交際していた女性の眼球を抉り出した重傷害の罪により、刑務所へと収監されたひとりの男がいた。
男は規律をよく守り、仕事も真面目にこなした。画家であったので、看守らが望めば彼らの肖像を描いてやり、快く差し出したりもしていた。そんな彼を看守らは“マエストロ”と呼んだ。いつからかその呼び名は囚人たちにも広まった。
模範囚であったはずのその男が、ただ一度だけ懲罰房へと送られたことがあった。それは、新たにやってきた囚人――彼は“ピットブル”で通っていた――が、男を敵視しだしたことに始まった。“ピットブル”は、その呼び名に違わない、まるで闘犬のような男であった。堂々たる体躯に、鍛え抜かれた筋肉。彼はその体をもって物を壊し、盗みを働き、女を犯して、人を殺していた。囚人らの誰もが彼を恐れた。ただひとり、“マエストロ”を除いては。このおとなしい顔をした痩せぎすの男の、自分に一切の恐れを抱かない平然とした態度が、“ピットブル”にとって面白いはずがなかった。

漠然とした肯定のあと、釘を刺す意味か、それともただの気紛れか。
付け加えるように呟きつつ、その間も手が休まる事は無い。