
先程まで知らなかった筈の女性から、改めて挨拶を受ける。
そうだ。彼女は早乙女陽と魂を共有している存在だったか。
どうやらこちらではあの姿を保っているらしい。
彼女はアンジニティ側の住人らしいが、
いずれにせよ味方であるのなら僥倖だ。
Side:IBARACITY
「……ただいま」
自室。
自分の部屋だから、他に誰もいないのだけれど。
机に置いてある写真立てに向かって、声をかけた。
家族はもうそこにしかいないから。
写真の中の私はずっとずっと、幼いままだ。
隣には姉が写っている。
17歳で、姉は死んだ。
担任を受け持っているクラスの生徒と同じ年頃だ。
幼い頃は随分と大人に見えていたものだけれど、
とっくに姉の年齢を通り越して、生徒たちを見ていると、
全くそんなことはなかったのだなあとぼんやり思う。
みんな遊び盛りで、食べ盛りで、育ち盛りで。
友達となんてことはない話で笑い合って。
学校行事を楽しんで。
定期考査に憂鬱さを感じて。
人並みに悩みを抱えて。
大人に見守られながら生きているけれど、
一人前になろうとする年頃だ。
きっとやりたいことがたくさんあった。
きっとまだ生きていたかった。
その筈なのに。
姉は自分の命を投げうって、私を助けた。
助けてしまった。
救ってしまった。
だから私は、『私が』、立派に生きなくてはいけなくなった。
一面に広がる真っ白な雪に血が染み込んでいく。
横たわりながら、それをずっと眺めていた。
身体から熱が抜けていく。
寒いなと思った。寒いのはいやだ。
『シュリ。……ねえ、シュリ』
同じ様に傷だらけの姉が近づいてくるのが見えた。
姉の手が、自分の手に重ねられる。
それだけで暖かかった。
充分だった。
このまま眠ってもいいとすら思ったのに。
『どうして自分だけだなんて思わないで。
その異能(ちから)はきっと、シュリを助けてくれるから。
あなたにしかできないことが、きっとあるから』
身体に熱が戻ってくる。
反対に、繋いだ手は温度を失っていく。
違う。こんなことは望んでいない。
私は、このまま、
『だから、みんなに優しくしてあげてね。
困っている人がいたら、助けられる子になって。
……でも、無理はしちゃだめよ』
どうして、
『ごめん、ごめんねシュリ。あなたをひとりぼっちにしてしまう。
でも生きてほしいの。死なないで。
シュリは強い子だから、私がいなくても、きっと大丈夫』
あの言葉が、私をずっと引き留めている。
呪いのような言葉が、心臓を動かしている。
呪いのような想いが、全身に血を巡らせている。
Side:HAZAMA
姉さんはもう、どこにもいない。
死人は、戻ってこない。
死体は、動かない。
死者は、私の頭を撫でて、笑って、「立派になったね」と言ってくれない。
死んだ人間は、帰ってなんかこない、のに
「ゆうぜん、ちさ」
頭から血を流すあの少女は、確かに私の知る生徒だ。
青白い肌をして。
ああ、そうだ。姉さんもあんな風だった。
きっと彼女も死んでいる。
あの子には、やりたいことがたくさんあっただろうか。
あの子は、まだ生きていたかっただろうか。
あの子は、
…………。
『死んだ人間は、戻ってなんかこない』
「そうだね」
『向こうにいる間、充分いい夢を見せてやっただろ』
「そうだといいな」
『それ以上を求めるのは、あいつらの高望みってやつだ』
「…………」
『やるべきことは決まってる』
「うん」
『土は土に、灰は灰に、塵は塵に』
「っはは、神父の真似事? 変なの。
……でも、やることは一つだね。その通り」
だって、私は先生だから。
生徒のいるあの街を守らなくてはいけない。
そのためならなんだってできる。
なんだって相手にできる。
たとえそれが、守りたい筈の生徒だったとしても。
どれだけ心を砕いたっていい。
どれだけ身を削ったっていい。
だって私は痛くなんてないから。
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シュリ 「……さあ、始めましょうか」 |