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Trick or treat!Trick or treat!
魔女やお化けに仮装した子供達が街中を歩いていく。 今夜は明ける事のないこの闇の世界もかぼちゃを刳り抜いて作られたジャックランタンの淡いオレンジ色の光に包まれて陽気な雰囲気を放っている。 お菓子をねだる子供達に囲まれて普段は戦士や英雄と言われる大人達も戦闘の事は忘れ、妖しくも美しいこの時間を楽しんでいるようだ。
そんな賑やかな街の外れに古びた協会が経っている。 教会内の正面には壁一面にステンドグラスが張り巡らされ、仄暗い建造物内はお祭り騒ぎの街頭とは打って変わって神秘的な静寂を保っている。 ジャックランタンの光の群れはそんな仄暗い教会内のステンドグラスを通して様々にその色を変えている。
「魔石の光のようだ。」
大きく壮大なステンドグラスを背後に、逆行に身を包んだ男がぽつりと呟いた。 華やかでかつ荘厳な風景を自然に身に纏い、それすらも衣装のように着こなしているようでもある。 全身にシックな黒で覆い、金糸の刺繍が鮮やかである。 顔の右半分は仮面で隠れている。 手に持った杖で床に移された光をなぞっている。
ふと、薔薇のような香りが漂い、男が目を上げるとそこには顔の上半分を仮面で隠した女が立っていた。
「ごめんなさい、お待たせして…おめかしに時間が掛かっちゃったの。」
そう言うと女は少し肩を窄めて男に近寄った。
「…いつの間に入ってきたのだ。扉の開く気配は感じられなかったが。」
少し眉をひそめて男は問うたが女はそれには答えず
「……本当に来てくれると思わなかった。こんな時、きっと貴方はたくさんの人に囲まれているべきだもの。……王様。」
女は男の背後のステンドグラスを見上げながら呟いた。
「…ふん、特別このような行事でなくとも我の周りには常にたくさんの人間がいるのでな、たまにはこのような静かな場所で過ごすのも息抜きになろうというもの。気まぐれに過ぎぬ。」
そう言うと男は杖を持っている手とは逆の掌をひらりと女の腰に回して椅子に座るように促した。 女が腰をかけた後で男もその横に座った。
「あら、じゃあ私と会ってくれたのはただの王様の気まぐれだったのね。」
女は少し拗ねたように顔を男から背けると
「そう拗ねるな、大人の容姿になっても相変わらず初めて会うた子供の頃のままだ。」
わざと意地の悪そうに少し口端を上げて男は笑った。
「もう、子供扱いはやめて。これでも私は18なのよ。」
それでも男の顔を再び見た女は嬉しそうに笑ったが、すぐに正面に視線を戻し呟いた。
「……でも、子供のままで居ればよかったと思う事もあるわ。だって、そうしたら貴方を思って切ない気持ちにならなくてもいいもの。」
「…?それは…どういう…」
男が問うと
「…これだから女性に困らない男の人ってイヤだわ、肝心なところで鈍いんだもの。」
小さくため息をついて、少し、寂しそうに女は笑った。
「ねぇ、王様。本当の貴方って何処にいるのかしら。私、本当の貴方に会って、触れてみたかった。此処で貴方に会えたことは幸運だけど、出来れば同じ世界で生きてみたかったわ。」
「唐突にどうしたのだ、ハロウィンというのは人の出会いについて考えるようなイベントであったか…」
「………。」
どうやらこの王様という人物はハロウィンというイベントについて疎いようだと半ば諦め、
「此処とは別の世界でね、今日にあたる日が一年の終わりの日で、その日になると精霊や魔女が出てくるんですって。それらから身を守るために仮面を被ったり、魔除けの火を焚いたりしたことがこのお祭りの始まりみたい。」
「ふむ……我の世界では精霊は神に近い存在であるが……どちらかというと守護に近いな。我ならば精霊でも魔女でも出てきても一向に構わんが。」
不適な笑みを作ってみせる男を見てくすりと笑い、
「ねぇ…じゃあ…吸血鬼はどう思う?ヴァンパイアよ。いるでしょう?仮装の中にも。」
「はて………我は実際にそのヴァンパイアとやらには会ったことがないのでよくは分からんが……何故だ?」
「私が、ヴァンパイアだからよ。」
仮面の下のエメラルドの瞳は男のやけに明るいブルーの瞳を真っ直ぐに捕らえて呟いた。
「……………今日の仮装は……マスカレードという舞踏会の際のものかと思ったが」
「違うのか」…と困ったように男が唸ったので女は、
「ふふ、王様って本当に可愛い人ね。」
と言い、
「でも、今日は何の仮装だっていいの。本当の自分を隠して、今日だけは、貴方とこうして向き合っていられるから。 それが例え短い時間であっても。きっと素敵な思い出になるわ。」
そう言って男の肩に凭れ掛かり、
「王様、今日は本当にありがとう。」
そう言って仮面のない左の頬へやんわりと唇を触れさせた。 その感触は砂漠の夜の風のようにひんやりと冷たい。
きっとそれは僅かなひと時であったが、 多くを語らずとも、背中を支えてくれるその大きな掌、鼻筋の通った丹精な顔立ち、そして印象的な不自然な程に明るいブルーの瞳、そのひとつひとつを記憶にとどめようと眺めながらこの男性をとても愛おしいと女は思った。
「嗚呼、私、恋したのかもしれない。」
その呟きは協会の周囲にやってきたまだ途切れることのない子供達の賑やかな声にかき消された。
Trick or treat!Trick or treat!
魔女やお化けに仮装した子供達が街中を歩いていく。 今夜は明ける事のないこの闇の世界もかぼちゃを刳り抜いて作られたジャッ…
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