※※ 注意 ※※
『コワイ話』です。胸の悪くなる描写があります。全体的にこのページの文章類は、あまり読まない方が良いです。
『DoRa・SiRa』
【日記等まとめ】http://dolch.bitter.jp/sira/ib/akui.html
百物語 5話『ねずみ』
『ねずみ』イバラシティサイド
こわい話?ええ、それは…そうだなあ。
ああ、ある、ある。ひとつだけある。わたしの一番怖かった話と言ったら、
やっぱり…小学校の時のあるお友達の話なんだけれど。
晴れた春の教室、放課後のことよ。
その時は…、どういう理由だったか、教室のうしろの棚のとこ?
あそこでハムスターが3匹飼われていて、生徒がかわりばんこでお世話をしていたんだ。
まあ、時代も古いから。今だったらそういうの、ないかな。
かわいい?…ああ、そう、ハムスターってかわいいかもしれないね。
うんうん。おぼえてる。まるいお尻ふって、一生懸命ケージの端から端までばたばた走ったり、
給食ののこりのチーズのかけらをさしだすと、手に抱えてくるくる回しながら食べたりね…かわいいかもしれない…。
…苦手なんだ、噛まれたことがあったから怖くて、手で持てないの。
学級会でつけた名前がみるくちゃん、はなちゃん、みっきーちゃん。
少しずつ特徴にちがいがあって、みんなはどの子がお気に入りか決めたりしてた。
私はその日のお世話当番だったの。お友達と2人でね。
給水器を取り外してゆすいだり、フンのしまつをしたり、餌を補充したり…
そのうちその子が言ったの。
「ねえ、ちょっと外に出して一緒に遊ぼうよ」
彼女はチョークを持ってきて、教室の床に線を引きだした。
そうして、ハムスターたちをぺたり、教室の床に下ろしたんだ。
「どの子が一番早いかな」
レースだよ。徒競走みたいな感じで、うしろからせっついたり
3匹の前でヒマワリの種をふって、ゴール線のあるとこまで誘導する。
ハムスターは思ったように走らなかったけど、私たちは目を見張ったわ。なんだか楽しかったから。
「みるくちゃんが1番だ!」
一番小さなジャンガリアンハムスター、みるくちゃん…
体が小さいとすばしっこいのか食い意地が張っているのか、結果はみるくちゃんが一番!
「待ってて」
彼女は、ハムスターたちと私を置いて、教室を出て行った。その時は、おトイレかなって思っていた。
少し間をおいて、彼女が「きて」って言った。
私、逃げ出さないようにハンカチでハムスターたちを集めて彼女のもとへ行ったの。
彼女は、手洗い用の水場に水をためていた。
のぞきこむと、10cmくらいの水が張っている。何だろう――と思う間も無く、彼女は、
私の手からハンカチ包みを奪ってハムスターたちを水の中に入れたの。
ハムスターたちが水に落ちる、その、小さな音を今も覚えてる。
私は悲鳴を上げて咄嗟に手を伸ばした、けれど彼女が私の手を掴んで止めた。
「大丈夫よ。野生のハムスターって泳げるのよ。ほお袋を浮き輪にしたりするんだって」
「おぼれてるよ!」
「この子たち、まだ泳いだことがないからよ。
水に慣れるまでじたばたして見えるだけだわ。すぐに泳ぎ出すわよ。さあ、こんどはどの子が一番早いかな」
私はなんだかすごく怖くって、竦みながらハムスターたちを見た。
…泳いでいるようにも見えたし、おぼれているようにも見えた。
私は…死んじゃうって思って…、だから、夢中で、栓を抜いたんだ。
耳元で大きな声で「だめ!」って聞こえた。
栓を抜いたら、近くにいたハムスターが…
思ってもみなかった。あっというまに、一番小さなみるくちゃんが、水と一緒に排水溝の奥へ流れて行ったの。
私は真っ青になって、思い切り排水溝の奥へ指を突っ込んだけれど、なににも触れなかった。
「ダメだって言ったのに」
