それは、すでに破滅の道を辿った世界のお話。
地獄と化したその星では、邪悪な悪魔が這い寄る世界となっている。
こんな世界でも昔は緑が溢れかえっていた場所がたくさんあった。
しかしそれも、昔の話…。


「もう…疲れたですの…」


赤黒く濁った大地と空。
エシャロットは、他に生命を感じさせないその場所で、歩き疲れたエシャロットは地面にへたり込む。
誰かと一緒にいた時は、いつも笑顔でいたその表情からは、まったく想像できない絶望に満ちた顔をしていた。


「…なんで…私がいつも生き残るのですの…」


・・・


強大な悪魔の力に歯が立たず、死んでいった。
草木一つ育たない地形と化した死滅の大地は、悪魔達が手を下すこともなく身体を蝕んでいく。
厄災に呑まれ、飢餓に陥り、疫病に犯され…人々は死に至る。
…みんな、エシャロットを残して死んでいった。
消息がわからず行方不明になっている仲間もいるが…
この状況を見るからに、生きているとは到底思えないのであった。


「…ゴマちゃん…ブランちゃん…モコちゃん…ラテちゃん…」


かつて、仲間だった者達の愛称だろうか。
その名を呼びながら、エシャロットは涙を流していた…。


・・・


エシャロットには、免疫力があった。
エルフも妖精族の一種。その妖精族は、病に対して強い免疫力がある。
どんなに荒れ果てた大地でも疫病に侵されることはなく、飢餓も『種を急成長させる』力で補うことができた。
だからこそ、生き延びれた。エシャロットのその能力は、多くの人々を救く力だった。
だから、優先して生かされてきた。
でも、もう…。


「私の守りたいもの…みんな、無くなっちゃったですの…」


必死に、必死に生きてきた。でもそれも、もう終わりにしたかった。
絶望に満ちた表情で、黒い空を眺めていた。


・・・


その時。
エシャロットの見上げていた、晴れることのない空が明るくなった。


「…なんですの…？」


こんなに優しい光を見たのは、いつの日だっただろうか。
白い羽根の生えた人間が、空から降りてきたのである。
絶望しかないこの世界に、再び光が差し込むようであった。
『天使降臨』…それは、その世界の歴史に大きく刻まれる出来事であった。


「…天使…？」


天使の軍勢は、悪魔たちを消滅させ、穢れた大地を浄化していく。
汚染された大地は蘇り、緑が蘇っていった。
その姿に見とれていると、一人の天使が、エシャロットの前に舞い降りた。


「驚きました。この厄災の中を、生き延びた種族がいるのですね」


目を瞑り、優しい表情を見せる天使の少女。
薄緑の、ふんわりとした長髪。頭には動物の耳、お尻に生えているしっぽを見る限りでは、狼だろうと予測できる。
一瞬獣人かと思わせぶるところもあったが、背中に生えている、桃色の花を咲かせた羽根は、天使そのものであった。
手には、豊穣の天使の大鎌、セイクリッドスペイドが握られていた。


「妖精の子よ、あなたは何と呼ぶのです？」

「…エシャロット、ですの…」

「…エシャロット…」


天使の少女は、興味津々と言った様子で、エシャロットをしばらく見つめ…


「私は豊穣の天使、リータです」


優しい声で、名前を名乗るのであった。
それがエシャロットとリータの、はじめての出会いであった。


・・・


・・・


・・・


天使の軍勢は、悪魔に支配されたこの世界を少しずつだが順調に浄化していく。
天使の舞い降りた土地では、再び人が住める土地となり、天使は救世主である崇められるようになっていた。
エシャロットもその一人。天使達を心から慕っている。天使の中でも、特にリータに対して…。


「リータちゃんー！」

「あら、エシャロット」


天使達が建造した大神殿。
その隣に、大きく広がる大規模農場。新鮮な野菜や果物が豊富に実っているその場所で、立ち合った。


「それにしても不思議なもんですの。天使様も普通に食事とったりするんですの？」

「はい、悪魔狩りがどの種族よりも優れていること以外は、他の種族とあまり変わらないかもしれませんね」


どうやら、天使とはいっても特別人外じみているわけでもなく、普通に食事をとったりするところは他種族とかわりないらしい。
つまりリータは、悪魔狩りに勤しむ好戦的な天使を養うためのバックアップ的な存在であり、
あらゆるものを豊穣させるその力と内政力は、天使からも、人々からも愛されていた。


