コアトル狩りは何の心配もないぐらいに無事、終了した。
　俺はその狩りの為にと臨時で組んだPT（紅葉、エアル、リーシィ……他にも居たみたいだが。何にせよ頼りになる奴らではあった）の面々に感謝を告げ、山を降りる事となった。理由はもちろん、ミクネやアルコルやステフ達と合流するためだ。次に逢う時は広庭で。そう、約束していたからな。





　山を下りながら俺は一人思案した。普段は誰かと一緒が多いからな……こういう時間は非常に稀有でもある。だからこそ、思考に没頭できるってものなんだが。考えていたのはなんの事はない。俺について……というか、性格には『次元竜』という存在について、ちゃんとミクネ達にはなしておこうっていうそれだけの事だ。
　今までも軽く聞かれたことはある。その角は、その尻尾は、その耳は、一体どんな種族の特徴なのかと。俺は詳しく説明するのもややこしかろうと無難にしか話したことはなかった。一般的にいうならば竜種に属する希少種的な何か。アイツらはその程度のことしか知らない。教えていないんだから、当然といえば当然だろうけれども。


　でも、もうそれだけじゃダメな気がするんだ。


　この間のステフとの事も勿論あるけれど。全部を話しておいた方が本当はいいんだ。
　アイツらは普通の奴らで、俺みたいな化け物とはまた違う。居心地が良くて、ぬるま湯みたいな関係が楽で、このまま何も話さずにアイツらの見ていない場所でエンブリオを喰ってそうして回復していけたら良いかな……とかさ。俺の目的を全部明らかにさせずに、適当に関わっていけたらとか思っていたけれど。
　でもそれじゃ多分もう駄目だ。これからも一緒に行動を続けていくというのならば、信頼関係は必須で、それにはこんな怪しまれる要素しか無い現状で何の説明もせずに今までどおりで居て欲しい……なんて、虫のいい話は通るわけがない。




　合流して、やることを済ませて。
　それからアイツらには、ちゃんと話そう。


　そう、心に決めて。
　俺は一路、広庭へと向かって道を急ぐのだった。










※以下からは、ENo.510『ゼゼ・レプト』様の日記と連動しています。




　こうして一人移動していると、ほんの少し前の事を思い出す。
　といっても、何年もだとか数ヶ月だとかそういうものじゃないのだが。

　俺は過去に思いを馳せた。
　そう……あの時も、俺は確か一人、暗い森の中に居たんだったな。





　一つ違うのは、この時の俺は追い立てられるようにして、決して深くはない森の中を走っていたという事だ。
　もっとも、俺は別段そうスポーツ系という訳でもない。褒められたものじゃないが正直引きこもりがちで元々運動はそう好きでもないタイプだった。護身術程度の身の動かし方は知っていても、本格的な体捌きはあまり詳しくないしな。

　なら何で走っていたのか……というと、理由は簡単。
　ろくでもないのが周囲にワンサカ湧いていたからだった。

　舌打ちして肩越しに顧みた後方には闇がモヤの様に垂れ込め、その中でタールにも似た滑りのある黒い身体をのたくらせる不気味な奴らの姿が見える。それらは急速に森のなかに散開し、獲物を囲い込む様にして迫ってきていた。ほんの僅か、木々の隙間から降り注ぐ星の光が、群れる闇の頭部に浮かぶのっぺりとした仮面を仄かに浮かび上がらせている。
　俺は瞬時に亜空間に普段仕舞いこんでいる銃を顕現させれば手に構えた。武器が手にあるというそれだけで精神的には多少落ち着くものだ。現状を把握しつつ俺はなおも駆けた。あの時みたいにろくに反撃も出来ない様な時ならともかく、今の俺は幾らだって抵抗もできる。それでも夜目が効くとはいえこんなローバルの招いた暗い深い森のなかでたった一人立ちまわるのはあまりに不利だ。

　全体の動きを見ながら俺はぼやく。
　俺という獲物を捕らえるにしては、包囲網が浅い気がしたのだ。

　本気で捕らえたいならもっと隙間なく包囲狭めて俺を襲えばいいのに抜けが多い。森のなかに展開する奴らの異質な気配は触角で常時捉えているが、その感覚が確かならば明らかに別場所で動いているローバルが居る事を俺に教えている。もしかしたら他にも襲われてる何かがいるのだろうか。コイツらは主にエンブリオを狙うと風に噂に聞いている。ならば森住まいの野生のエンブリオが襲われているのかもしれない。いや、或いは……

　一揆参加者は例外なくエンブリオを自分の片腕として、或いは武器として携え従えているはずだ。そういった奴らを餌にしようと近づくローバルは居てもおかしくない。ならばこのまま見て見ぬふりというのは流石に寝覚めに悪いというものだ。何より、俺としてもコイツら相手に逃げの一手だけというのは性に合わない。以前に痛い目を見させられた分のお返しぐらいはさせてもらってもバチは当たらないだろう？


