親愛なるワトソンへ
久しぶり。また日記をつけてる。
連日書かなかったとはいえ、飽きずに三日坊主にならなかったことを褒めてくれ。
夏休みの絵日記の宿題とかは苦手なタイプなんだ。大目に見ろ。
ハローワトソン。調子はどうだ。嫌いなペットフードだけ残すな。
さて、前回から時間は経ったが、また妙な夢を見た。同じ夢の続きを見るのは初めてだ。
断片的にしか記憶に残っていないことが少しだけ腹立たしい。
まあそもそも夢っていうのは脳が睡眠中に行う過去記憶の整理に過ぎない。
だからあやふやで滅茶苦茶で荒唐無稽で、エピソード記憶として残らないのも仕方ないんだ。
別段可笑しくはないんだが、それでもなんだかモヤモヤするのはどうしてなんだろうな。
俺が日常生活を続けるなかでサブリミナル的に摂取した記憶の断片。
人の会話やらコマーシャルやら街頭看板やら。
見た情報をミキサーにかけて、攪拌して、混ぜ合わせて。そういうものの総括なのだと思う。
ちなみに見た夢を紙媒体に書き留めてアウトプットすることを『夢日記』と呼ぶらしい。
ネットサーフィンしたら出てきた。じゃあこの手紙も夢日記の一つなのか?
あんまりやると精神不安定になるらしい……へー。まあいいや。
頭に悪影響が出ない限りはお前に手紙を書けるだけ書いてみよう。
夢の舞台は荒廃したイバラシティだった。
道路のコンクリは剥がれて交通機関やライフラインは軒並み壊滅。
おまけにRPGで見かけるスライムじみたモンスターが徘徊している。
端的に言えば、そうだな……うーん。
随分前にテレビで見たB級映画のパニックサイコホラー、ゾンビスリラーに近い。
俺に猟奇的なB級映画を嗜む趣向はないんだが……。
夢に出てきた以上は、そういうことなんだろうと納得しておこう。
ただ少なく残っている夢の記憶の一つに、知り合いが登場してきたのは凄く安心した。
顔は覚えていないが三人ほど居たはずだ。
もしその三人が、イバラシティに越してきてから増えた友人の誰かだったら嬉しい。
この街に来て友達ができて嬉しかった記憶が反映されているのかもしれないな。
それじゃあまた、気が向いたらお前に手紙を書こう。
2020/01/10 菱形世論より
PS.ひっくり返って腹見せながら寝るの止めろ。死んでるのかと思った。焦った。
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菱形世論 「……あれ」 |
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菱形世論 「何か引っ掛かってるな」 |
前回と同じように手紙を仕舞おうとした机の引き出しが上手く開かない。
レターセットが奥に行ってしまったのだろうか。
両端を持って外した引き出しの奥には小さなメモが挟まっていた。
忘れるな。
忘れるな。
忘れるな。
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菱形世論 「忘れるなって……何を――っ、」 |
視界がぐらつく。正常な判断ができない。
眩暈なんて久しぶりだ。まずは深呼吸して、それから。
それから。
瞬きのあとに見た世界は異質だった。
目を開ける。
やっぱりと言うかなんというべきか、ハザマに転移していた。
ある程度の予測はついている。自分が転移するタイミングはきっと夜だ。
前回の一度目の転移から換算しておよそ二十日前後といったところか。
呑気に手紙など書いている場合ではないが仕方がない。今回もまた情報収集だ。
ハザマでの記憶を持ちうる手段がない以上、現実の己が何らかのきっかけで気づく他ない。
大丈夫だ、すでにいくつか布石は打っている。ヒントもちりばめておいた。
探偵ならこれくらい解ける。そうだろう菱形世論。
探索するうちにハザマ上空に浮かんでいる「LOGIN」というアイコンを発見した。
注視すると、通信網として使えることに気づく。
Cross+Roseと名付けられたそれはVRチャットのようなものらしい。
シロナミが使っていたのはたぶんこれだ。
なるほど道理で殴りかかっても幽霊のように透けてしまうはずだ。ホログラムだからか。
ただ立っている場所の電波状況が悪いのか、届く音声も映像も途切れ途切れであまり役立たない。
しばらく移動すれば直るだろうか。
シロナミの会話はなんとも要領を得難いもので釈然としない。
しかし当面の間はロスト探索及びチェックポイントの探索を主に活動して良さそうだ。
……友達がいたのは本当に心強かった。
前の自分には想像もつかないような変化に戸惑ってはいるが、それが不思議と苦ではない。
もしもイバラシティでハザマの記憶を思い出せたら、真っ先に皆に会いに行こう。
2020年01月某日――探索継続中。