偶然に引き合わされた一行も、交わされる言葉は疎らに。

その殿を受け持ちながら、黙々と砂塵の中を歩み続ける。

己が頭上に構える陽の元が、随分と近付いた様に感じられた。


最早、汗も流れる事無く。

肌が瞳が、全てが区別無く灼熱の竈の中に在り。

単調なる不毛の景色に、思考も霞を見せる。


不意の事態を避けるべく、己が視界に注意を傾ける。

されど、僅か先の大地すら、熱気に歪み定か成らず。

己を覆い包む全てが、焼ける大気の中で形を失うようで。






――いつしか、フィンヴェナハは昔日の中に在った。






多少の寒さなれば、幾度かの経験こそ在れ。

己が猛き肉体が、熱に馴染んだことなど一度とて無かった。



此の世界に迷い込んでより数日後には、初めての疾病に侵された。

発熱を伴った身体は、まるで実態など無きが如き浮遊感を得て。

されど、肉体の動きは自在と成らず。

自らを殺すモノの存在が、確かに己が内には感じられた。



より鮮烈なる熱は、ヒトの身によって刻み込まれる。

それは、我が翼を斬り落とせし裂傷の痛み。

裂けた肉の感覚は、暴れるが侭に己が体内を蠢き駆けずり。

まるで肉体の内を舐めるが如く、全てを焼け焦がして回った。



七日の後、全ては灰燼と帰し。

ようやく新たな住み処を、その残滓の内に見出した。



茹だる視界の向こう側に、旧き己の姿が見える――。










刹那、先を進む男の声に、現の夢は掻き消え。

既に自分達が、魔物の住処の真っ只中に居ることを認識した。

流れる汗を拭いながら、前方を睨み続けている。

視線を巡らす。
この荒涼の地に、そのようなものが存在し得るのか。
どうにも自分には、想像のつき難いことだった。

あの日々とは、違うのだと。

☆熊肉の入ったタッパーを入手しました。

少年の瞳の先に、嵐が吹き荒れる。
それは砂塵を巻き上げて、先制攻撃を入れようと――しかし。

熱射に瞳を焦がされ、吹き荒ぶ砂塵に視界が歪む。
緩んだ警戒の間隙を突き、目前には敵意の集団が在った。

さりとて、敵方に奇襲の意は無く。
彼方もまた、不意の来訪に動揺を隠せず居る。

鞘に手を掛け、深く息を吐き出す。
一挙に地を蹴り、大鬼の目前に立ちはだかった。

おや、と顔を上げる。
休息中といえど、それなりには周囲に気を払っていたつもりだったが、
――少しばかり、気を抜きすぎたか。

「全く、急な来客だな」

ひゅ、と、周囲を一陣、風が駆け抜けるのが分かる。
この乾いた砂地に吹き抜けるのとは違う、清廉で涼やかな風。
孕んだ魔すら尚吹き払い、寄り添う、形のないそれ。

「いや――来客はこちらだったか？」

冷静に考えれば余所者は自分たちの方であった。
とはいえ諾々と痛めつけられるわけにはいかない。
こちらにはこちらの事情と理由があるのだ。

「……さて」

どんなものだかね、と。
守るべきを背に負った少年の姿をちらと瞳に収めてのち、
刃を抜いて襲い来る異形に相対した。

くい、と傍らに顕現した風精に軽く頬を突かれる。
指されたその先を見るのと、魔異が驚くのは、同時。

ルトゥ、と短く名を呼ぶ。

狙いを、と、鬼を指をさした。

最後の一体から戦意が消えたところで、それきり。
異形の熊の姿は、一陣の風が吹いたかと思えばまるで霧のように消えてしまった。

ばつが悪そうに視線を遠方へ向けて、それきり少年は押し黙ってしまった。

刀を打ち払い、刃先に滴る雫を飛ばす。

振り返る顔は、まるで何事も無かったかの如く。
されど、何処か焦点のおぼつかぬ様子で中空を見上げた。

戦いが終着し、新手の姿も気配もないことを確認してから、
少年の姿へと目をやった。
何を問い詰めるでも、追求するでも、嗅ぎ付けるでもなく。

向いた視線は吹き抜ける風と同じく、乾いていた。

それは、あなたの、
そう伝うのは躊躇わられて、噤む。
自分は、彼に隠し事をして欲しくない。けれど、彼はどうなのだろう。

その言葉を、視線を、追う事はしなかった。
素直に頷き、倒れた月精の元へと歩み寄る。
その表情に、瞳に、ひとつの決意を抱いて。

最後の最後に、名前を。少し、和らいだ表情で。

懐からゴム鉄砲を取り出した