包まれた闇。一面の闇。
浮かんでいるのか、沈んでいるのか、それすらも危うい感覚。

部屋の中にいたはずなんだけど、何だかそれも今となってはちょっとあやふやで。
ゆりかごのような心地よさの中、私は闇に包まれている。

闇の中。遠くに見える光に気付く。
見て、っていうのはきっとアレのこと、だよね。闇の中、まぶしいはずの光なのに、嫌な感じは全くなくて。
目を凝らせば――……す、っと光に視界は包まれていく。





気付けば、そう。
私は草原の上で横になっている私を、見下ろしている。

これは、こないだ目を覚ましたときのことなのかな？
土地勘がないから自信はないけど、でも何となく見覚えある風景の気がする。

私が目を覚ます。

辺りを見回して、コインに首を捻って。
この世界の人とは言葉が通じない現実を知って途方にくれて。
はは、こんな悲しい表情してたんだ私。
平気なつもりだったんだけど、……この世の終わりみたいな顔しなくても大丈夫なのに。

道を歩く。人に物を尋ねようとして途方にくれる。
そんな事を数度繰り返した後に私は移動――……するはず、だった。

あの男の人、誰だろう。黒い布なんかかぶって怪しい雰囲気。
私の持ってるコインに反応してる？

え、まって。まって。私あんな人知らない。会った事ない。話したこともない。
私は怯えるように後ずさって、男の人から逃げていく。村みたいなところから背を向けて走っていく。
空は段々と夕焼け色に染まっていく。



――そっか。違う、これは先日の出来事なんかじゃない。
もっと前の出来事。ちゃんと見れば、この前よりもっと不安そうで、泣きそうで、私が今見ている私は必死そのものだ。
必死になって、異世界の住人から逃げていく、この姿は、本当にこの世界に最初に訪れたときの私の姿？
私が無くしてしまった記憶を、仮面さんの目線で見せて、くれてるって解釈すれば、すごく納得がいく。



私が走ってる。
ああもう、ややこしい。当時の私が走ってる。
夕焼けに染まりつつある世界で、でも男の人の体力や脚力に勝てるわけもなくて、やがて腕を掴まれて。

持っているコインを、奪われそうになって。

悲鳴を――……上げた。
そして、私の身体は光に包まれる。

男の腕を振り払って――、そして、光の中から出てきた私は、握り締めていた刃で、……男を、突き刺した。
悲鳴をあげる男の人を、今度は、こちらから掴んで。
何度も、何度も、何度も、振り下ろす。痛みを訴えていた男の人が、命乞いらしきものをして、やがて声ですらなくなって、……動かなくなって。
血まみれの中で、無表情に死体を見下ろす、化け物イカと戦ったときと同じ恰好をした私。
赤い頭巾を被って、手元まで隠れる長い袖で、……ちょっと大胆すぎるぐらいに足を出して、高いヒールを履いている私。



違う。
こんなの私じゃない。
こんな、……こんな人殺しなんて私に出来ない。
出来るわけない。

だって、こんな、酷すぎる。
殺した上に、その死体が持っている荷物まで漁りだして。
何かの石とか、武器になりそうな包丁とか、貴金属とか、兎に角使えそうなもの全部盗っていくなんて、なんでそんな惨いこと……！

見たくない。こんなの見たくないのに、目が閉じられない。
ううん、瞳、なんてものが存在しないみたいに。
悲鳴をあげたいのに、声すら出ない。口がないみたいに。

私のそんな気持ちなんて気にもせず。お話は、映像は、記憶はどんどん進んでいく。



赤い頭巾を被った私は、男の荷物の奥底から何かを見つける。
それは、赤い花。綺麗な、魅惑的な赤い花。
赤い頭巾の私は、それを何に使うか知っているみたいに。空に掲げて、――そして、現れたのは一枚の仮面。
私の知っている仮面。片目から涙を零すデザインの金色の縁で飾られた仮面。
その仮面に花を差し出し、花はその仮面に飲み込まれるように消えて。

私は、消えた花のかわりに仮面を手に取れば、それを顔に。

その恰好のままで、その先にいた、ある男の人へと目線を向けた。

私は、彼を、知っている。
――同じ場所、あの大きな虫のような建物に、一緒に住んでる人。私の仲間。私達のリーダー。
夕焼け色に染まった世界の中で、人を殺した私ばかりと、グリゴリさんは、……出会ったんだ。



そこから先は、更に目を覆いたくなる歴史の始まり。
あの虫のような建物はマァムブという巨大なエンブリオで。
私達はそのマァムブを動かす為に、カダイエっていう黄金郷を見つける為に一揆――反乱が起きている場へと潜り込む。
エンブリオには、ネクター……赤い花が必要で、マァムブはおおきいからたくさんの食事が必要で。
反乱が起こっているような世界では、生活も困難で。

