始祖ディ・ステラ。
レーネフィアは彼の名前を知らない。
便宜上『彼』と呼んでいるが、そもそも『彼』なのか『彼女』なのかも定かではない。
わかっているのは、彼が『自分を殺す為の手段』を探しているという事。
彼がレーネフィアの親であり、そして敵であるという事だった。

「……ねえ」
夜。
窓辺に腰掛け、月を眺める人形へと問う。
「貴方は何故、自らを殺す方法を求めるのです？」
答えが返って来る事を期待はしていない、単なる暇つぶしのつもりだったが。
意外にも答えは返って来た。

「疲れたからかな」
「……は？」
「疲れたのさ、長く生きる事に。僕は……いや、君もだけど、分類としては『既に死んでいる』。
　最早命ですらない僕達は、消滅する事すらない。　魂を吸う事をやめれば動けなくはなるけれど、それも休眠状態に過ぎない」
「……長すぎる命に飽きたと？」

人形は、ため息のような仕草をした。
「そうだね。 少し長く生き過ぎたかもしれない。これを磨耗と言うのかは知らないけどね。少なくとも、まっとうな生物的楽しみを失ったのは間違いない」
「……その飽きるだけの命の為に、今までどれだけの命を踏みにじって来たと」
「『お前は今まで食ったパンの数を覚えているのか？』なんてね」
「99822枚ですわ」
「……冗談の通じない奴だね」
「そもそも最初から冗談でしょう？」
「まあ、そうだね」

窓辺から降りた人形は、部屋の中を歩き回りながら一人ごちる。
「飽きたと言えば飽きたが。それだけで自死を選ぶほど純粋じゃない」
「……貴方が自分を殺す手段を探す理由。　それは、自らが『完全なる不死』になる為ではないのですか？」
「ほう？」
「まっとうな手段では死なず、滅ばない貴方は。それ故にその理を越えて自らに死を刻む物を恐れる。
　ならば全ての分割世界から、貴方を害する可能性のある物を全て集め、管理下に置けば――貴方の不死は決して侵される事はない」

違いますか、とレーネは人形を睨む。
幾ばくかの間二人は睨みあっていたが、不意に人形は視線を外し哄笑した。
「かもしれないね？」
「――かもしれない？」
険しい顔を崩さないレーネを、嘲笑う。
「実際のところ、僕もわかっていないんだよ。本当は死ぬ手段を探しているのかもしれない。永遠に生きたいのかもしれない。もしかしたら、君を殺したいのかもしれない。
　数千年の磨耗はね、そんな事さえわからなくしてしまうんだ。
　……なんて言ったら、信じてくれるかい？」
レーネフィアはもう一度人形の瞳を睨みつけ、その瞳の中にある感情を探ろうと努力した。
けれど、瞳に嵌った硝子球からは何の感情も伺えない。

「――いえ、どちらでも構わない事です」
諦めたように溜息を吐いたレーネフィアは、ベッドに腰掛る。
そして、決意を吐き出すように答えた。
「どちらにしろ、私が貴方を殺すのは確定事項ですから」
「そうかい。　愛してくれて嬉しいよ、レーネフィア」

表情を明るくし、励ますように声を掛けた。

トガノは手に合わせたのかは定かではないが、軽く目を閉じ冷静に言ってのけた。
シオンと異なり、そういった事柄には敏感なのかもしれない。