「やぁいらっしゃい。何も無いところだが、ゆっくりしていきなさい」

くたびれた笑顔でX-13迎えたのは、少年の父親。
少年の父親はX-13に拭くものを渡す。
そしてX-13が体を拭き終わるのを確認すると、リビングまで案内した。


「私はギルバート・ロレンツ。この街の駐屯兵の兵士長をやっている。こちらは私の息子、ジョナサン・ロレンツだ。
　妻に先立たれてしまってね、普段は叔母が息子の世話をしてくれている。息子のいる街に配属されたのは幸運だったよ。
　君の名前を聞かせてくれるかな？」

「………サイネルだ」

見ず知らずのX-13に、ギルバートは随分と親切に対応する。
何故自分にそこまでするのかなんて、今のX-13にとってはどうでもよかった。


X-13はジョナサンの自室に案内される。
まず目を引いたのが、怪傑Xの格好ににた服が飾られている事だった。
無駄に完成度の高い絵まで飾ってあって、恥ずかしい気分になるX-13。
それでも固まりきった表情筋は動かないのだが。

「……確か…怪傑Xだったか。知ってるぞ。
　お前、なんでこんなヤツの真似をしようとする？」

「怪傑Xは悪者をやっつける正義の味方だから、僕もね、あんな風になりたいんだ。
　この前だってネクターを独占していた人をやっつけたんだよ？」

「……お前は、人が死ぬ所を実際に見たことがあるのか？」

「…？悪者を殺して何が悪いの？その人のせいでもっと色んな人が苦しむんだよ？
　怪傑Xはそんな悪者から僕達を守ってくれているんだ！」

「……違うんだよ、アイツは――」

"怪傑X"はそんな事の為に戦っていたのではない。
ただ殺戮の為に…人を殺す為に存在しているようなモノなのだから。

「――ただの人殺しさ」



日が暮れても尚、雨は止まなかった。
ジョナサンはX-13とギルバートに泊まっていくよう提案し、ギルバートは承諾した。


それから何日も雨は止まなかった。
エンブリオの枯渇が間接的な原因だと聞くが、詳しい因果関係はよくわからない。
ギルバートが兵士として働いている時、ジョナサンの面倒はX-13が見ていた。

そうして過ぎ行く日々の中で、X-13はロレンツ親子への理解を深めていった。

どうやら親子仲は良くないらしい。
ジョナサンは上に逆らえないギルバートを毛嫌いしている。
そんなギルバートは息子に嫌われている事を気にして齷齪しているようだ。

X-13は、ギルバートが自分を招いた訳を理解した。
ギルバートは…X-13を親代わりにするつもりなのだ。自分が父親をやれないから、それをX-13に押し付けて。
少し前に、ギルバートは反乱軍の対処に駆り出された。
家を出るギルバートの背中をジョナサンが寂しそうに見つめているのが、印象的だった。

それから数日後のこと。
外の騒がしさを感じ取り、X-13は窓を覗く。

街のど真ん中を、馬が走る
ボロボロになったギルバートが縛られ、馬に引かれた小さ目の断頭台に乗せられている。

「見せしめのつもりか…下種が」

不意に、扉が乱暴に開く音が響く。

「ッ！しまった…！」

まだ追い付ける筈だ。
X-13は開きっぱなしの玄関をくぐり、家から飛び出した少年を追いかける。


「よく聞けお前ら！自慢の兵士サマザマは、俺達が皆殺しにしてやった！！
　見ろよ！リーダーなんてこのザマだ！！」

「父さんを返せー！」

怪傑Xの面を被り、反乱軍の一人に向かってナイフを突き立てるジョナサン。
しかしその手は容易く止められ、腹部を狙って蹴り飛ばされた。

「ガキが粋がってんじゃね……！？」

X-13が後頭部を殴ると反乱軍の男は沈黙し、倒れ伏した。

「やってくれるじゃねーか…オッサン」

反乱軍が複数、X-13の周囲に集まってくる。

「生憎、俺は25だ。身なりも目ん玉も腐ってんな、テメェ」

「……野郎ッ！」

兵士からネクターを奪ったのだろうか。反乱軍の繰るエンブリオは随分育っている。
エンブリオの恩恵を得られないX-13は、次第に追い詰められていった。
ギルバートのいる断頭台は遠くなり、反乱軍の男が一人、剣を構えてそこにいる。


