
ハザマでは今、オオザリガニの甲殻と自分の戦闘で砕けた殻の一部が混ざって、
どっちが自分の殻だったか判別つかなくなった海老原有一が首を傾げているのだが
それはそれとして。
そういえば。いつから彼は、このチカラを手に入れたのか。
その話を、普段海老原有一からはしない。うまくできないから。
海老原有一は、泳ぐのが昔からだいすきだった。
海も好きなこどもだった。
海老原 有一
10さい。小学4年生のなつやすみ。
8月 13日 はれ
イバラシティにはかんこうであそびに来ました。
小さい島だから、きれいな海がいっぱい見えます。
(日記後略)無異能者の少年。
イバラシティ行きの船では身を乗り出すようにして海を眺め、
電車の窓からきらきらひかる海も、プールバック抱えて眺めてはしゃぐ。
彼は、そんな少年だった。
アライ区、アライ海岸を少し外れたところに鰐目蛙崖という崖がある。
そこではちょっとスリルを求めがちな青少年が、海に飛び込んでは水飛沫の派手さを競っていた。
10歳の快活で、泳ぐことが好きで、海で浮き輪を使ってプカプカするだけに飽きた少年は。
お父さんとお母さんの目を盗み、
その崖にやってきて。
ちょうど崖から、青年たちが居なくなったのと入れ違いにやってきて。
少年は海がよく見えるように、崖の端まで足を寄せた。
海には強めの風が吹いていて、黄色い旗が立っていて。
白混じりの波が
ぶくぶく、ざばあんと。
崖から飛び込んだ、無防備で小さな体に覆い被さった。
口が『たすけて』の形になったけれど、出るのは泡となけなしの酸素ばかり。
くるしくなっていく。
『たすけて』の音は、海の波しか聞いておらず、聞き入れてもいない。
くるしくなっていく。
目の前が真っ白になったり、まっくらになったり、真っ青になったりした。
どんどん太陽の光が遠ざかる。 息は、とっくにできなくなっていた。
くるしい。
じきに青色は群青色になって、目を閉じても開けても暗くなっていく。
誰も聞いてくれやしない。挙げる声もないんだから。
だから少年はここで溺れ死んで、このはなしは終わりに……
その声、ほんとうに誰も聞いていなかったのかな?
彼はいま記憶に殻で蓋をしてしまっているけれど、
きっと心の奥で覚えているはずだ。
真っ赤な甲殻に覆われた大きな手が、君を岸まで運んだことをさ!
海老原有一は快活な少年だった。
インフルエンザになった時以外はいつも元気だった。
「息子の姿が見当たらない」と迷子の連絡が入った数十分後、
アライ海岸の外れに意識不明の状態で打ち上げられた少年が発見され、緊急搬送された。
数日の昏睡ののちに目が覚め、一命を取り留めた少年。
その目はうつろになっていた。
精神科医の先生によれば、ひとは強いショックを受けた際、
自分の心を守るために記憶や心を閉ざすという。
そうして『使い物にならなくなる』ことを防ぐ。
ただし、有一少年の心の閉ざし方は特に異常だった。
笑わなくなった。しかし怒らなくもなったし、
この日から、
海老原有一が涙を流して泣くことは無くなった。
それこそ、『壊れて』しまったのではないかと疑われた。
しかし最低限の感情は残され、精神崩壊には至っていないという診断が下った。
時間が経てば元の通りになるかもしれない、と言われたが。
それから13年経った彼の姿を見れば『そうならなかった』ことは明白だろう。
肉体には骨折などもあったが、幸い
『身体に』後遺症は残らないと言われた。
しかし、もともと快活な子供だっただけに、『感情』を失うのは耐え難かった。
本人は特に何も感じていないので、両親にとって耐え難かった、ということになるが。
哀しそうな顔をする両親の前で、少年はギプスで固められた腕を伸ばし。
……
どうして、自分がこの2人に手を伸ばしたのか、その理由を『思案』しながら。
「なんで泣いてるの」
と聞いたという。
___彼の胸には入院して数日で皮膚の硬化が見られ、怪我の影響と思われていた。
しかしそれがキチン質の特徴を持つハート型の殻に変化したのは、退院して数週間後のことである。
10歳の夏。8月13日に、海老原有一は異能者になった。
『感情』を頭の中で組み立てながら、ゆっくり発言する話し方は13の頃から始まっている。
『身体の殻』は異能に変化が起こりやすい第二次性徴期(15歳)とほぼ同時に発現。
___その『身体の殻』こそが今、彼をハザマで、イバラシティで、
自らを『ヒーロー』と定義し、固定するきっかけとなっている。
《キチンハート》は、心身を守るチカラ。
チカラが及ぶ範囲は、自分1人だけなのに。
海老原 有一
23歳。創峰大学の大学院生。自分の殻とオオザリガニの殻の区別がついていない。
ヒーローとして戦おうとしている。
『例え心と身体、どちらか一方がダメになろうとも。』