（今回の日記もEno.2122　有城冬花とリンクしています。）

激しい戦いの果て。自らをブランチマンと名乗った男は、配下を引き連れて道を開けた。
目の前には、王城への道が見える。けれど今は、何よりも。

「……言いたいことも、伝えなきゃいけないことも、沢山あった筈なんだ」

ぽつり、と言葉が零れる。
ただ今は、目の前の少女が無事であること、それだけが、嬉しくて。

「でも、いざお前の顔を見たら、全部真っ白になって……」

糸が切れたように、緊張が解れる。

「……なんて言ったらいいか、分からなくなってしまった」

冬花の瞳が、じいとこちらを見ている。
いつものような無感の瞳ではなく、何かを求めるような、切なげな、視線。

「……先輩、私は……」

俺の言葉を黙って聴いていた彼女が、そこで漸く口を開いた。

「……ふれても、……良い？」

応える言葉は、決まっていた。
冬花の姿が、双眸の先にある。右眼にも、彼女の姿を映して。
――まだ、視える。この瞳に、彼女をうつしていられる。
今は、それが何よりも嬉しかった。

「……うん」

冬花の伸ばした手が、震えている。
理由はいくつも思いついた。彼女は恐らく初めて人と戦った。人に向けて、戦う為の力を使った。
俺の作った壁に、彼女は隔たれた。今この瞬間、彼女が俺を前と同じように信用することは、難しいのかもしれない。

俺の緩く曲がった人差し指を、彼女はそっと右手で掬い、引き寄せる。
それから全体を包むように持ち直して、左手を重ねた。
包帯越しに伝わる、ぬくもり。あたたかさ。

「……うん。あの頃よりも、ずっと、大きい……」

僅かに、握る手に力が込められたのを感じた。
まるで俺の存在を確かめるかのように。

「……ありがとう。
　此処に、いてくれて。……私を、覚えていてくれて」

笑みと涙に震えた声は、彼女が息を止めると同時に、穏やかになっていった。
きつく目と唇を閉じた冬花の姿に、俺はただ、黙って手を握り返していた。
少女の息遣いだけが、僅かに聞こえる。
──いつの間にか、冬花の手の震えは止まっていた。

「たがいに会いたいと思っていたら、あえるものだから」

思い返すようにそう言った俺に、彼女は涙を零しながら、ただ笑った。

「……正直、もう、会えないと思っていたから」

だからきっと、この再会は『ありがとう』を言われるようなものじゃない。
あの日に交わした『約束』を、ここで果たしただけだから。
震える冬花を、俺はもう『弱い』とは思わなかった。
何故なら俺自身が、ずっとそうして来ていたことに、改めて気付いたからだ。
人は、誰もが弱さを持っている。けれど、守りたいと願う誰かの為に、強くあろうとするのだと。
――そうして、俺は。

「……強く、なれたかな」

「うん。私が知っているあなたよりも、ずっと」

左手が俺の右眼へ伸びる。
そうして、冬花ははっきりと頷いた。

「……上手く、言えないけれど。前よりも、『一緒』に、いる」

意を決したような表情で、冬花はひとつ、深呼吸をする。

「先輩と離れてから、気付いた事が、たくさんあった。
　逆に見えなくなってしまった事も、たくさんあった。
　先輩とまた出会えて、ようやく認められたものがあった。
　より強く、揺るがなくなった思いも。……だから、」

「……これからも、」

──よろしくお願いします。
紡いた音は、いつもの彼女とは大違いのぎこちなさで。
まるで、言葉を覚えたばかりの子どものようだった。

「ああ――」

熱い何かが、頬を伝った感触がした。
今まで溜め込んできたもの、押さえ込んできたもの。強くある為に、捨ててきたもの。
堰を切ったように、それは溢れ出して。
冬花の伸ばした手が、軌跡に重なる。
紅ではない、『無色透明』な雫へと、その指先が触れた。

「泣いてるのか、俺」

俺はきっと、俺が思っているほど強くはない。
人と同じように悩み、人と同じように苦しみ、そうやってここまで来た。
それでも、彼女に己の弱さを見せないようにと、涙だけはけして流さぬようにと、律し続けて。
この瞳から流れ落ちるのは、いつだって紅い鮮血ばかりだった。
けれど、今、人としての『涙』が、この右眼から滴り落ちている。

「そこまで言われたら、俺の話すことが無くなるじゃないか」

そうして俺は、力無げに微笑を浮かべる。
今まで俺は、ずっとお前を力の無い、ただ守るべきものだと思っていたのに。
けれど、今の冬花は違っていた。力も、意志も、そこにある。
……いいや。あるいはそれは、最初から持っていたもので、俺が目を背けていただけだったのかもしれない。
彼女はもう、『仲間』なんだ。強いところも、弱いところも、すべて受け止めて、一緒に歩んでいく存在なんだ。

「俺はお前と出会って、その時初めて、世界の美しさを知ったんだ。
　だから、お前がなんて言ったって、もう手を離したりするもんか。必ず一緒に、元の世界へ帰るんだ」

お前と一緒に、同じ景色を視ていたいから。
やり残してきたことたちを、一緒に終わらせなければいけないから。

そうして俺は、改めてこの言葉を紡ぐ。
閉じられてしまった物語を開き、新たな始まりに変える、その一言を。


「こちらこそ、よろしく」

https://dl.dropboxusercontent.com/u/69846349/ikki/d12diary.mp3

解せぬ。と言いたげに、ぽつり呟いて。

足は引っ張らない、といつもの淡い表情で、ぺこりと頭を下げた。

離れる為に下がろうとして、踵を地面に引っ掛けた。
そのまま後ろに傾ぐ身体を、少年が慌てて引き寄せる。

反射的にしがみついた腕。至近で交わる翡翠と冬青。
彼らにとっては何気ないやりとり。
けれどそれはともすれば、熱い抱擁を交わしているように見えたかもしれない。

カカシの視線の先にいたのは、魔異と見知らぬ少女がキスしている……
ように見える場面だった。

ちえりの女子特有の勘が動き出す！
女子特有の勘によってちえりはカーキアスの魔異への想い、
実はカーキアスが少女の心（ハート）を持っていたこと、ついでに自分の果たすべき役割に気づいた！

ちえりは女子特有の勘で確信する。『波乱の気配』を。
奇しくも双方が邂逅した平原には、女性の方から告白して生まれたカップルは
永遠に幸せになれるという『伝説の木』があった……！