メルンテーゼの水辺。その一角に、突如として濃霧が現れた。
その霧は魔力を多分に含み、何かを覆い隠すかのように停滞していた。

エレンは、その霧を眺めていた。彼女はこの光景に何度も立ち会ったことがある。
故に、この霧が何か、これから何が起こるのか、分かっていた。

エレンの鼻を、かすかな匂いがくすぐる。使い古された本のような香りだ。
ジャッ、ジャッと足音が聞こえる。それは不自然な程に一定な足音だ。
この水辺は、足場が良いとはとても言えない。
それでも、その足音は、決して崩れることなく、音がばらつくこともない。

程無くして人影が現れると、霧はさぁっと晴れていった。
その人間は、薄い桃色の髪、紫色のような瞳をした少女であった。
水色のシャツの上に赤いベストを羽織り、紫色のロングスカートを穿いている。
規則正しい音を立てる足を覆うのは、旅人用の丈夫な靴だ。

エレンは少女の眼前に進むと、笑顔を浮かべて、言った。
「やあ、お友達。しばらくぶりだね。何年ぶりかな、キミと話すのは。前に話したのは、確か惑星ディスラトーヴの最期の時だったっけ。あの時は二人で星の滅びを特等席で見守ったね」
「やあ、お友達。確かに久しぶりだ。ああ、あれは随分良い滅びの物語だったね。そしてあれは、君の物語でもあった」

惑星ディスラトーヴとは、約400年前に戦争により滅びた星である。
地形が変わるほどの兵器が濫用された結果、星の形はグズグズに崩れてしまった。
そこに住んでいた生物達は、脱出すること能わず、その星と運命を共にしたという。

「ファシス、馬鹿なことを言っちゃいけないよ。あれはボクの物語なんかじゃないさ。あれはディストラーヴに棲む人々の物語だ。
　彼らが戦争を起こして、彼らが勝手に滅んでいっただけだからね。ボクは願われて、その手助けをしたに過ぎない」

ファシスと呼ばれた少女は、ふむ、と少し考えて応えた。

「なら、そういうことにしておこうか。だけど、私は戦争の首謀者の傍に、常に妖精らしき存在がいたことを記憶している」
「それはひどいな、一体誰が唆したりしたんだ。ボクは彼の夢を叶えてあげただけに過ぎないから、その妖精はボクじゃあない」

やれやれ、といった感じでエレンは大げさに肩をすくめた。

「それで、今度はこの世界の旅かい？」
「ああ、そうだ。近くの物語を歩んでいたんだがね、その物語が終わってしまった。だから、近くにあったこの物語に来た。君と逢ったのは全くの偶然だね」
「ははは、ならキミは運がいいよ。何せこの世界は祭りの真っ最中でね、それも天然物だ。見ていく価値は十分にある」
「そうか、それはよかった」

ファシスはそれだけ言うと、また歩き始めた。
その足音は、先ほどと同じく恐ろしいほどに規則的だ。

「相変わらず、つれないねえ。もう少し話していってもいいだろうに」
「生憎と、これが私でね。歩みを止めたら、私は私じゃなくなってしまうよ。それに、君と話しているといつの間にか束縛されてしまいそうだ」
「まさか。ボクがそんなことをしないことはキミが良く知っているじゃないか。何しろキミはボクに『何も願わない』からね」
「然りだ。ちょっとした冗談さ。単にこの物語を早く読み進めたいだけだ。君が言うには、随分面白そうだし、旬を逃したらまずい」

それに、とつぶやいてファシスはくるりとエレンの方に振り向いた。

「君ならいつでも私を夢に呼べるだろう？　君に呼ばれるのは、吝かではないよ。それに、どの道、君のところには顔を出すさ」
「ああ、そうだ、そうだったね。ボクもキミの物語に呼ばれるのは、吝かではない。いつでも呼んでくれていいんだよ？」

あはは、とエレンは笑う。

「なんだなんだ、ボクたち両思いじゃないか！　結婚でもするかい？」
「冗談だろう、それは勘弁だ。君と結婚なんかしたら、私は気が狂ってしまうよ」

ファシスは軽く拒絶するように、エレンに背を向けて歩き出す。

「それこそ冗談じゃないか。キミもとっくに気が狂っているくせに！」

エレンの野次に、ファシスは何も言わず、手を上げて応えた。
エレンは彼女の背中が見えなくなるまで、その姿を追っていた。



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タワムレガキはEno.358ファシス・リベルテをやっていました。
お付き合いくださった方々に感謝を。

なので、とりあえず同意する、ということで、と頷き。

たしか殺気を感じる前に殺されちゃうぞって話でしたよね、と一応確認しつつ。

そういうものですと説明します。

アドバイスどうも、と最後にお礼をするのでした。

座り込んで頬杖をつきながら。

　治っても、痛いだけではすまないこともあるのです。
幻視、幻痛。なんだか難しい事を知っているようです。

　基本的に距離が近い方が嬉しいのです、濡れていようとなんだろうと。
抱きつかれてない方の手でやわく包み込むように覆います。まかり間違っても強く握ったらだめです。

　お腹の中は狭すぎます。ちゃんと育てられるお母さんな体だったら別にそれでもよかったんですけども。

　背というよりは髪の毛の問題らしいですが。自分から近づいていく癖にそれだけはお断り。

　手元に居た妖精さんが掻き消えて、気付けば横に。
手放したつもりもなし、種も仕掛けも見当たらず。手元にあるのは柿の種。

　さっきまで触れていた感触を、手をにぎにぎしながら思い出すように。