彼女はいつのまにか、もう、濡れた二匹のハムスターを水から掬い上げていて、私を遠巻きに眺めていた。
「どうしよう」
もう…
足元が崖が崩れるみたいに感じたよ。
今思えば、噛まれてもハムスターを掴んで引き上げればよかったかもしれない。
彼女の言った通り、泳いでいただけだったかもしれない。頭が堂々巡りになって…
私はとんでもないことをしてしまったんだ、って。
生物を死なせてしまうことが最低な事だってことは、子供ながらにわかってた。
みんなのハムスターだから、仲間外れにされるかも。先生にも怒られる。親にも軽蔑される。
恐怖心いっぱいに震える私の背をたたいて、彼女が言ったの。
「どうしよったって。じゃあ助けてあげる。ハサミを一つ、ちょうだいな。」
私は何も考えられなくって、明日からの悪い想像をばかりして、
意識もせずにお道具箱からハサミを持ってきて、彼女の手に渡してた。
彼女は、教室の後ろ…ハムスターのケージまでてくてく歩いて行ってね、
はなちゃんをケージに戻して、もう一匹の…みっきーちゃんを
お人形をそうするみたいに、ぱちぱちと切り始めた。
こまぎれのそれを、手の中で一度くしゅくしゅともんで、最期に、
お味噌汁のなかにお豆腐いれるみたいに…やさしくケージの中に散らした。
「ハムスターって、ともぐいするんですって。
赤ん坊の時とか、人間のにおいが手につくとするって聞いたわ。
これだけばらばらなら、食べたら少し減るから。
そう考えたら、この子が二匹とも食べたってことに
…聞いてる?」
彼女の声は聞こえていたけど、私は、こまぎれのハムスターの、
きらめく黒い眼差しと目が合って、唇が震えるばかりだった。
それが私の一番怖い思い出。
今思うと、ひどいことだけど、水に流れたのは事故だったんだけど…彼女…
…あれ以来ハムスターはトラウマなんだ。かわいいとは、到底思えない。
思い出すのは、細切れになって飛び出した黒い目玉だけ。
飛び出したのに、キラキラとすんで、濁ることのなかったあの目だけ。
その友達?みんなも知っているんじゃない?理科室の、そう―――烏丸しぃら。
『ねずみ』アンジニティサイド
ならびよの月 11日 (曇天/温度10℃湿度52%)
ネズミの駆除業はこの季節は暇だ。ネズミらが越冬の準備期間で気が立っている繁忙期が終わって、
相談も落ち着き時間を持て余している。ちらほらと鼠害の相談はあるにしろ、
この季節は例年通り、繁忙期のたくわえでのろのろのとすごす日々が続いている。
11日はめずらしい客が来た。ネズミの相談に来たには違いないが、変わった相談だった。
がららん。手入れを怠った、音を濁らせた戸鐘が鳴る。
「はい。ネズミにお困りですか」
「ネズミのことならマコット街のオルターさんに聞けと、ええ、ご評判ですのよ」
「いやなに。
しかし丁度良かった、ネズミのご相談なら、今ならゆっくりお答え出来ますよ。
ネズミというのはなかなか面白い生き物です。
ひとえにネズミといいましても、ドブネズミからハカネズミ。実に様々な奴がおりますね。
好きな食べ物も、隠れ場所も全部違います。して、あなたはどんなネズミにお困りですか」
「これです。先日私のかまどの中で、暖をとっているのを見つけました」
時期外れの客は小さな箱を取り出す。長方形の編み籠の中で、煤色のネズミがガタガタと震えていた。
「汚れていますね、洗っても?」
私はその筋のプロフェッショナル。なれたものだ。手袋をしてネズミを洗って布切れでふいてやる。
手足の形。耳の形、歯の形。背や腹の毛の色、しっぽの毛。
「これは北の地方でよくみられるマルボというネズミに良く似ていますね。…でも少しだけ違うような
…ふむ。
個体差がありますから、恐らくマルボでしょうが、これがあなたの家に住み着いていたのですか?