「頼む……殺さないでくれ。私には息子がいるんだ…！」

「……ざけんなよ！」

男はギルバートの顎に蹴りを入れる。

「テメェらの所為でなァ…！テメェらの所為で親父も！お袋もッ…！
　だからお前も同罪だ！腹ァ括って死んじまえ！！」

感情のままに剣を振り上げる反乱軍の男。


過去が、現実が、思想が、願いが、サイネルに下す命令はたった一つ。


”救え。”


明日が見えないのならば、自分の目で見ている今の景色を信じるしかない。

「――――届け」

何にも届くことのなかった手を…最後まで何も掴めなかったはずのその手を伸ばす。
もしもこの手が星に届いたのなら。
奪っては捨ててしまうこの手を、救う為に使えたのなら。

「――――届けえええええええええ！！！」


仮面を被り、偽り続けていた魂の叫び。己が願いの輝く刻。
突如、ネクターを濃くしたような色の長い布が自分の手から放たれた。
布は反乱軍の一人に巻きつき、その動きを封じた。

「……あァ？何だこいつは……アニマ！」

男はエンブリオに呼びかける。しかし何も怒らない。
布を引きながら立ち上がるX-13にも、何が起こっているのか分からない。

「……どうしたアニマ！ビーストファングだっつってんだろ！わかんねーのか！？」

封殺。 この赤い布は、それを成した。
エンブリオの力は遮断され、男に成す術はない。

X-13は巻きつけた布で男を引き寄せ、腹より少し上の胸部に拳を叩き込む。
男はその場に倒れ、X-13は布を回収して右腕に巻きつけた。

所詮はエンブリオ頼りのゴロツキ共。
赤い布を駆使すれば、全滅させるのにそう時間は掛からなかった。


「………ハァ…ハァ」

最後の一人を何度も殴りつける。赤と透明の液体が入り混じった液体が飛散する。
淡く光るその拳には、何かが湧いてくるような感覚を覚える。
殺しはしない。それはきっと…後々面倒だから。

いつの間にか、雨は止んでいた。


サイネルはギルバートをロレンツ宅まで運び、口を開いた。

「いいかガキ、よく聞け。Xはお前の親父なんざ助けねえ。
　むしろあのクズ共と同じ事をしてただろうよ」

「そんなもんに憧れんのはもうやめな。
　誰でも殺せる化け物より、誰かを護れる人間を目指せ」

「ギルバート、こいつはテメェの息子だろ。
　逃げんじゃねぇ。お前以外に、本当の意味でコイツの父親をやれるヤツはいねぇんだからよ」


これ以上話すべきことは無いし、長居も無用だ。
サイネルはこれ以上何も語らず、その場を去っていった。


　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　〜Eno.5 再会編に続く

〜過去編〜

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〜再会編〜

　ポポロはいつか出会った男とばったりと再会し、屈託無い笑みを浮かべる。

　嫌味にも聞こえるその言葉はしかし本心のようで、嘘を言っているようには見えない。
　伸びきった髭も、ボロボロの装束も、まるで気にしていないようだ。
　そして、部屋を貸して欲しいという言葉に一層笑みを深め、

　と、そこで何か思い出したように「あ」と呟き、

ひょっこり柱から少女が顔を出してくる。

残念ながら当然です。
という略語はさておき、未だに起こる原因が解っていない様子。

少年の身体に緊張が走る。
少なくとも、どんな世界であれ、こういった声の掛けられ方は尋常ではない。
それくらいはこの世界に来て間もない彼にも分かっていた。

振り返らず、そのまま背中を向けて答える。

青年の言葉を聞き入れつつも、相手の挙動を注意深く観察し――――

それによって相手の敵意がないことを悟り、ようやく完全に弓を下ろした。

己のとった行動に対し、少女は青年に向かって素直に頭を下げた。
どうやら自分がそそっかしいという自覚があるようだ。

息の荒い少女が、地にぺたりと腰をつけたまま、びくりと身体を震わせる。
そこには、相手の正体を勘ぐる余裕もなく。

許しを乞うように怯え、相手を見上げる。
その眼差しには何処か、期待の色も含まれていた。