シュガーは己が独りテーブルに座っていることに気がついた。部屋は古めかしい中国風で、窓からは深みのある青い光が差し込んでいる。シュガーは立ち上がり窓から外をみやる。どこかの宮城のようだった。しかし、一揆の舞台である王城ではない。瑠璃色の空の太陽はゆらゆら揺れて、日の光は弱く、宮城の何もかもが青みがかって見えた。

男の声がして振り返る。精悍な顔つきの若者が立っており、ニヤと笑うその顔つきは猟犬を思わせる。その怨霊は平教経の霊であった。退勢にあった平家の軍勢の中で１人気を吐き、数々の武功を立てた猛者である。

波の下の竜宮こそは平家の怨霊の本拠であった。教経の霊曰く、平家の頂点に位置する幼き帝がシュガーに会いたがっており、寝ているシュガーの夢の中でシュガーを竜宮まで連れてきたのだという。

教経の霊はシュガーを竜宮内を案内する。廊下も木々も全て青みがかった日に照らされており、シュガーは妙な気分になってしまう。

先導する教経の霊は振り返りもせず淡々とそう呟く。

シュガーの胸中に暗澹たるものが湧き上がる。平家の怨霊の頂点に位置する安徳帝が竜宮に己を呼んだのは不甲斐ない己を叱責するのためであろう。シュガーたちは練習試合に負けたのだ。相手の数はは自分達よりも少なく、相手の使用する技を２つも読み切って封印したにも関わらずだ。

自分たちに何が足りないというのか？　対人戦では敗北ばかりを重ねている。怨霊拳の使い手が、勝利によって怨霊を慰撫できないならば、場合によっては怨霊に取り殺されてしまうこともありうるというのに。

シュガーが連れて来られた一室には、幼い子どもがテーブルの椅子に座っており、給仕の女房がお茶をいれているところであった。そのお子様こそが平家の怨霊の頂点に位置する怨霊であり、年よりもはるかに大人びて、姿は威厳に満ち、辺りを照らし輝くよう。天之叢雲の剣の保持者、龍の因子をももつ大霊であり、怨霊業界を代表する怨霊の一柱である。

シュガーはテーブルの椅子に座るよう教経から促され、安徳帝と同じテーブルにつく。

シュガーは湯のみのお茶をすする。背後には教経の霊が控え、斜め前には帝王の身の回りの世話をする女房が控えている。お茶は上品な味わいであったが、暗澹たる気分のシュガーには苦味しか感じられなかった。

幼帝はぷんすかお怒りのご様子だった。練習試合で負け続け、闘技大会にも出場しないシュガーに対して、この幼い帝王はずいぶんとお冠の様子だった。そして、幼帝はどこかから聞いたのかメルンテーゼの一揆の動向やエンブリオシステムについても若干の知識を得たらしく、シュガーのランキングにからめて我が事のごとく悔しさを表した。

CLVとは「Contract Level」の略称で、参戦者が持つCPの合計であり、参戦者が契約しているエンブリオの力の指標ともなっていた。そして、一揆の初日から一揆に参加している参戦者はだいたい2000人程度である。ゆえに…

シ家以外ュガー達のパーティは森と山岳で2敗しており、城攻めの進行度にしろ、エンブリオの育成にしろ、一揆のトップ集団からは最早落伍した状態だった。幼帝はシュガーの目を見据えて問い糾す。

シュガーの胸中に暗澹たるものが湧き上がる。メルテーゼでの戦闘は互いのエンブリオを戦わす形態をとり、また、大規模な用兵には不可能な場所であった。よって、おそらく最初に王と戦うのは、より強いエンブリオと戦術を有する少数の抜きん出た者達であろう。一揆での攻城戦とは、この一握りの精鋭を選び出す過程なのではないかとさへ感じられるのだ。

そして、一度参戦者の力の差がついてしまえば、その差を詰めるのは容易ではない。シュガーには最早一揆のトップ集団にからむことは不可能なのではないかという疑念を拭えないのだった。

シュガーの表情からシュガーの内心を悟ったのか、あるいは夢の中のこと、シュガーの心の色を読み取ったのか、幼帝はため息をついた。射るような視線をシュガーへと注ぐ。シュガーは夢の中にもかかわらず冷や汗をかいていた。怨霊拳の使い手が怨霊たちに見切りをつけられた場合、シュガーは怨霊の声を聞く能力を失い、最悪怨霊たちに取り殺されてしまうこともある。

こんなところで己の旅が終わってしまうのか？　シュガーは不吉な予感に胃が締めつけられるようだった。

鋭い物言いに、シュガーは顔を上げる。幼帝は凛とした瞳をシュガーに向けていた。

姿こそ7歳のお子様ではあるが、その威厳は帝王のそれであり、大霊と呼ばれるにふさわしいものであった。そして、言葉によって霊感は鼓舞される。

シュガーの胸中のよどみが晴れ、炉に火が灯ったかのようであった。

ブランチマンは広庭で城内への入り口を守る王城の守護者である。

水音がする。シュガーの視界の明度が徐々に落ちていく。シュガーの心は理解できていた。この幼き帝王はシュガーを激励するために呼び出したのだということを。それが果たされたので、シュガーは夢から覚めようとしているようだった。

身が浮き上がる感覚がした。シュガーの意識が竜宮から完全に離れてしまう直前に、幼帝は何か楽しそうに呟いていた。少々不吉なことだったような気がしたが、シュガーの耳にははっきりと聞こえなかったのか、その言葉はシュガーの記憶に残らなかった。代わりに、はるか彼方の冥府から、今日も今日とて声が届く。

水面に向かって浮かび上がるような感覚を味わいつつ、シュガーは己が目指すべきゴールのイメージを明確に感じていた。

　あの威厳ある幼帝と共に、いつか王と相まみえたい。　

そこに至るためには、何がなんでも勝ち続けなければならない。ゴールに至るまでの険しい道のりを思って、シュガーは腕を抱えて独り震える、笑みを浮かべていた。その笑みは晴れ晴れとしたさわやかなもので、ちょっとだけ泣き顔で、どことなく凄絶な笑みであった。

シュガーは怨霊と会話をしているようです

ハチェットのカバーを外す。硝子の青い目が揺れた。

シュガーは怨霊と会話をしています…