「そういえば、リータちゃんはなんで私達を救ってくれたんですの？」

「んー、実のところ…人々を救うつもりはまったくなかったというか…」

「なんとぉ？」

「マーキュリアンの軍勢は、悪魔を殺すことだけを考えている集団…人々を救ったつもりはまったくないのです」


ただ、悪魔がこの世界にいたから滅ぼしにきた。あまりにも単純な理由だったのである。
リータも、その悪魔を憎んでいる天使の一人なのだろうか…。


「あっ、この話は内緒ですよ？　今の状態は何かと都合がいいですし」

「えはは、それくらいいくらでも内緒にするですの〜、どんな理由だったしても、リータちゃんは私の『英雄』ですの！」

「英雄…ですか。それよりもエシャロット、せっかくきたんですから、手伝ってくれません？」

「うえー、めんどくさいですのぉ、んでも、リータちゃんのお手伝いができるのはあたしくらいなものですの、やったるですの♪」


少し嫌そうな表情を見せつつも、天使様の頼みとあらばとのことで、作物の手入れを始める。
ここにある植物は皆、リータの豊穣の力によって作られたもの。
リータもエシャロットに似た能力、いや…それ以上の力を持っているのだ。
その力を持ってしていなければ、リータの作業についていくことはできないだろう。


「不思議なものですね、天使でもないあなたが、これほどまでの力を持っているなんて…エシャロットにも英雄になる素質があるかもしれませんね」

「えー？　あたしが英雄〜？　冗談いっちゃいかんですの〜♪」

「いえ、本気ですよ？」

「ふむー？」

「英雄は、なるものではありません。選ばれるものなんです。いつの時代も、そうして選ばれる者がいなければならないんです」

「んー、言われてみればそんな気もしないでもないけども…それでもあたしはー…」

「ふふ、その可能性があるかもしれないってだけですよ？　今は…私が英雄となりましょう。悪魔狩りのついでに、人々も救ってあげます」

ついでに、人々も救う。
リータはそう言っていたが、彼女はついでとは思えないほどに人々に優しく、情に熱い天使であった。
一生懸命に生きる人間がかわいく見えたのか、それは定かではないが、地獄と化したその世界を浄化していき、人々の暮らしを支える存在。
まさに、人が想像してきた優しき天使と呼ぶに相応しい存在となった。

「わはーい♪　リータちゃん様様ですの〜！」

「もう…本当にあなたは調子がいいんですから…」

リータは、少し困ったような表情をしながらも笑って、まんざらでもない様子をしていた。
豊穣の天使リータは、人々と大きく交流を持っていく。
特にエシャロットとは、友情が生まれるほどの存在となっていくのであった。


・・・


・・・


・・・


マーキュリアンの軍勢は順調に進軍を進める。
世界は救われる……そのはずだった。
その日、『アポカリプス』が世界を襲った。
空からは火の雨、海は煮えたぎり、太陽は暗黒におおい隠される。
これまで築いてきた逆転劇が、まるで嘘だったかのように覆された。


「そんな……これほどまでの力を、まだ残していたなんて……」


地面に足をつけて、飛べなくなった翼を苦痛の表情で支えながら…
破滅するその世界を眺めていることしかできなかった…。
あまりにも厳しく、人が生きていくために必要なものがすべて死滅していく。
仲間も、食料も、環境も、空気さえも…。


「力が…抜けていく……こんな、ことが……」


妙であった。天使は妖精種以上に免疫力が高く、再び闇に覆われたこの世界でも動けるはず…
そのはずなのに、身体が動かない…。


「……神々の、破滅……」


どこかで聞いた、その言葉…。
神々の破滅。神々とその信者からの繋がりを断ち切る禁断の大儀式…。
最近は悪魔が妙におとなしいと感じたこともあったが、この大儀式のためだったのだろうか…。
…あの時、気づいていれば…。
そう悔いながらも、朦朧とする意識の中、手負いとなった羽根を引きずり、エシャロットに寄り添う。


