水辺で合流して、それからまた別れて。

　またな、って手を振って、そうしたら、思いの外、すぐに。


＊

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＊

＊

＊


「──ルカ、達は、今度はどちらに？」
「オレ達はあのまま、水辺を進むつもりだけど。 ミハウ達は？」
「私達は、地下牢へ」
「ちかろう？」
「……城の地下、ダ」
「へえー、……オレ、そこ行ったことないや」


　情報を集める為にと街に出て、ルカはミハウと、彼のエンブリオであるイェジと再会した。
　首を傾げたルカに対し、ミハウの肩の上、イェジがぽつり呟いて、教えてくれる。
　ミハウが丁寧だというのもあるが、比べて、イェジの言葉遣いは決して、良くはない。
　けれど、ルカはイェジの口の悪さが決して嫌いではなく、寧ろ好きだと思うくらいだった。
　言葉の遣い方、だけなのだ。
　イェジは、やさしいと、そう。


「オレさ、前から思ってたんだけど、イェジって物知りだよな」
「前モ、聞いタな、ソレ」
「だってホントのことだろ？」
「……まァ、お前が馬鹿ダ、ッテのも、あンだろうケド、な」
「こら、イェジ」


　ミハウが窘めると、けっ、と言わんばかり、イェジはそっぽを向いて。
　済まなそうな顔をするミハウに、ルカは笑って返しておいた。
　胸を張れたことではないことも分かるが、馬鹿だと言われて、言い返すことはルカには出来ない。
　へにゃりと笑って、それから、手を伸ばしてイェジの頭を撫でてやった。


「……そう、言えば、」
「？」
「シズさんと、……アリシアさんは、ご一緒ではないのですか？」
「うん。 シズはアリシアと一緒」
「そう、ですか」


　口許に手を当てて、思案顔。
　これは、ミハウの癖なのかもしれないな、と、思う。
　少しばかり見上げた先の横顔から、何を考えているのかなんて分からなかったけれど。
　話しかけることを躊躇わせるような、何かが。
　
　足元を見る。
　横に置いた、荷物を見る。

　通りに備え付けられていたベンチに腰掛けて、いくらか、間が空いた。
　そこに小さな、穴が空いた、ような、


「あの、──」
「──あ、あのさ、」


　そうして、重なった、声。
　二人してハタ、として軽く目を瞠り、顔を見合わせて、二人して苦く、少しだけ気まずそうに、笑った。
　ルカは堪えられなかっただけだ。
　穴を塞ぐ為にと、そう思って、ただ。


「……アリシアさんと、何か、あったのですか？」
「──へ、」


　一方のミハウは、ルカに対し、訊ねることを躊躇っていた、ようだった。
　おず、おずと、訊ねたミハウの声音に、イェジが目を細め、彼の肩からひょいと降りる。
　緑色を丸くして見上げたルカは、やっぱり済まなそうな顔のミハウに、ふにゃりと笑って。
　思い出すように、また、足元を見た。


「何か、って言うか、ええと、喧嘩した、……の、かなあ」
「……？」
「アリシアを怒らせちゃったんだ、オレ。 アリシアの気持ち分かんなくて、傷付けたから」
「……、……」


　だから、喧嘩じゃないや。と。
　言い争った、というよりは、あの時、怒っていたのはアリシアだ。
　自分ではない。
　傷付いたのは、アリシアだ。
　自分は。


「アリシア、お父さんとお母さんが大好きでさ。 一日も早く会いたいんだって、分かってるつもりだったんだ」
「……アリシアさんの、ご両親」
「でもオレ、孤児でさ。親が居なくて、……覚えてなくてさ。
　アリシアに、親の居ないルカに、私の気持ちが分かるわけないって、怒らせちゃったんだ」
「……、」


　こんな話はするべきではないのかも知れない、と思う。
　一方で、訊くんじゃなかった、と、ミハウに思わせてしまったかも知れない、と、彼を見上げて、思った。
　思い出して、笑って話す自分の横で、ミハウの表情が、ふっと曇るのが見て分かった。
　見上げた空は、もうすぐ陽が落ちる、淡い朱色。


「オレさ、親が居ないこと、今まで全然気にしたことなかったんだ」


　自分と同じように、親が居ない子供は自分の他にも居たからか。
　顔も覚えていないからか、少なくとも、自分に親が居ないことを、疑問に感じたことすらも無かった。


「そうじゃなくて、オレ、アリシアの気持ち、分かってなかったんだなって」


　分かっているつもりだったのは、本当に自分だけで。
　分かっていない、という否定を、彼女が今まで自分にぶつけないでいてくれたことだとか。
　そんなことにも気付かずに、ずっと我慢させていたことだとか。
　彼女自身に拒絶されたことだとか。

　親が居ないという事実を突き付けられたことよりも、それがずっと。


「ちっちゃい時から一緒によく遊んでさ、オレ、何でも分かってる気になってただけ、だったって」
「……、……」
「……ずっと一緒だったけど、あんなふうに怒るアリシア、初めて見た」


