※※ 注意 ※※
『コワイ話』です。胸の悪くなる描写があります。全体的にこのページの文章類は、あまり読まない方が良いです。
『DoRa・SiRa』
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百物語 4話『怪馬』
『怪馬』イバラシティサイド
幼いころから、繰り返し見る夢があった。
白い空間を馬車が走っていて、私がそれを眺めている。
夢の中は物理法則がうやむやで、念じれば、馬車を追い越す速さで走ることが出来た。
荷車を引く馬――この世の物とは思えない玉虫色の馬は、首の先に人間の顔がついている。
その人間の顔とは、大抵私の良く知っている人だった。誰の顔か認識した瞬間目が覚めるのがお決まりだ。
言葉にすると大層不気味だけれど、夢の中の私はそれを気味が悪いとは思わなかった。
不思議というのは、ここからだ。
その夢をみたあと、馬の顔になっていた人と私とは、決まって離れ離れになるのだった。
ひっこしだったり習い事をやめたり…この夢はいつもその予兆だった。
「今日、久しぶりにその夢を見たの」
「家族なのに?転勤とか、まさか死ぬって事はないだろうけれど…」
「縁起でもないこと言わないでよ、本当に。体調は今はいいの?」
「ここしばらくは驚くくらいいいけどねえ…」
紛れもない、最愛の夫の顔を見た。
これまで、寂しい予兆とは言えど害という害はないものだったし、馬の夢の事は余り気にせずに生きてきた。
しかし今回ばかりはどうにも気がかりだった。
夫と別れることはないだろうし、転職や引っ越し…他のどんな理由でも、家族がはなればなれにはならない。
それに夫には持病がある。病気があるから職場だって転勤なんて負担のかかることは直ぐに命じたりはしないだろうし、
…病気。悪い想像が頭から離れない。
それで、私は幾年ぶりかに母校を訪れていた。
この場所には、女学生だけが知る『不思議な存在』がいた。
「カラスヨ カラス、ナゼニトブ ワタミヲ カワズト オモウテカ」
旧校舎裏、百葉箱。その前に立ってカラスの羽根を振りながら、呪文を唱える。すると――
「よばれてとびでてどろろろろ~っ
…あら!ずいぶんオトナになって。
最期にあったのは、卒業式の日以来かしら。」
「ごきげんよう、『百葉箱のしぃらさん』」
・・・
「なるほど。
ありがとう、それはギバ子さんね。
でも、悪さをしたわけではないのね?」
事のあらましを話し終って、私はこくりと肯く。
「予知をしたことは…あなたにとってもいい事かも。
たとえば、あなたのダーリンが、浮気をして
あなたがもう別れたい!ってなるとか?」
「ありえない!二度と会えなくなる方が嫌。
心配なのは、彼の心臓に病気があるってことなのよ。
ずいぶん前から移植の順番待ちをしているのに。
ねえしぃらさん。彼はいま病気が悪化したり、しないよね?
それだけ解かれば、安心なんだけど…」
「わたしには未来は解らない。
ギバ子さんも、知らせをしているだけだから。
でも、それとは別に。
わたしに願いをかけるというなら、願いをかなえてあげることはできるわ」
学生時代、『百葉箱のしぃらさん』は、願掛けの場所でもあった。
だけど、恐ろしいうわさもあったから、本当に願い事をする人は少なかった。
「それって本当なの?しぃらさんは、願い事を叶えてくれるの?」
「どうかしら。」
「夫の病気をよくして欲しいっていったら、
お医者さんにもできないのに、おばけなんかに出来るっていうの?」
「さあ、どうかしら。」
しぃらさんはスカートを翻し、はぐらかすようにくすくす笑う。
「あなたたち、一生一緒にいたいのね。」
「そうよ」
「どんなことを犠牲に出来る?」
「どんなことを…?」
「それはたとえば、あなたが
記憶を失うとか、こころを失ったとしても?」
言葉に詰まる。
「そうすれば、彼の命は助けられるとしたら、あなたは差し出すものかしら」
「……
なら、できるわ。本当に、できるというなら。」
「そう!」
しぃらさんはぽんと手をたたいて、嬉しそうに古びたフラスコを取り出した。
薬品の瓶をあけ、わたしの眼前につきつける。
「この薬を嗅いで。スーッと、思い切り鼻で吸い込んでね」
スー、嗅ぐと、ミントを100倍に濃くしたような刺激的な感覚があった。
鼻の粘膜が刺激されたからか、制御できずに涙があふれる。
5秒と経たず、ぐらりと視界がかしいだ。
「しぃらさん、これは…?」
「これは、脳を壊死させるための薬なの」
「――えっ」
「…、…」
「…」
・・・
道路で倒れていた妻は、頭を轢かれ、一刻の猶予を争う事態だったらしい。
血染めの保険証を握りしめていた。
保険証。そしてその裏面の、臓器提供欄。
心臓が脈打つたびに息が苦しくなる。掻きむしりたくなる。どうしてこんなことになったのか、
10年先も、20年先も、一生今日の事を思い出すことになる。
『怪馬』アンジニティサイド
「強くなりたい」
馬のいななきを聞いた。
幼い頃世話をした仔馬たちのしくしくした手触りを、香ばしいにおいを思い出していた。
魔物と人が闘争を続けるこの大陸で、私の生まれ育った村は特に危険な土地にあった。
目と鼻の先にある精霊の森はふかく、魔物たちの繁殖の地と言い伝えられていた。
私たちが退けば、他のだれかの故郷が前線となる。思えばこそ、私達はどうしても、そこにとどまり戦う必要があった。
小さな石造りの家に、明かりがさす。
「強くなりたいんだ。」
私がそう告げると、この家のあるじ――魔女は微笑んだ。
はじめに『強くなるためにどんなことまでしたいか』と唇をすぼめて、魔女は言った。
どんなことまで?