「…ひゅーっ……ひゅーっ…」

「…エシャロット…」


天使でさえ耐えれないこの環境…エシャロットもほとんど虫の息の状態だった。
このままでは、長くは持たないだろう…。


・・・


「…エシャロット…ごめんなさい…」


リータは、エシャロットを強く抱きしめる。眩しいほどの光、でも、どこか優しい光。
それがエシャロットを包んでいく。リータの身体がうっすらと半透明になっていく…。



「…っ……ぁ……リータ、ちゃん…？」


虫の息だった呼吸が整っていく。傷も、病も、何もかも治っていくような…でも…。


「…リータちゃん…！？だめ…だめですの！！」

「ごめんなさい…でも、こうするしかあなたを救うことはできないの…」

「嫌ですの！！あたし…あたしはもう…誰も犠牲にしたくないですの！！そこまでして、生きたくない…生きたく、ないですの…」


リータを引き離そうとするも、リータの意思がよほど固いのか、引き離すことはできない。
力が湧いてくる感覚…。リータが、天使の力を送ってくれている…。


「ごめんなさい…これは、私の我儘です…あなたはもう生きたくないかもしれない…それでも…」

「私はあなたを救いたい、生きていてほしい…だから、私の『希望』…全部あげます」

「リータ、ちゃ…」


リータの気持ちが、身体に流れ込んでくるような感覚がする……。
ときどき、わからなくなって、あれほど悩んだのに、今も迷っていた思いがある。
『なぜ、私が生き残ったんだろう』って…。
こんな、なんの役にも立たないあたしを生かして、何になるんだって…。
しかし、直接流れ込んでくるリータの気持ちが流れこむと…。その迷いは…無くなっていく…。


「エシャロット…あなたの笑顔には…たくさんの人々が救われたのですよ…？」

「ううっ……あぁぁぁっ…」


涙をポロポロと流し始める。
わかってしまったから。何もかも捨てようとした自分に、再び希望を与えてくれたと同時に…。
リータが、何をしようとしているのか、わかってしまったから…。

「この世界から、エシャロットを追放します…『否定』された者なら、悪魔達も追ってこれないでしょう…」

「リータちゃぁん…」

「私が愛した、この世界を…人々を…一人だけでも…」

「…お願い…エシャロット…生きて…」

「リータちゃああああああん！！！！」


異界への門を開いていく。
リータは、涙を一粒こぼしながらも、最後まで笑顔で、エシャロットを見届けながら…そのまま消えていく。
絶対に離したくないと、抱きしめていたリータの姿はなく…その手に残っていたのは、壊れたセイクリッドスペイドのみであった。


・・・


・・・


・・・


あれから、否定の世界、アンジニティをくぐり抜けながらも、無事に生還を果たして、元の世界に戻った。
しかし、どうやらまだまだ力不足だったようで、今はこのメルンテーゼで立ち往生の日々。
できることなら、一刻も早く戻って、世界を救いたいところである…。

ぎゅっと、イグニを抱きしめる。
イグニはいつもならきゃっきゃっと喜んでいるところだが、今回ばかりはおとなしくしていた。

少々言葉足らずで、慣れないことをしている様子が目に見えていた。
イグニになりに、慰めようとしている。それが嬉しくてたまらなかった。

その優しさに、目をうるっとさせている。
こんなことは、滅多にないと思いたい。そう、今だけ……

……



えっ？



つづく。

そう言って、イロコイちゃんの頭を指先で撫でてくる。

そういって、フィリアスはもぞもぞとポケットから這い出てきた。

キーワードに心当たりがあるのか少しだけ考えてから。

-　二人が見えなくなるまでぱたぱたと大きく手を振り続けるのでした

などと迂闊なことを口走ります。
地雷とか墓穴とかそんな事は考えもしないようです。

もっともらしく納得しますがどことなくフラフラしてるような気が。

少量とはいえ度数の所為もあってか完全に酔っ払ってしまっているようす。