　そうと決まれば話は早い。俺は気配のする方へと急遽走る向きを変えた。それほど時間をかけることなく喧騒が聞こえ始める。どことなく聞き覚えのある男の声と、争う気配、そしてローバル特有のドンヨリとした生命反応を感じて俺は不敵に笑った。

　眼前の大きな影へと俺は無造作に銃を構える。
　発砲。

　大気を震わせる音と共に放たれた一撃は、俺の前で動きを止める影の横を掠めるように抜け、更に後方から襲いかかろうとしていた黒い影を撃ちぬいた。言うまでもない。ローバルだ。しかもコイツはそれなりに大きいタイプな辺りからして、結構な魔力を溜め込んだ奴と思われる。
　倒れ伏し動く様子がないこと、そして後方から追ってくるローバルの群れの気配がまだ遠いことを感じ取りながら俺は口を開いた。――…眼前、俺にあと少しというところでその鋭い爪を突き立てる所だった、一人の男を見返しながら。

　銃口から棚引く硝煙を吹き消しながら視線を向ける先に立っていたのは、砂色というか大地の色をした鱗に身を覆われた鱗の民だった。群青のターバンが印象的な、細身のリザードマン。暫く前、まだこの一揆に正式参加しはじめたばかりぐらいの頃に顔を合わせ、言葉を交わし、そして親切なことに胃薬（しかもお手製だ）を振る舞ってくれた男である。
　『ゼゼ・レプト』という彼の名を思い出しながら俺は問う。

　対する彼はといえば、深々と一礼しつつ感謝の意を示してくる。しかも俺には敬語まで使うのだ。……そういやゼゼ達からしたら竜種というのは上位存在的なものらしいってのは前に逢った時も言ってた記憶はある。こっちはそういう扱いはどうにも慣れないんでむず痒いものがあるんだがね。

　聞けばどうもゼゼはローバルのことは知らないようだった。俺が口にした名を初耳という顔で聞いていたぐらいだから多分間違いはないだろう。周囲にエンブリオらしいエンブリオは少ないようだった（とはいっても何だか騒がしいのを連れてたな……ベロキ、とか言ったか。ノリがステフを思い出す。少しだけな）上に、どうもゼゼ自身が狙われた様子だったのが妙だが。
　ローバルは確かエンブリオのエネルギーを奪い取る存在とか聞いたんだがな……ゼゼやその一族も俺と似たような一族、という感じでもない辺り何らかの理由はありそうだが。心当たりが少しはある様子でもあったが……そこはまあプライベート的なところだろう。敢えて突っ込むのは無粋ってなもんさ。



　ゼゼは早々に退散したがっていたようなので俺はその背を押した。

　俺としてはローバルの奴らに一泡吹かせてやりたいと思っていたもんでね。この辺りならさっきの場所より足場はイイ。多少はドンパチやらかしても平気だろうと判断した上で、ゼゼが退く為の退路を確保してやろうと思ったわけだ。
　ところが予想外にゼゼは俺への助力をするという。……まあ多分アレだな。竜種に属する俺を囮代わりに置いて逃げるなんて失礼な真似は出来ない、なんて思ったんじゃないのか？　この辺りはなんというのか生真面目っつーか何つーか……他人のことを言えたモンじゃないが、苦労してそうだよな、ゼゼって。


　とはいえ正直助力は有りがたかった。何せ数が数だ。俺一人で立ちまわって倒せなくもないんだろうが、それにしたって時間がかかるのは目に見えていたからな。その点二人（って数えていいんだよな多分）なら多少時間の短縮も出来るってなもんだ。
　見ているとゼゼはエンブリオの力を自分の爪へと宿し構えていた。変わったスタイルだな……でもたしかに効率的な感じはうける。ゼゼは俺がエンブリオを連れていないことに怪訝げな顔をしていたじけれど。まあ、普通はエンブリオの力を借りて色々やる事が多いだろうからな。側においておくのが普通なんだろう。この世界では。

　銃を構えて大丈夫だと示してやりつつ俺はゼゼに問うた。

　どれほど暗闇でも見通せるのかはわからないが、出来るならば明るい中で戦いたいというのが心情じゃなかろうかと思ったのだ。案の定頷く様子に、俺は言葉を返す。

　銃を手に後方へと構える。ローバルの招く闇が視界をひどく悪くしているが、その程度で俺の触角の感覚網を誤魔化すことは不可能だ。どの方角からどの敵がどのくらいの速度で近づいているのか。それを俺は手に取るように感じ取ることだって出来るのだから。

　ゼロ！
　そう叫ぶ代わりに俺は引き金を引いた。ガウン、と静かな森に響き渡る銃声は二発。放ったのは光の魔力を凝固させることで創りだした弾丸だ。それは同時に敵へと走りだしたゼゼを瞬く間に追い越し、漂っていた闇を切り裂いて森の中を明るく照らしだす光条を描く。その中にくっきりと黒い影が無数に浮かび上がった。ローバル共がついにココにまで包囲網を狭めてきたって訳だ。


