言えど、封印を施されるのはただ事ではない。この女、神と名乗った。
何か企んでいやしないか?
私は目を凝らす。封じられた女の微笑みの底、心の内から過去まで。
どろりと濁った沼の底のような視界だったが、かろうじて其処から読み取れたものもあった。
全てを救済する。あらゆる世界の有象無象、それらを一つに。
この身へ取り込んで全てと一体になる。
感情も自我も肉体も自他の境界も消え去り。
生も死も変化もない、唯一不変の生命の海へと回帰する
それこそが絶対的な全てへの救済
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アガスティア 「……理解した。貴女が否定された理由を。 貴女は邪神だ。この世界から出たのなら、貴女の夢(ねがい)はあらゆる世界を喰らい尽くして滅ぼすだろう。 よって。私は貴女の望みを叶えない。」 |
宣告して背を向ける。立ち去る私に、彼女はそれでも穏やかな声をかけた。
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カタストロフィリア 「それでも、我が意志は挫けぬのです。我が悲願の成就は遠からず。我が眷属は既にかの街に根付き、育まれている。彼女の心を蝕む絶望が、いつしか必ずわたくしを呼び寄せるでしょう」 |
……だからきっと、私は『彼女』の娘になったのだ。
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sideフィリア
異能を用いて、自分の肉体ごと異形の化物をズタズタにする。ドロドロとしたそれは呻き声と共に動きを止めた。
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フィリア 「侵略……本当のことだったなんて……」 |
自分の血と化物の残骸で汚れた身体のまま、ふらふらと歩き出す。あちこちから叫び声が聞こえ、戦闘の音も。
聞こえるものから逃げるように声のしない方を目指して行く。
異形の化物に見つかればまた自分の肉体と共に切り裂き、動かなくなるまでバラバラにした。
バラバラになった自分の身体はすぐにくっついて治る。敵はそうならない。
気が狂いそうだ。
疲れ果てて、その場に膝をついた。
そんな中、着信の音。通知を見れば、娘の名前だった。
なぜなのだろうか、私は躊躇うこともなく通話に応じた。