わたしは鳥だ。





微睡みから目を覚ます。重たげに震えた金糸の睫毛は、空気の冷たさに寄り添いながら蝶の羽ばたきにも似て宙へとその影を刻んだ。微睡。世界の薄暗さにはとうに慣れた。無限に続くかにも思われる城内の歩みは、彼女にはすこし居心地の悪さを呈していた。暗く、空の青さはどこにもない。埃と黴の入り混じったような少し酸いのある匂い。命の淵に佇む獣――彼女はそう捉えていた、潔癖なる魂を宿すことのない、獣たちの腐った唾液の跡。彼女に気を遣ったわけではないだろうが、オルガが時々は外の様子を見に連れ出す。美は、ここにはない。だからこそ、彼女の眼差しはどこか微睡んで、淡く伏せられていた。思考を遠ざける、穢され、埃を被ったかつての荘厳さ。

どこか夢を見ていた。タカージュドールの夢だ。彼女に宿るエンブリオが増えるに従い鳴りを顰めるはずのトリカゴはその夢の中では狂ったように暴れている。その狂暴さこそが彼女に夢を――過去と入り混じる、セカイの夢、セカイの妄想、こうあらねばならないという絶対の父権……そういったものを見せ、騒ぐ。呪うほどに彼女を愛している、その証として。手に入らないのであれば壊してしまえばいいという神話の、今ここに甦る顕れとして。

ディオールの輝きは形を顰めたか。ディオール。彼女の美しい唇が母音をゆっくりと形作る。怒り或は陶酔のうちに改悛する人の美しい唇の笑み、地上と天空を貫く沈黙。R の音は音にはならず喉を振わせて細胞の中に沈んで消えた。ディオール。彼女の身の内に宿る、ただひとつの、彼女の為のエンブリオ。彼女の盾、彼女の剣、ディオール。呼びかけるたびに、己の身体の中で呼応するように輝いているであろう、彼女の身代り、命そのもの、Dior、金色 Or に輝く彼女の神 Dieu 。

そう、彼女の命はまだ続いている。不思議なほどに、時を留めたそのままの姿で。命、すなわち、美そのものの顕れとして。彼女の意志と覚悟と、何よりも傲慢さで持って彼女の命は続いている。彼女の、力で。己の力で羽ばたく鳥に似て。規定された鳥籠の中を不自由に、自由の刑に処せられながら飛ぶ鳥そのものに、似て。誰も護りはしない。誰も護らなかった鳥、大切に飼われていた鳥、約束された美の中で、どこにもいけないままに飛ぶ鳥。――そして、彼女はその鳥の墜落を看る。

ひとつの花が咲いているのだという。オルガの声の指し示す向き、ヤールの虚ろが廻る先。花が。

手を取るもの、護るべきもの、護られるもの。円舞曲は如何と腰を抱かれるその戯れとは異なる。女だ。その花もタカージュドールに咲く。叫び声に、眉間に皺がよった。美しいことは、強さだ。だから彼女はここに立つ。自分の望みを叶えるものは己しかない。手を取って歩くものも。溶け合ってくれるものも。いつか己は金の海に沈のかもしれない。蝋燭の光に照らし出された彼女の髪は、どこか彼女に似ていた。



彼女は鳥だ。だから、彼女は花ではないのだった。