立ち塞がるものがある。

　彼は小さく笑った、常にそうするような仕種で。
　何一つ変わらぬ形で。
　先へ先へと進み続ければ、遠からずこうした風になるだろうとは思っていた。彼にしろ、娘たちのいずれにしろ。そうはっきりと、お互いどうこうと口にはしなかったけれども……彼らにしてみれば、むしろようやくと言った感がある。二つの影が、行く手を遮る姿で立っている。色形は視えずとも、その気配を手に取ることはできた。大きなそれと、小さなそれと。どちらもそこへ真っ直ぐ立って。かつて踏み越えてきた、そう多くはないものどものように。王の側に立ち、彼らの前を横切る道を塞ぐもの――古い鏡、変わらぬ光の色を留めようとするものたちの。
　そこには影が落ちている、容易には拭い去り難い深さをして。
　彼らがそうして掲げる光とはなんだろう？　どこか傾き、かすかに青褪めはじめた陽の色だ――それでも惹かれるものはある。進むたび絡みつくように敵意を向けるものたちが現れ、そうしてそれらのものたちを、日々打ち倒しながら過ぎてゆく。害意は、ありとある道順に等しく充満している。のぼるためにはいくつもの道があり、方法があり、けれどひとつとして無防備に開け放されているものはない。どこから向かったところで、そこにはやはり立ち塞がり、覆い尽くすものがあり、そして影が落ちている。
　彼ら彼女らがもっぱら進む道のりは、言ってしまえばもっとも平凡で、かつありきたりであり、見ようによっては面白みに欠けていたかも知れない。ただ真っ直ぐに正面を進み、入り口を上がり、そうして歩いてきた。ただそれだけである。城内へ入ってからは、長く続く廊下を一歩一歩――まるで、それが訪ないの正しい手順であるかのように。
　道のりはオルガに似合いのものであるように思われた。ただ一点に見詰めている夜の娘の眼差しの。
　あるいはフィガロにも。彼女はどんなときにも、混じりけもなく照らされた道を歩くような娘だ。

　声がしている。
　見知らぬ声、高く低く響きながら、もつれ合って転がっている。
　再びもう一歩を彼は歩く。
　傍らには、娘らの靴音が聞える。
　息遣い、無造作に取りこぼされる彼女らの言葉と声、視えずとも浮き上がるような、いくつもの。

　立ち塞がるものらがあった。
　そこには影が落ちている。
　いつかに振り払われたものらにも似て。
　移ろいかけた光のさなかに、ぽつり取り残されるようにして。

彼が触れさせてくれるのを良いことに、頬に手を滑らせ、その顔を覗きこんでいたら。

何か、冷たい音が聞こえた気がした。
何かを落としたのだろうか、と手を引き、背伸びを止めて地面へと視線を落とす。
その肌に、ヒュ、と冷たい感触。
おじさま、と呼びかけた声と視線に被さる言葉。
それを片耳に聞きながら、見えぬその感触へと視線を移す。

掠めた腕をひと撫でして、辺りを見回す。
こちら、と彼の袖を引き、すこし位置を変えようと促しながら、先ほどの言葉の続きをねだるよう、顔を上げて。

口を突いて出た、何かの物語の一節。
それに反応したように、エンブリオが鞄から飛び出してくる。
ぽぅ、と微かな燐光を放って、くるくると。
風もないのに、足元の草がざわりと揺れた。