私達は奪い続けた。
ネクターを、金品を、使えそうな荷物を、根こそぎ。
国の王の暴挙を止める為に立ち上がった人たちを襲って、斬り捨てて。

まだ私とそう変わらない年の長い金髪の子が悲痛に泣き叫ぶ声や、
仲間を守る為に、卑劣な行為を許さないと睨みつける男の人のその怒りや、
そんなものを聞いているのに、私達は止まらなかった。奪い続けて、皆を泣かせ続けた。

そして、私は。

人を一人殺している事も、強盗、暴漢紛いの行動を繰り返している事も、変身して赤い頭巾を被って仮面を被っている時の事は何も覚えてなくて。
だから呑気に、ファンタジーな世界を楽しみ続けた。
出会った人と手振り身振りで話したりして、言葉が通じないなりにも、私が人殺しだって、強盗だって知らない人たちと触れ合って。

その罰も、また、受けた。

見知らぬ街の、見知らぬ場所。見知らぬ、名前も知らない女の子。
角の生えた、……可愛いな、なんて思ってしまう女の子。
その子に、私は、殺された。

私が、前に、あの夕焼けの空の下で男の人を殺したように。残酷に。
血まみれの身体は、床に伏せて――光のともらない虚空の瞳は空を見上げていて。
……そして、その後に私は消えた。跡形もなく。私はそこに存在しなかった、みたいに。

そして繰り返す。
同じ場所で私は目を覚ます。コインを握り締めている事に気付く。言葉が理解できないことに気付く。
泣きついて、飛び出して、自分の存在が不安になって、一人が寂しいからってやっぱり仲間のところに戻って、……なんて優しい人なんだろうって、また勘違いして。
お礼代わりにプリンなんか作っちゃって、部屋の中で、仮面……エンブリオ、あの夕焼けの空で、男から奪い取ったネクターで行われた、血塗れた契約のパートナーと再会して。

そして、私は、……闇の中に落ちた。





なんで私、もっと疑わなかったんだろう。自分のやっている行動を。そして、仲間の行動を。
賞金首として、人狩りとして襲われた事もある。忠告を受けたことだってある。
あやふやすぎる目的で戦いという場に出る事に、なんで責任感を感じなかったんだろう。ちょっと英雄気取りに振る舞ったりして、調子にのって。
都合のいい理由を自分の中で作り上げて、オウ君の一揆の説明に勝手に納得して。

記憶がないから罪がないなんて、そんな風に私は思えない。
疑う事、見る事、考える事。……いつかそう私に教えてくれた彼の言葉通りにしていれば、もう少し、もう少しだけ被害は防げたかもしれない。
少なくても自分が何とか変身しない術を考える事ぐらいは出来たはずだし、皆を説得する機会だって、設ける事ぐらいは出来たはず。
オウ君を通じれば、言葉は通じなくても対話をする事だって出来た。

それに。
カミユ君は、……暑い日の夜の花火を二人で見たあの時も。
私が子供みたいに泣きついて、…ひどくカミユ君を困らせた時にも。
ずっとずっと、私を気にかけてくれてたのに。
私が、記憶がない事もわかってて、それなのに放置してた他の人と違って、……ちゃんと、マァムブにいないほうがいいって、言ってくれてたのに。

泣きたいのに、叫びたいのに、自分で自分を叩いてやりたいのに、そのどれも今の私には出来ない。



――結局私が　何　なのか、その問題はちっともわからなかった。
突きつけられたのは、私が人を殺めた、人を傷つけたという現実だけで。

エンブリオ――あの仮面は嘘つきだって、そう思いかけて。

でも響く声に、言葉に遮られる。

”嘘は　ついていない。
　これが　貴方の　真実。　真実の　姿”

こんなの、何の説明にもなってないよ。

”貴方の真実は　貴方の性質は　貴方は　人を殺す為　人を傷つける為にある”

そんな酷いことしたいわけない！！

”意思ではない　貴方の　存在理由”
”貴方は　そういう　モノ”
”私は　貴方の　エンブリオ　貴方の　パートナー”
”貴方を　正しましょう”

説明に、なってない！！

”消えなさい”

え…？

”貴方の　歪みは　貴方が　存在すること”

まって……なに、言ってるの？

”消えなさい”

ちょっとまって。

”――貴方は　本来　あってはならない　モノ”

まって、って言ってるでしょ！！

”さようなら　異物よ”

私の話、聞いてよ！！！

”私の　主の体から　立ち去りなさい”





何かが、乱暴に引きちぎられた。
闇が深くなる。闇すら見えなくなっていく。

ああ、うん、そっか、ようやく気付いた。
私が泣けなかったのも、目を閉じれなかったのも、自分で自分を殴れなかったのも、全部。
……私が、私の身体から切り離された、せいだって。

結局、何の説明にもなってないよこんなの。全然納得がいかない。……私が存在しちゃいけないみたいに言われて、納得する人っていると思う？
ううん、わかる。何となくもうわかってる。私は人間なんかじゃない。それぐらいはわかってる。
……でも、私が　何　なのかぐらいは教えてくれるのが優しさじゃないかな？

