（例によって日記はEno.2122　有城冬花とリンクしています。）

包囲するように現れた野良エンブリオたちを、ゲオルグと通りすがりの一揆参加者と共に撃退する。
キリンとジャッカルは一目散に逃げていき、後には二匹の狼だけが残った。
戦意を確かめるように俺が歩み寄ると、一匹がもう一匹を守るように立ちはだかり、小さく唸った。

「――コルンヴォルフ。これで『契約』の条件は整った筈だ。力を貸して貰おう」

「……『契約』？」

疑問の色に満ちた声が、背後から投げかけられる。
振り返れば、冬花が首を傾げて瞳をこちらへ向けていた。彼女が説明を求める時の表情だ。

「メルンテーゼでは、力を示した後にネクターを用いることでエンブリオと契約することが出来る。そうして俺達は力を得ていくんだ」

そう言いながら、俺は懐から取り出した真紅の花を指で弄ってみせる。

「……もしかして、契約をしたことが無かったのか？」

思えば、彼女の契約していたエンブリオは、二体とも初めて見る姿だった。
この世界には、力を示さなくても契約が出来る『特例』があるらしい。街で聞いたそんな話を思い出す。
冬花の契約するルトゥや妖精のエンブリオは、その『特例』に当たるのだろうか。

「……契約。……してない」

「いやしたぞ。あの厳ついおっさんと戦った後に、お前にあれ寄越せって言ったじゃん俺」

冬花が首を振ったところで、傍らの小さな風精が突っ込みを入れるように彼女の額を軽く叩く。
視線はネクターへと移り、宙に視線を向けてから数秒。

「……、……おお」

思い当たったような声が、冬花の唇から零れた。
まあ、あのやりとりを契約と取るのは難しいか、と頭を掻きながら、ルトゥが呆れ声を落とす。
その様子を見て、俺は改めて契約の仕組みについて説明をすることにした。

「『契約』は、契約者の生命力とネクターの花びらという対価を以って行う。逆説、特別な儀式は要らず、それを与えるだけで成立するものなんだ」

だからこそ、同意も無しに力で制圧した上で無理やり契約する者もいれば、対話のみで契約をこなす者もいる。

「……そう。そういう形の『契約』もあるとは、知らなかった」
「同意は、必要では、無いの……？　嫌がっているように、見える。……怯えているだけ？」

本来であれば、契約は契約者にとってもエンブリオにとっても損は無いものである為に、『嫌がっているように見える』というのは初めてのことだった。
様子を伺うように狼へ歩み寄り、屈む冬花は酷く無防備で。
そんな彼女を守るように、鞄のポケットから姿を現した空色の妖精が、威嚇めいた視線を狼達に送る。

「……嫌がっているように、か。確かに、今まで出会ってきたエンブリオとは様子が違うみたいだな」

屈み込む冬花を、二匹のコルンヴォルフはじっと見つめるばかりで。
庇われている一匹が、心細そうに小さく鳴いたのを見て、俺も気が削がれてしまっていた。

「――この狼、もう一匹を庇っているのか」

「……離れたく、ないの？」

冬花の平淡な声に僅かに、柔らかさが混じる。
すると、言葉が通じたのか、コルンヴォルフは小さく鳴いてその身を己を庇うもう一匹へ寄せた。

「どうやら、単純に契約を拒んでいたわけじゃないみたいだな」

コルンヴォルフたちが恐れていたのは、互いに離れ離れになってしまうことだったのだろうか。
若干逡巡してしまう素振りを隠せず、そうして傍らの冬花へ問いかける。

「……なぁ、冬花。俺と、お前で、一匹ずつ。そうしたら、二匹一緒に連れていけないかな」

エンブリオは、一度の契約では一体までしか契約することが出来ない。
契約の際の生命力の消耗は一時的とはいえ大きく、またネクターも貴重なものである為に、一人で二匹を連れていくことは出来ないからだ。
更に言えば、エンブリオと契約して得られる力も個体によって大きく差がある。
二匹の幼い狼たちから感じられる力はあまり大きなものではなく、俺の提案はお世辞にも適当とは言い難かった。
――感傷、なのだろうか。
けれど。