　そこからはもう大乱戦だった。
　右から左から上から下から。不定形なのやらデカいのやら形も一定じゃない奴らが襲い掛かってくる様はある意味圧巻だったといってもいい。俺やゼゼを打ち倒し、そうして魔力なり何なりを奪い取ろうと鋭い爪や妙に伸びる腕で襲い掛かってくる黒い刺客をあるものは銃で打ち抜き、あるものは尾で薙ぎ払う。偶にゼゼの死角や、逆に俺の死角に飛び込んでくる奴らはお互いが互いの死角を打ち消し合うようにして叩きのめした。
　初めてこうして一緒に戦うっていうのに意外と呼吸が遭うのは、戦闘スタイルは異なるとはいえお互い似たような気質が多少あるからかもな。或いは、尾だの鱗だの甲殻だの持ってるもの同士のシンパシー的なものもあるんだろうか？　まあその辺りはよくわからないが。

　何にせよ俺達はローバルの爪をへし折り、身体を打ち抜き、或いは仮面を踏み砕きつつ数を減らしていく。こうして戦ってみればわかるが、随分と耐久力がない個体が多い様だ。実際襲ってきた奴も格下だと言われている明確な形状を持っていない奴だとか、或いは姿形は人型に近いものがあってもまだ外見的にはこれといった特徴のないやつが多かったしな。
　聞いた話では強力なローバルはエンブリオの力の特徴を一部併せ持ちその外観もまた逞しい人間のそれと大差ないと聞く。ならばココにこうして集っているのはローバルの中でも下級の奴らばかりなのかもしれない。


　そうこうしているとゼゼが俺に声を掛けてきた。複数の敵を一網打尽に出来る様な技がないか、という打診だった。……まあサンダーボルトとかあの辺りを上手く使ってやりゃコイツラ程度なら打ちのめしてお釣りが来るだろう、と判断して俺は肯定の言葉と共に頷いた。
　するとゼゼはあいつらの足を止めると飛び出していく。

自分の居た世界にはいなかった、と勝手な納得をしつつ、あまり出会えない同種に顔を緩めて声をかけた。

と、そこでふと思いついたようで、口元に軽く片手を当てる。

賑やかなんてものじゃない……と言わんばかりに、曖昧な表情を浮かべて首を横に振る亜竜。
はあ、とため息を一つ着いた後、これまでに出会った、あるいは探したエンブリオたちのことを思い返す。

フイユモーヴの真っ向からの問いかけ。
それに対して返した言葉に、妖精の翁が二度三度頷いた。

消え入ってしまいそうな表情を浮かべるクライの言葉。
その中に一つ引っ掛かりを覚え、それが何なのかを考え、頷き、言葉を返す。、

話に微妙なオチを付け加えた後、ホッホと軽妙な笑い声だけ残して、フイユモーヴの頭の上に軟着陸した。
手の甲で軽く払われて落とされた。

少女がくるりと振り返る。

……手に持っている宝石が、きらりと光った。

　温厚な印象を持つ青年とはあまり似ていないのかも知れないな、とふと思うと。
　目の前で次元竜殿が首に付けた碧玉を弾くのが見えた。

不意に出された提案。それは非常に魅力的なものだった。

ネクターの花の奪還や、砂漠の故郷のこともある。戦が終わればすぐにどこかへ飛び立つという訳にもいくまい。

ちょっと考え中。姿を確認、さっき見かけた龍と同じ角している？

慌てたように深々と頭を下げ、謝罪をする。

毛虫と聞いて、普通の毛虫サイズを思い出したようだ。

おそらく、その心配はしなくてもいい。

ケンカしないで一緒に食事できたら仲間。
雀社会は掟がとてもゆるかった。

声掛けられ振り向けば、見ず知らずの青年が其処に。
光に照らされ輝く金髪と眩い衣装は、さながら陽光を想起させた。

その場でくるりと回り、己が全身を示して見せる。

得意げに胸を張りながら、再び来訪者の姿を見遣る。
されど、その視線は次第に訝しげに、不服の念を滲ませ始め。
表出する不信の念を隠すことなく、クライの元に詰め寄った。

珍しいクチか、と問われて、まず否定。

それから再び、クライカリオスの全身を見遣る。

そう、訥々と語った。

あちゃあ、といった声をあげて、エルは辺りを見回す。

そういう青年の足取りはどこかふらついていて、今の言葉と併せて考えると、あなたは簡単に一つの結論に辿り着けるだろう。
恐らく、エルは方向音痴なのだと。

そう言いながら、移動しようとするが、明らかにエルの行こうとしている方向は、先ほどテオドールが去ったと思わしき方向とは真逆だった。

きょろきょろと周りを見回し、尻尾が力なく垂れる