でももう誰にも私の声は届かない。
仮面――あのエンブリオの言葉すら聞こえない。

何もわからないまま……、私は消えるんだって、そんな事だけは理解できるから。……泣けない場合は、じゃあ、こういうときってどうすればいいんだろう。
抗う？　何の力もないのに？
助けを呼ぶ？　……声を出す喉も口もないのに？

沢山の人を傷つけて、懇願の声を無視して、奪い続けてきた私が？

でも。
罪を償いたいから、なんてそんな立派な事は言えない。
正真正銘、こんなのただの命乞いだけど。みっともなくって自分でも呆れるぐらいだけど。

たった一言、お願い、誰かに――届いて。

その日の夜もふけ。真夜中も過ぎ。

鳥が鳴き、貴方が夢から覚めるとき。
東からの日の出が、明るい空を更に暁の色に染め上げる。
水平線の彼方に見える、朝もやの中。帆かけ船の、集まる頃。

ふと目を離した隙に、貴方の元に、何かが、あるはずだ。

それは、庭で見つけた花だったり。
白雪姫なんていう幼い少女が好むような絵本であったり。
色紙で折られた折鶴であったり。
ほかほかのパンケーキや、手編みのセーターであったり。
食べかけのパンであったり、昆布の切れ端だったり。
桃色のリップクリームや、……他にも、色々。

貴方が、上月樹里という少女に渡した物が、貴方の傍に帰ってきているはずだ。
その当時のままの姿で貴方の傍に戻ってきている事だろう。
上月樹里と接した、何かを渡したという事実を、あの時間を、認めないかのように。拒絶するかのように。

また、物を上月樹里に渡した事がない人であっても。
夢の中、何か能力、ただの偶然、空耳……それとも奇跡。

消えゆく意識のみの存在となった少女の、声が、……聞えたかも、しれない。

少女の心はもう彼女の身体にはなく、朝日が昇ればそこにあったのは動かず感情も持たないただの人型。
仲間を想う心もなく、ただただそこにあり続け、戦いの場となれば、それが定められた宿命のように動き出し、機械的に、無慈悲に、……迷いなき刃は、敵に、或いは本来は同志であるべき人々に、振り下ろされるだろう。





引用、参考：鳥啼歌（いろは歌）

樹里ちゃんは見た目通りの年齢だろうし、そういうこと気にするよねーと思いながら

とかけだしていく樹里ちゃんに手を振って見送る

走り去る姿に一瞬遅れて追いかけようとするが体力の差すぐに息を切らす。
右手には先ほど溢れおてたと思われるPsが握られている。

すでに姿は見えないが……可能な限り大きく手を振り見送る。
……長い付き合いは出来なかったが……ひょっとしたらこのPsがまた巡り合わせくれる事を信じて。少女も人波へと消えてゆく。

　互いに住まう世界の差は大きく、その倫理や思考もまた隔たる壁があるのだと知る。
　少なくともわかる事は『彼女の元いた世界には、魔術の類がほぼ存在しない』であろう事実。

　軽く手を振りながら、彼女の背を見送る。
　その姿が見えなくなった頃に。首元の口がニヤリと笑うように開かれた。

　資料の読解を行うため、自身らの拠点へと一度戻っていく……

姿が見えなくなるまで小さく手を振っている。

最後に見せた少女の顔…。

そう思いつつ、彼女も去っていった少女とは反対の方向へ歩いていった。

手のひらを拳でポンと叩き

やっと通じた、と喜んでいると相手の様子がおかしい事に気付く

と言いかけた所で
すごい慌ててるように見える…
何が有ったのか…周りには特に何もなかったが…
と思ったら、走り出した…！？

相手に聞こえたかどうか…精一杯に叫んでみたが…
縁が有ればまた話を聞いてみたいものだ

びくん、と。

その言葉に反応するように、ナイフを持つ少女の力無い腕が動き出す。

何か不思議な力、見えない腕のようなものに押されているようだ。
少女の意思とは関係なく、その刃は魔女の身体に突き立ち、ぷつ、と薄皮の切れる小さな感触とともに体内へと吸い込まれていく。

魔女が興奮したような、熱い吐息を上げる。
刃は鋸のように、ごりごりと前後に動きながら、肉を掻き分けてゆく。
ぬるりと、腹をえぐり抜ける「よくない」感触。
ところどころ、肉に阻まれた刃の抵抗が急に軽くなる瞬間。
内臓のどこかの器官が、ぶちぶちと千切れていく事を知らせる感覚。
見せられていく、生身の人間解体のさま。
それを行使させる、不可解な狂人の精神。

首にかけられていた鎌が、ふわりと少女の腹部へと添えられる。

踵を返した少女に、少し寂しそうな声音で。

そう言って、少女を見送った。