
夜の柔剣道場。
人の気配はなく、静けさだけがそこにあった。
それは日課だった。剣の道と騎士の道を照らし合わせ、その共通点を見出すための時間。
この学園に入学したのは、かつての師範に教えを請うためだった。
かつて剣の稽古の後に学んだ秘密の騎士の稽古。
だが、そこにかつての面影はなく。冷徹な教師として、その場所に居た。
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フタバ 「……」 |
たった一人で振るう騎士の型。甲冑と盾を持った理合いをなぞる。
あの道場が無くなったあとも、剣を握る理由が欲しくて、剣道を続けた。
手に持った愛刀が今までの人生の軸であり、立脚点だったから。
だが、剣道は目指したい道ではなく、目指すべき道は騎士の道だった。
何かを護るために、騎士になるのではない。
騎士になることが目的だった。
子供じみた夢。手段と目的の倒錯。剣道の冒涜。
否定的な考えはよく浮かんだ。
それでも、騎士になりたいという意志が砕けることはなかった。
騎士として剣を振るう理由が欲しかった。
理想の対戦相手が欲しかった。師範《マスター》が欲しかった。
そんな願望を胸に、ほんの思い付きで、屋上の神社に至っていた。
鍵が締まっていたら帰ろう。
そんな気持ちで屋上の扉に手をかけると、偶然鍵が締まっていなかった。
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フタバ 「『剣道三倍段《トリスメギストス》……』」 |
変身していた。
祈るために。願うために。
この願いは鎧を纏った自分が行うべきだと思ったから。
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フタバ 「騎士として、戦いたい……」 |
願ってしまった。
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フタバ 「タカ兄ィと、」 |
祈ってしまった。
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フタバ 「ビアンカの騎士と、」 |
ほんの出来心で。
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フタバ 「もう一度……」 |
その祈りの直後だった。
屋上の扉が開く音が聞こえた。
音のする方向を見る。
望遠鏡を持った転校生が居た。
「……まじかよ」
騎士となって敏感になった聴覚が、転校生の呟きを聴きとる。
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フタバ 「あっ……」 |
目が合った。気まずい。
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フタバ 「よ、よぉ、お前、天文部に入ったのかよ…… ってうちに天文部あったんだな。知らなかったぜ」 |
笑いながらその場を取り繕う。
一瞬、転校生の視線が、背後の神社に向けられた。
予感めいたものが背筋に走る。
そして、振り返るとそこには、人体模型がいた。
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フタバ 「……ぇ?」 |
人体模型は眼が合うと、一瞬硬直し、衝撃波でも発生しそうな初速で走り去る。
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フタバ 「え、うそーん。えぇ……?」 |
「あ!見た?見たな!あー、一緒に追いかけてくれ!」
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フタバ 「ぉ、おう、わかった!追いかければいいんだな!」 |
状況に飲み込めないままに、走り出した。
『亥の三つ時の疾走する人体模型』
笑い話になるような七不思議の一つがあったことを思い出す。
「壊すのは無しで!学校の備品だから!」
遥か後ろから、転校生の声が聞こえる。
その足はもう隣の区画の校舎に至っていた。
疾走する人体模型。風を切り裂くその疾走は人の身では到底追いつけるものではない。
しかし、『剣道三倍段《トリスメギストス》』の力を以てすれば、追いつけないわけではない。
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フタバ 「壊さねぇようにっ、と」 |
盾を構え、その勢いのまま走り抜け、人体模型を金網フェンスに押さえつける。
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フタバ 「で!こっからどうすんだよォ!?」 |
息を切らしながら走る転校生に疑問を投げかける。
「よし、それでいい。そのままちょっと粘って!」
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フタバ 「あぁ!?まじかよ!?」 |
逃れようともがく人体模型を押さえ続ける。
「よし、解析完了。『天体衝突《ミーティアインパクト》』!」
その声の後に、人体模型に人体模型と同じ形をした幻影が衝突する。
そして、人体模型はその動きを止めた。
「助かったよ。やっぱ一人でやるもんじゃないな、これ……」
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フタバ 「……っふぃー、なんだったんだ、こいつ!?」 |
「あー、いやー、うん、もう当事者だよな。
七不思議。天文部では魔が星って呼んでる。神社から異能を授かった学園の備品」
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フタバ 「神社から、授かった……物に、異能が?」 |
「あ、今日のことは秘密だぞ。学園内で神社が問題にならないように、いろいろもみ消してんだから」
騎士として力を振るう理由。
待ち望んでいた非日常がそこにあった。
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フタバ 「おう、もちろん秘密にするぜ。ただし、俺も、天文部に入れてくれ!」 |
「え、お前、剣道部は……」
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フタバ 「ああ、いいって。辞めようと思ってたし」 |
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フタバ 「俺、蛇乃目 双刃」 |
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フタバ 「こいつはフローラ」 |
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フタバ 「改めてよろしくな、部長さん」 |
それが、非日常との出会いだった。

[787 / 1000] ―― 《瓦礫の山》溢れる生命
[347 / 1000] ―― 《廃ビル》研がれる牙
[301 / 500] ―― 《森の学舎》より獰猛な戦型
[75 / 500] ―― 《白い岬》より精確な戦型
―― Cross+Roseに映し出される。
ザザッ――
画面の情報が揺らぎ消えたかと思うと突然チャットが開かれ、
時計台の前にいるドライバーさんが映し出された。
ドライバーさん
次元タクシーの運転手。
イメージされる「タクシー運転手」を合わせて整えたような容姿。初老くらいに見える。
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ドライバーさん 「・・・こんにちは皆さん。ハザマでの暮らしは充実していますか?」 |
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ドライバーさん 「私も今回の試合には大変愉しませていただいております。 こうして様子を見に来るくらいに・・・ですね。ありがとうございます。」 |
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ドライバーさん 「さて、皆さんに今後についてお伝えすることがございまして。 あとで驚かれてもと思い、参りました。」 |
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ドライバーさん 「まず、影響力の低い方々に向けて。 影響力が低い状態が続きますと、皆さんの形状に徐々に変化が現れます。」 |
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ドライバーさん 「ナレハテ――最初に皆さんが戦った相手ですね。 多くは最終的にはあのように、または別の形に変化する者もいるでしょう。」 |
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ドライバーさん 「そして試合に関しまして。 ある条件を満たすことで、決闘を避ける手段が一斉に失われます。避けている皆さんは、ご注意を。」 |
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ドライバーさん 「手短に、用件だけで申し訳ありませんが。皆さんに幸あらんことを――」 |
チャットが閉じられる――