　笑ってほしいと思っていたのに、自分の所為で怒らせてしまった。
　わらう自分を、信じられないものを見るような目で、菫色がつらそうで、それがずっと。


「でも、さ、」


　と、顔を上げる。
　つられるように、俯いていたミハウが少しばかり驚いたように顔を上げて、目が合った。

　笑う。


「でも、オレ、アリシアの気持ちは分からない、けど、寂しいって気持ちは、分かるんだ」


　傍らの、イェジの白い尾が揺れるのが視界の端に映って見えて、その小さな頭を撫でてやる。
　相変わらず、への字に曲がった口許に、笑みを深めたりして。


「オレさ、一人ぼっち、苦手でさ」
「……、」
「アリシアに、一人ぼっちになってほしくないんだ。 ……ひとりに、させたく、なくて、」


　だから、と、続けようとして、思い出したように、気が付いたように、あ、と、小さく、声。
　森の色をしたミハウの双眸を見返すと、彼は不思議そうに数度、瞬きをして。


「あ、っあー、その、ごめんな？ 何かいっぱい、オレばっか話して、て、」
「ああ、いえ、はじめに訊いたのは、私の方ですから」


　此方こそ、なんて言って、ミハウが謝れば、ルカは首を横に振った。
　彼は悪くないのだ。
　すみませんだなんて謝る理由は何処にも無いし、彼にだって笑ってほしい、と思う。
　慌てて立ち上がろうとして、袖をミハウの手が、掴んだ。


「……傍に、居てあげて下さい」
「────、」
「……、……すみません」


　見開いた。
　頭の中が一瞬、一瞬、真っ白になって、眩しいくらいで、いつか降った言葉が繰り返される。
　よみがえる。
　
　口を挟むべきではないだろうと、思ったのだろう。
　ルカが瞠った、ミハウの緑とは異なる色をした双眸から、目が逸らされる。
　袖を掴んだミハウの手は、すぐに引っ込められて、それにまた、イェジが目を細めた。

　また穴が空きそうで、それがいやで、咄嗟、に、


「──っこれ、」
「……え？」


　ミハウの目の前に突き出すのは、小さな紙袋に包まれた何か、だ。
　これが何であるかは分からないが、恐らく、ルカはこれを、ミハウ達へ差し出しているのであって。


「そこの角、曲がったところにある、ドーナツ屋さん！ 美味しいって聞いて、それで！」


　収集すべき情報は、美味しいドーナツ屋さんの話では、なかった筈なのだが。


「お店の人、サービスしてくれて！ だから、ミハウとイェジで、半分こして食べてくれたらって！！」
「あ、……ええと、」
「……貰ッとケよ、美味ェ、ンだろ？」
「よ、よっつだと……アリシアと、シズとオレで、分けらんないから……っ」


　イェジの一声が後押しして、ミハウは、ルカの手からその紙袋を受け取った。
　本当は、もう一つ、彼に渡せたならと思うのだ。
　大きな翼をもったエンブリオを連れている、彼女の分も。


「……ありがとう御座います、ルカ」
「……へへ」


　そうやって、やさしく、柔らかく彼が微笑むのを見れば、ルカも笑って返した。

　陽が落ちる前には帰るようにと、シズが言っていたのを思い出した。
　正確な時間は分からないが、見上げた空の、淡かった朱色は既に暗く、夜の色が、すぐ、そこに。


「じゃあ、また、な！ ミハウ！ イェジも！」
「はい、また」
「マタ、な、坊主」


　大きく手を振って。

　ふたりが見えなくなるところまで走って、人通りの少ない場所で、オーバーオールのポケットを漁る。

　あさる。

　
「……あれ、」

　
　あさる。


「……あ、……あれ……？」


　いつもの場所に、ポケットに、入れておいた筈だ。
　空に浮かぶ家、否、家と言うには大き過ぎるが、空に浮かぶ家──タンポポ荘へ帰る為の、ルームキーを。
　
　なのに、


「……鍵が無い……」


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今回はＥ−Ｎｏ．８６０／アリシア・イーユスの日記と少しだけリンクする、予定です。
それから、Ｅ−Ｎｏ．１１９５／ミハウ・クワイアトコウスキさんとイェジさんをお借りしました。
この場をお借りしてお礼を申し上げます。 ありがとう御座いました。

ルカに背を追う人物を問われれば、僅かに間を置いて。

それのみ、息を吐き出すように、答えて聞かせた。

続くシズの答えに対しては、相変わらず少し首を傾いだまま。
向けられた視線に、真っ直ぐに見つめ返して言葉を返す。

一瞬閉じられた彼の瞳に対しては、不思議そうに。
されど、その意図を測ることも無く。

ふにゃりと笑った、その笑みに。
こちらも笑みを保ったまま頷き返した。
それは形のない、ただの願いでしかないのだけれど。

だが、と続ける。

それからルカの問うた、”フィンヴェナハの望み”を答える。

酷く突飛なことを言っているのは間違いない。
だがそれを、この男はあっさりと、何でもないことのように口にしてみせた。

ルカが何か、言いたそうにしていることは分かった。
それを押し込めさせてしまったのが自分の言動であり振る舞いであることも。
だから、それを追求することはできなかったし、
その権利もないのだと思った。

少し、唐突にも思えたその問いを、吟味する。

守られるべき。
あるいは守るべき。

だから、と続けた。

感心したように頷いて。

慌てようにぽかんと口を開けて、呆けた顔をして。
撫でられていたイェジは耐え切れずに吹いた。それも盛大に。

まァ、病としての意味も無くはねェけどな、と呟きつつ。

　釣られてか、溜息一つ。
　目の前の彼も大変だろうな、だなんて内心。
　それから、ブレスレットについて告げられれば、目を瞠る。

　訊いたのはこちらなのだけれど、今一歯切れの悪い言葉を返す。

　決まりを破って、との言葉には、目を伏せた。

　理由を問われれば、言い難いことでもないわ、だなんて首を横に振る。

　彼らの世界について説明されたのなら、

　先ず、高層ビルを知らないらしかった。

まずルカと握手して、自然な流れでシズにも手を差し出す。

言葉で拒否をされるまで暫くこのままだろう。

まずルカと握手して、自然な流れでシズにも手を差し出す。

言葉で拒否をされるまで暫くこのままだろう。

ずりずり。

ウィルトは　ふあんそうだ