地下牢に再度潜った時に瞳が――感覚が合ったエンブリオは、案の定戦いを終えると意気投合した。
一時的に力を借りるのも、よくある話。ついてきたガーゴイルは名を名乗らなかったけれど、それでいいと思った。
本当に必要な時にきっと、名を告げるだろうと。

地下牢で出会ったシツジのエンブリオ――ルアルと、先程出会ったガーゴイルと。
どれ程振りだろう。ネクターを手に取ったのは。
どれ程振りだろう。己のエンブリオと契約をしたのは。
懐かしいと思いをはせても、声は聞こえない。


あるのは、己の中の。



*


地下牢を抜け出る途中の襲撃によって他の面々とはぐれ、ルドと二人抜けた場所は森だった。
蔦が絡む、古びた扉を開けて貰えば胸に入りこむ新鮮な空気。
正直あの地下のうっそうとした空気と、あそこであった事を考えればそれだけで安心する。
まして木々の匂いだ。大丈夫かと問う様に視線を向けられたから、いつものように笑ってみせる。
それよりも心配なのは、青年の身だった。ずっと休む間なく動き、前衛に立ち、常に己を庇ってくれていたから。
問われたところで、自分はいつも後ろで守られてばかりなのだから、寧ろルドさんの方が、と告げれば苦笑と共に返される。

「俺は平気。元より身体は強い方だし、クローシェのおかげもあるし」

一人じゃないしな、と付け加えられた言葉には、正直嬉しさを隠せない。自分でも役に立てているのだと。
その後の言葉は――はたして彼のエンブリオに対してか、自分に対してかは、己の頭では分からないけれど。
どちらも自分にとっては嬉しい言葉だ。だから素直に受け取ることにした。
合流地点で在る水辺へ向かうには、元きた道へは戻れない、ならば森を抜けた方が早いだろう。
森は長年住んだ己の領域だから、水の気配のする方へは案内できるだろう。と、声をかける。
ルドからは己のエンブリオも分かるかもしれないと、外套のポケットへと。
ひょこりと顔を覗かせた土のエンブリオ――テラへ視線を向ければ己には確かに聞こえる、声。
『水と土は繋がってるのです。仲良しなのです』
自分には聞こえる声だけれど、やっぱりルドには聞こえないらしい。分割世界から来たからなのか、性質の問題なのか、
分からないけれど。仲がいいのはテラの頭を指先で突く、その様子で分かるから。エンブリオを大事にして貰えるのは、嬉しい。
案内を自分達がかって出て大丈夫かと、そういう話になった時に―――聞こえる『声』と『こえ』。
思わず声が、と呟けばルドも気づいたらしい。声の方向と、青年とを。往きますかと問う様に尋ねるけれど、
心はもう、決まっている。案内役をかって出たけれど、思考は既に、声へといっていて。
「ま、人狩りだったら逃げるとして。そうじゃなければ見逃す理由も無いだろ」
　
棍へ手を伸ばし、笑う相手へ確かに頷いてこちらも笑う。
聞こえる声が、何かに襲われているならば助けねばならないし――
それに、確かに聞こえた、もうひとつの『こえ』も気になって。
音の発信源へと向かうルドの後を、杖を握り直して着いて行く。

微かな懐かしい気配を、感じながら。

　気付いて目を向ける、その先に、黒衣の男が一人とそれを追う影を視認して。
　

ルドの言葉につられるように同じ方向を振り返り。

首を傾げつつ、それでも青年が本気で逃げていると分かれば杖を握り直す。

エンブリオが傍らにあるのが当たり前の世界、か。
魔法を日常としていた故郷と似たようなものかもしれない。ただ、それが形を成しているかどうかの違いがあるだけで。

彼女の傍に、エンブリオらしきものは今のところ見当たらない、けれど。

あちこちを飛び回っているから、話せるネタはあるけれども。さて、どこの話をしようか。
ここはやはり、――いちばん最初にいた、故郷？

火を使う時も、水が必要になる時も、使われるのは全て魔法。人と魔法が、どこまでもそばにあった世界、だと。

ルドの言葉に頷き、黒衣の青年にちらり、視線を向けて笑みを。
次いで言われるがままに視線を、向かい来る温泉達に戻し――笑みを、失う。

瞳には既に温泉の様な正体不明の存在も、それ以外のエンブリオも映っていなかった。
女がただ見つめるのは、木の精、ドライアドのみ。

もう青年の身は安心だろうと安堵の息をひとつ。
そして視線は先程から口に出していた存在へと向けられた。

水辺にふわりと浮かぶ、人影のような。
それが今は腕を組んで小さいながらも立ちはだかっていた。