「……私も、そうしたいと思っていた。彼らが、それで構わないのなら」

俺の提案に振り向いた冬花は、笑むように目を細めて息を零した。
足元の鞄から取り出した赤い花弁を、そっと手の平で転がす。もう一度だけ、俺の方を見て。

「一緒に、いさせてあげられると、思う。いつも……は難しいかもしれないけれど。
　先輩は、あなた達を引き離したいわけじゃない。……ただ、力を貸して欲しいだけ」

真紅の花をまだ差し出さないまま、言葉を解してくれたらしい狼達へと、言葉を重ねた。
言葉を受けて、狼はおずおずと己を庇っていた一匹の横に並び立つ。
その様子にもう一匹は驚きと不安を示したが、やがて観念したように唸り声を出すのをやめてしまった。

「決まりだな」

冬花が庇われた一匹に、俺が庇っていた一匹の前に、それぞれ立つ。

「互いに離れ難いと思っているのなら、それはきっと、失ってはいけないものだ」

そういうものは、失くしてしまった時に、きっと後悔する。
エンブリオの言葉も獣の生き方も自分には分からないが、その想いだけは、身に沁みて理解しているから。
心に浮かんだものを反芻する。噛み締めるように言葉を紡いで、血よりも紅いそれをそっとコルンヴォルフへ差し出した。

「――俺たちと、一緒に行こう」

そうして、俺の言葉に続けて――

「ありがとう」

いつもの抑揚で紡ぎながら、冬花もまた、契りの花を捧げる。

「……大丈夫。わかるから」

そうして、契約は無事に果たされた。
これからより熾烈を極めていくであろう戦いに、幼い彼らを連れていくことは、ともすれば酷な行為だったのかもしれない。
それでも、平原にいる限り王の手から逃れられるとは言い切れないのだ。
彼らが望まれぬ形で引き離され、辛い戦いを強いられるよりは、俺は――。



思い返す。
あの日の自分は、ただ別れを告げることしか出来なかったけれど。
共にいることで、守れたものや、救えたものが、もっと沢山あったのかもしれない。
今が不幸せだとは言わないし、思わない。けれど、あの時に違う選択が出来ていたらと。
きっとそこには、もっと多くの笑顔があった筈だと、もっと多くの幸せな日常があった筈だと。
そんな気がして、ならなかったんだ。

こうかてきめん、と。心なし、瞳をきらきらとさせて。

※展開の変化により容姿が変わっていたりします。

背後の男を視る分には、特に問題は無いだろう。
不自然なまでに”人間らしい形”をしている事を除けば、何もおかしい所は見当たらない筈だ。

男は歩いてその場を去ろうとする。

特に意味の無い爆発が銅鑼を襲う。

そう尋ねた案山子の文章の末尾には、顔文字が添えられなかった。


***例のアレ後

（そっと手を握り指を絡ませつつぎゅっと握る

いきなり、背後から子供が話しかけてきた。
その顔に見覚えがあるかは分からないが、とにかく何故かマコトの事は芸人として扱っているらしい。

近くには、あの黒い鎧は居ないようだ。

──ルトゥ、と傍らの風精に。
呼ばれた少年は心得たとばかりに透羽根で空を叩く。
呼応するように集う風が、神獣達を挑発するように逆巻いた。

目を、見開く。随分と見知った顔が、そこにはあった。

みしりと。右腕が、その手に持った鎌の柄が。
再開を喜ぶかのように、哭いた。

そうして傍らのコルンヴォルフもまた、少年の横へ並び立つ。

*銃を構える*

傍らの仔狼の背を撫でてから立ち上がり、よろしく、と小さく頭を下げて。

彼の元に集まる幾つかの視線や切先に、ことりと首を傾げた。

戦えるチャンスだからって、と呟きつつ苦笑交じりに溜息。

にこりとヤサカに対して笑い、『逢魔ヶ刻の魔眼』を空間の裂け目からひきずり出した――

　その場に並んだ、自分以外の七人を見やる。ふむと軽く声を落とした。
　

　

　言いながら、得物――棍で軽く一度、肩を叩いて。
　

　まるで何の説明も無く、それを構えた。

口元に笑みを浮かべたまま会釈。そして魔異と冬花を見。微かに笑みを深くする。
そして

名指しでとてもいい笑顔を浮かべた。