ご旅行でもいかれましたか。その時に荷物に紛れ込んでいたとか…」
客は「そうかもしれません」と肯いて、実に意外なことを言い出した。
「それでオルターさん。
お願いというのは、このネズミを繁殖させる方法を教えて欲しいのです。
それも、できるだけはやく、なるだけ沢山増やしたいのです」
ならびよの月、15日。(小雨/温度6℃湿度100%)
私は仕事の暇に任せて、そのお客の家に行く約束をした。
私も孤独な身の上だ。きれいな女性だったから、感謝されれば、
その後すこしお茶でも出来るんじゃないかと、ささやかな期待がなかったとは言えない。
私は彼女家にある2mほどのある水槽を工作して、ネズミの住処を作ってやっていた。
「わらに煤。いい環境ですよ。一点。光はあたらない、薄暗いところにやった方がいいでしょうね
ネズミどもも、若すぎるという事も、年老いているという事もないですね。
これだけ元気に走り回っていれば、繁殖する体力がないという事はないでしょう。」
「見ただけでネズミの年齢も解るんですね」
彼女は笑った。
「しかしお嬢さん。どうしてネズミなんかを増やしたいんです」
「ふふふ、商売でもしようかと。なかなかかわいいと思いませんか、このネズミ。
どぶのネズミに比べると小さくて、顔立ちもなんだか上品だわ」
「なるほど。
そういうことなら、それはたくさんいるんでしょうね。
今は、ケージが広いので、それぞれが縄張りをおかさないように暮らしています。
これに更にしきりを作って、ぎゅうぎゅうにつめて、ストレスを高める。
エサも減らして、軽度の飢餓状態では子孫を残そうと躍起になります。
それに、猫の尿を少しだけまいてやりましょう」
てんせきの月。(小雨/温度19℃湿度29%)
はじめに『うわさ』を聞いてから、4週が過ぎ、6週が過ぎた。
私の住むマコットの街は平和そのもので、仕事もそこそこに周ってくる。
だが広大な森を挟んだ隣町のクロフスが大変なことになっているという話題で持ち切りだ。
先月よりクロフスは暗闇に包まれている。
いずこからと知れない流行り病が蔓延し、通行人が突然血を吐いてばたりと倒れる事がしばしば。
だれかが倒れても、駆け寄る者はいない。みんな走って逃げいていく。うつるのを恐れて、誰も死体にも近づけない。
街は腐敗臭にあふれ、人々は明かりを消し、略奪を恐れ閉じこもる。どうしてこんなことになったのかとみんなが嘆いている。
「オルターさんとはあなたですかな」
「はい。ネズミにお困りですか」
「私たちは使者です。クロフスを席巻している死の病についてはご存知ですね。
…私共は、その病の媒介者がネズミだというので、来たのです」
「ああ、ありそうな話ではあります。
ですが、あの街のネズミは先秋に私が取りつくしましたよ。
排水溝から路地裏から、家に入るようなネズミはみんな始末しました。
ネズミのせいでそんなに流行るなんてこと、ありません。」
「それが、いるから、きているんじゃないか。でたらめじゃない。
私たちはようよう、こいつを民家の竈で見つけたんです。どうか、このネズミの駆除の方法を教えて下さい」
密閉されたガラスの瓶の中に、一匹のネズミが死にかけて横たわっていた。
「これはこの地域のネズミじゃありません。
北方の――そんな、まさか。これはどなたかのペットですか?」
「いいえ。
いいえ、これは、魔女の使いです。
唾液腺に病気を蓄えさせられ、一匹や二匹殺しても、追いつかない。
どこかで繁殖をくりかえしながら、今や街を埋め尽くしていやがる。」