『――何、する気っ』
『……皆さんとの、エンブリオの契約を、全て、解除します』
『やだ！なんで、なんで！』
『……すみません。けれどもう、決めたんです』
『そんなこと、望んでないのに！』
『　　　　　　――！』

あかい、あかい、燃えていく、火の手が回る森で。
そう告げた娘に、幼い姿の少女が縋りつく。
周りにはほかにも幾つかの影が見える。その中には一角獣の姿も。

ああ、これは森の記憶。
全ての契約を、繋がりを解く、その時の。
その瞬間さえ、娘は変わらず微笑んだような顔で。

最後に声を張り上げた少女と同じ。見間違える筈の無い、みどりの、瞳。
過ごしたあの森と、同じ、色。

*

走る温泉から逃げてきた青年の力は強く、戦いはあっけなく終わった。
最後、温泉が倒れた後に見つめた視線の先は――ドライアド。

「……」

倒れ伏した彼女に、そっと近づく。
傍へ膝をつき、前髪を分ける。伏せられた瞳の色を、自分は知っている。

「…………」

懐かしい気配。何と声をかければいいのか、分からず、手が震える。
一方的に解いた繋がり。大事な家族。
名を呼ぼうとする声が、上手く出て来ない。
一角獣とやルアルとあった時ともまた違う。だって、彼女は。

「……なにも、いってくれないの？」

迷っている間に、先に声を発したのはドライアド。
ぱちり、開いたみどりの瞳は、娘を真っ直ぐに見つめる。
息が、詰まる。

「……すみません、でした」

「うん」

起き上るドライアド。幼い少女の姿をしたそれは
座り直し、じい、と黄昏を見つめる。拗ねると言うより怒っていると言う色を含んだその瞳に
苦笑を浮かべる以外出来ない。もう一度すみません、と告げる。

「他に、ゆうことは？」

視線は逸らさない。それから少しだけ、言い淀む。
もう一度、言っていいのか。願っていいのか。
失った、否、自ら手放したことへ、もう一度。
それでも、私は。……私は。

くい、と服の裾を引っ張られる。視線をやればルアル――シツジが引っ張っている。
あかい瞳と、視線が合う。……大丈夫、一歩を踏み出せた。
森だけじゃない、私は外を知っている。伸ばされる手の優しさも知っている。
ドライアドの手を恐る恐る取って。真っ直ぐに見つめ返す。

「……もう一度、私と契約して下さいませんか。『ハルニレ』」

呼ぶ、名。ハルニレの木の幼い精。エンブリオの力を借りて過ごす事が当たり前の中。
エンブリオ。否、それ以上の存在だった、森で過ごした、私の大事な、家族。
呼ばれた自分だけの名前に、みどりに浮かんだのは涙。

「……っ！淋しかった！勝手に解除して！ハル達の言葉聞かないで！」

「すみません。あれが、最良だと思いました。……失いたく、ありませんでしたから」

「契約者と！ハル達と！どっちかが欠けても意味は無いんだから
きちんと相談してくれれば！よかったの！そんなひまなかったけど！」

己の感覚を間違ったと思った事は無い。
だからあの時の判断を間違っているとは思っていない。
けれどそれを口に出して言う事はきっと、必要だったのかもしれない。

引き籠るだけでは無くて。
外に出て、外を知り、仲間を、友達を知って。
言葉を、思いを、きちんと交わすと言う事を、知ったから。
それは時として、必要なことなのだと。

今はひとしきり叩いた後、しがみついてくるドライアドをぎゅうと、抱きしめ返す。
懐かしい森の匂いと、知らない木々の匂いを、出会わせてくれた森の導きに感謝をして。
温もりを感じて、思いをはせる。きっと今の自分だから、もう一度と、言えたのだと。
それを教えてくれた友達にも彼女を、紹介したい。……自分の大事な、家族を。

道案内の一端を担った身としては、きちんと辿りつけ、会えたことにほ、っとしたように笑う。

フードの中から肩越しに、腰の影からこっそりと、
足に寄り添うように、それぞれのエンブリオが、あなたをじーっと見つめている。

小さく、何処か照れ臭そうに、呼んで。続く言葉に改めて礼を返しながら、彼女の言葉に顔を上げる。

どうしてそう呼ばれていたのか分からない、そう言って僅かに視線を落とした彼女に向かって、笑いかける。

誰かがそれを見て、呼んだのかもしれませんね、と笑む。

幾度か頷いて、照れたように笑った。

手のひらにしっとりともちもちした感触。エンブリオのカエルが戻ってくる。

馴染むようなそうでないような。

カエルと女性を見比べる、にへ、と笑顔を浮かべて。

そしてこのエンブリオとは。増えた姿は亀に猫に狼。

どれも知っている動物に似ているのに、『契約』すると干渉してくるのが動物にはない特性。

敵を見て何と表現すればいいのだろうと、首を傾げている。

戦えるチャンスだからって、と呟きつつ苦笑交じりに溜息。

にこりとヤサカに対して笑い、『逢魔ヶ刻の魔眼』を空間の裂け目からひきずり出した――

　その場に並んだ、自分以外の七人を見やる。ふむと軽く声を落とした。
　

　

　言いながら、得物――棍で軽く一度、肩を叩いて。
　

　まるで何の説明も無く、それを構えた。

口元に笑みを浮かべたまま会釈。そして魔異と冬花を見。微かに笑みを深くする。
そして

名指しでとてもいい笑顔を浮かべた。

目を、見開く。随分と見知った顔が、そこにはあった。

みしりと。右腕が、その手に持った鎌の柄が。
再開を喜ぶかのように、哭いた。

そうして傍らのコルンヴォルフもまた、少年の横へ並び立つ。

*銃を構える*

傍らの仔狼の背を撫でてから立ち上がり、よろしく、と小さく頭を下げて。

彼の元に集まる幾つかの視線や切先に、ことりと首を傾げた。