『そうね、私にしてあげられることと言ったら。
こういうのがあるわ。ただの魔法石じゃないのよ。
いくつかの魔法式が組み込んであるの。
あなたは光と水から魔力を産み出し、馬よりも早く走れるわ。
右肩の左後ろあたりをちょちょいっと切開してこれを埋め込む…
外科的な手術というの、西洋の技術なのよ。おねえさん、かまわない?』
埃っぽい宝石箱から、水晶がひとつぶ取り出される。
私はそれを求めた。
魔女の寝台に横たわり目をつぶる。身体を触られ、持ち上げられ、折り曲げられ
呪いの言葉を聞いたと思ったら、次に目を開けた時にはもう手術は終わっていた。
ほんの少し、いぼのような違和感はあったものの
鏡を借りて確かめても、ごく小さな水晶は目立つわけでもない。
満足のいく手術だった。春のことだった。
私は村に帰り、馬たちと駆けた。
彼らと同じ目線で、同じ速さで駆けられる、さわやかな気持ちだった。
それもつかの間、魔物が現れ平穏をみだせば、私は飛んで駆けていった戦った。
それにしても、この水晶は私を大変助けてくれた。
きっかけは、魚を捕りに行った村人が2名、湖で魔物に殺されたことだった。
「私はもっと強くりたい」
私はふたたび、魔女を訪ねた。
『そうね、私がしてあげられることと言ったら。』
魔女は物置から、両の手にフルフルと震えるやわらかい壺のようなものを持って来た。
『魔導器よ。これを、あなたの肺がある部分にとりつけるの。
これで水の中にも深く潜れるし、深い土の中でも酸欠になることがないわ。
また、外科的な手術が必要になるのだけど』
私はそれを求めた。
また、水晶の時のようなものだろう。はた目には変化がわからず、見返りは甚大。
ふたたび、私は魔女の寝台に横たわった。そしてまた、目を開けた時には手術は終わっていた。
鏡を借りてたしかめる。
縫い後は残っているものの、闘いの日々で沢山傷を受けた体では、気になるほどでもない。
――だが鏡越しに、私はあるものに気付いた、
魔女の家の流し台にある、臓物――
肺がある部分にとりつける、とは、健康な肺を摘出して取りつけるという事だったのか、
私はあおざめて、しかし、事を問いただせなかった。彼女はそれがさも、当たり前という風でいる。
これが、都市の魔術師の間では当たり前の技術なのかもしれない。
私は村に帰り、湖へ潜った。
思ったよりも随分…かなり息苦しかったが、たしかに、水中で息絶えることがない。
たしかにこの魔導器は私を助けてくれた。
きっかけは火を吹く魔物のせいで、村に面する森が火事になったことだった。
私はみたび、魔女を訪ねた。
「私はもっともっと強くなりたい」
『そうね、私がしてあげられることと言ったら。』
魔女は私の手を引いて、身をかがめれば大人一人は入れるくらいの、大きな釜のもとに案内した。
釜のうちは黒々と光る粘性の液体に満ちていて、においからは、油だと思われた。
『マジックオイルよ。これを塗り込んで、あなたの皮膚を火に強くする。
火を吹く魔物をおそれることがなくなるし、森火事の中にも入っていける』
私はそれを求めた。
今度は外科的な手術はないらしい。薬を塗ったくらいで変わるなら。
私は魔女の釜の中に沈んだ。目を開けた時には、私は魔女の寝台の上だった。
身体の違和感を感じ、首を持ち上げ体を見る、
…
……ない、何度やり直しても腕が、つるりと、杭のようにまろく途絶えて、私の手がない。
『あら、目が覚めたのね。本当に良かった。もう、目覚めないかと…
うふふ、ごめんなさい。申し上げにくいんだけれど、
思ったよりも薬の効き目がつよくて…ちょっとだけ溶けてしまったみたい』
「どうしてくれる!?」
私は恐怖に操られて怒鳴り散らした、息が整わない。こんなことって。
魔女は抱えていた包みをほどいて私に添えた。
『安心して、かわりに丁度よいものがあるの。
魔道具の義肢よ。怪我の功名かも。あなたのお望み通り、もっともっとつよくなれるわ』
魔女の用意した義手は不適当に大きく、私の体はいびつに、傾いた。
床につきそうなごつごつとした腕を握りしめ、心の中で何か、
さびれ、ほろほろと朽ちていくものをかんじた。
魔女を殺しても構わなかった。
『ねえ、バランスが悪いと思わない?足を長くした方がいいのではないかしら
足を切り落として、足も義足にそろえるのはどう?』
私は…
私はそれを求めた。
目が覚めた時、私は最早人間ではなかった。
いびつな奇怪だった。下半身はは6本足の馬のようで、相対的に腕の長さには会った。
皮膚が溶けたせいだろうか。いつのまにか、壊死したようなドス黒い色と、血管模様とが胸の全面に浮き上がっていた。
魔女の家を飛び出すと、私は二度と帰らないと思った。
私が駆けると、コロリとささやかな音を立てて最初の水晶が床に落ちた。
私は振り返らなかった。
もはや私は帰れないだろう。構わない。なら構わない。
ただ強くしてくれ、強くなりたい。強くなって、魔物と戦おう。
森の奥へと駆けて、駆けて、駆けまどう私に精霊があわれむように呟いた
『お前騙されたんだねえ、ここらの魔物はみんな、魔女のいいなりさ。
昔にいた魔物たちはみんな、一掃とばかり殺されてしまった。
今いる魔物たちは、お前と同じに、みんなあの魔女の作ったものなのに。』