――廃れた教会。
東方戦役の爪痕が残るボロボロの聖堂、そこで祈りを捧げるように跪く男がいた。
ヤサカは叫ぶ。

「師範！！」
「やはりお前が来たか、ヤサカ」

男は背を向けたまま立ち上がる。

「師範、私と共に帰りましょう！奥さんの不義を証明すれば、」
「そうじゃないだろう、ヤサカ！
お前の任務は、俺の抹殺のはずだ！それに……」

ヤサカの言葉を遮るように男は声を荒げる。
男は振り向いた。

「師範ッ、それは……」

男の左手にはかつての輝きが失われた禍々しい呪痕があった。

「烙印だ。俺が憤怒に囁かれて罪を犯したとき、俺の魂は歪んでしまった」
「それでも、私がなんとかして」
「なにより！」

またしても男がヤサカの言葉を遮る。そして優しい声で続けた。

「俺は妻の名誉を傷付けたくないんだ」
「ッ！？」

ヤサカ息を飲んだ。そして、拳を握りしめ、
何かを振り払うように首を大きく横に振る。

「どこまでお人好しなんですか、貴方は！？裏切った相手にそんな！！」
「この手で殺めてしまったが、愛していた気持ちは本当だ。そして今でもまだ」

ヤサカは歯を食い縛り、言葉を絞り出す。

「貴方は、馬鹿だ……」
「あぁ、そうだな。馬鹿だ。あとは、わかるな？ヤサカ」

男は背中の革の鞘から右手で小銃を抜き取り、左手に盾を顕現させる。
それは二本の角が生えた紅く黒い竜の頭の模していた。

「俺の故郷じゃ、師を超えることを恩返しという。
お前もそろそろ一人前になるときだろう」

「……よくやった、ヤサカ」

男は満足そうに笑う。

「師範……」
「最後の一発だ、良く狙えよ」

ヤサカの手が震える。

「できません」
「いいや、やるんだ」
「できません！」
「殺れッ！」

男は吼える。そして、言葉を続ける。

「もう長くは持たない。憤怒との契りを結んでしまった俺は、
このままではアラヤに帰ることすらできない罪人に成り果ててしまう。
頼む、せめてお前の手で、弟子であるお前の手で、俺をあいつのところまで送り届けてくれ」

男の左腕の紅黒い呪痕は出会ったときよりも広がっていた。

「……頼む」

男の頼みにヤサカは俯きながら返答を絞りだす。

「……わかり、ました」

返答を聞いて、男の表情は安らかになった。

「ありがとう、アルフレッド。
お前は俺を超える一流の聖騎士だ。
……あとは、頼んだぞ。」

男は右手から銃を放し、眼を瞑る。
あたりに金属の落ちる音が響く。その音にまぎれるように男はつぶやいた。

「今、逝くよ」

ヤサカは冷徹な眼を男の心臓に向ける。

「汝にアラヤの導きがあらんことを」

右手を握りなおし、人差し指を引鉄にかける。

「さようなら、師範」
「あぁ、達者でな」

廃れた聖堂に銃声が響き渡る。
男は崩れ落ち、仰向けに倒れると、一瞬苦しむような表情を見せたあと、
大きな吐息を一つ吐き出し、安らかな表情で息を引き取った。

「……ぁぁ」

ヤサカは銃を手放し、倒れる男の下へと歩み寄る。

「ぁぁ、ぁぁあああ！！」

そして、膝を着き流れ出る血に塗れながら、倒れた男に縋り付く様に泣いた。

ふと思い出される戦いの一場面。
男は言った。

「お前の勇気はその程度か！？」

と。

疑われるようなことをした自分にも、非はあるのだろうと思いつつ。

そうして、自分の希望を聞かれて。

チラリと目をやったのは、ヤサカが未だ手に持ったままの銃。

いつの間にかその笑みは、獰猛なそれへと変わっていて。
牙を剥くその顔は、さながら野の獣の如く。

ダメなら諦めるがな、と。最後に一言、そう付け加えた。

そんなつもりは無かったのに避けていたようだ。

***例のアレのあと

　
　よろしく、の声には、ああ、と声を返して。
　続く問いかけには、少しの間を取るように、視線を彼方へと背けた。
　

　

　

　
　何となく、新王に対しての憤りだけで一揆に参戦しているような風には見えない。――ただ、そういう印象を受けただけ、なのだがと、そう言い足した。

女性、を音にする際に声が濁ったのは、先日の件を気遣ってかもしれず。

少女の瞳が少しだけ、惑う。改めて説明する事何て、今まで一度もなかったから。
説明は苦手なよう。視線を宙に。言葉を選びながらゆっくりと、紡ぐ。