
暗い牢屋の中で、『私』を含めた少女達が静かに座っている。
衛生環境は決して良くなく、酷い臭いが立ち込めていて、きっと初めて訪れれば吐き気すら催すだろうけれど、何故か『私』と少女達は、それにもう『慣れて』しまっているようだった。
数人のガラの悪そうな男達が、鉄格子の扉を開け、中に入って来る。
『私』の隣の子が、何の抵抗も無く腕を引かれ、連れ出される。『お仕事』の時間なのだろう。
お仕事の前と後にだけは、シャワーを浴びる事が許されていた。臭いと汚れを落として、『お客様』に失礼が無いようにだ。
隣の部屋から数分間ほど、水の流れる音が聞こえ、しばらくすると中から、男達に手をひかれて先程の子が連れられて出て来て、奥の部屋へ消えていく。
男達と『お客様』の談笑。やがて、扉の開閉音の後、複数の足音が遠ざかっていく。
今度は、『お客様』と、少女の話し声。
しばらくしてから、何かが軋む音に混じり、男女の喘声が響いてくる。
『私』も、他の少女達も、それを気にする事はない。いつもの事だからだ。
次の日も、その次の日も、誰かがやってきて、『私』達の誰かが、その相手をする。
そうして、『お客様』の相手をする事で、『私』達は、飢える事無く、雨風に晒される事もなく、生きる事が出来ている。
『私』達がちゃんとした所で働ける年齢になるまでは、食事と屋根を保証してもらえる。
だから、『お客様』を怒らせないように…男達も怒らせないように……。
怒らせてしまったら、また、あの路地裏に捨てられるから。
もう、『私』がいた頃皆で守っていた縄張りは残っていないだろう。きっと、他のグループに取られてしまっている。一人放り出されたらきっと、生きていけない。私は、何もできないから。『無力』だから。
だから、一生懸命、『お客様』の希望に答え続けた。
時には怪我したり、凄く痛かったり、気を失う事もあったけれど、お陰で、何とか捨てられずに生きていけた。
※
ある日、『お客様』から、遠い地球の裏にある豊かな島国の本をプレゼントされた。
男達に気付かれて取り上げられるまでの間、部屋の少女達と一緒に、その本を回し読みした。
書いてある文字は、全然読めなかったけれど、『NINJA』と呼ばれるヒーローが、悪と戦う話だというのは、沢山描かれている絵と、たまに出て来るアルファベットの文字から、何となく予想が出来た。
『私達の所にも、NINJAは来るかな?』
少女のうちの誰かが、そんな事を言っていた。
『NINJAはきっと、外の子達を助けるのに忙しいから、ここには来ないよ。』
別の少女は、そうお返事していた。
『そうだよね。他にもっと助けてほしい人はいっぱいいるもんね…。』
そんな落胆が、部屋の中に降り注いだ。
でもその日から、NINJAは今きっとああしている。今日はきっとこういう子を助けに行った。と、そういう話をするのが、少女達の間で流行りだした。
そんなある日。
その日は、いつもと様子が違っていた。
いつもは、一人ずつしか呼ばれないハズの少女達が、2~3人連れだって男達に引っ張り出される。
怒声、悲鳴、繰り返される殴打音、何かが倒れる音に、固い金属が地面に落ちた音。
そしてまた罵倒。
『違う!もっと感情的に!!人形じゃないんだから!!撮りなおすから新しいの連れて来て!!』
一体、何が起こっているんだろう……普段は部屋の向こうの事に反応しない『私』も、他の少女達も、この時ばかりは音の正体が何なのか…何がおきているのかを知ろうと、注意深くその音に集中していた。
扉が開き、男達が部屋に入って来る。
心なしか、少女達の顔にも緊張に似たものが張り付いているようにも見える。
また2~3人の少女が、部屋から連れ出される。
怒声、悲鳴、繰り返される殴打音、何かが倒れる音に、固い金属が地面に落ちた音。
そしてまた罵倒。
『こんなんじゃ絵になんないよ!!もう一回撮るから!!』
扉が開き、男達が入って来る。
また2~3人の少女が、部屋から連れ出される。
怒声、悲鳴、繰り返される殴打音、何かが倒れる音に、固い金属が地面に落ちた音。
そしてまた罵倒。
『なーんかさ、違うのよ…!もう一回ね!!』
そんなことが数回続き、部屋に残る少女も段々と居なくなってきた頃、とうとう、『私』の番が来た。
男達に手を引かれ、いつものように部屋に入る。
『……。』
部屋の中は、いつもの様子とは違っていた。
眩しいライトが、薄暗い部屋の中を照らし、何やらよくわからない機械のようなものを構えた大人が数人、機械をこちらに向けながら佇んでいる。
ピシャリと音のする床に目を向ければ、所々に赤黒い色の水溜まりが出来ていて、足元を同じ色に染め上げる。
その中心には、さっきまで一緒に話していた少女達が物言わず…あるいは、ビクンビクンと震えながら横たわっており、今まさに、男達がその少女達を乱暴に引きずって、部屋の隅に放り投げていた。
『え……。』
あれは…生きているの?死んでいるの??ああでもきっと……生きていても死んでいても、この人達にはどちらでもよくて……もう、要らないから捨てられたんだ…。
少女達が積み上がった山を見て、その時、何年も忘れていた感情…恐怖が、呼び起こされた。
私も、ああなるの…?今から…??
『おっいいね!その表情が欲しかった!キミ、将来はいい役者になるよ!
さ、頑張って殺されようか!』
カチンと、何かが叩き合されたような音と、Action!という場に相応しくないような明るい声が耳に届いた直後、鈍い衝撃が後頭部を襲い、『私』はたまらず赤い水たまりに倒れ込んだ。
朦朧とする意識を必死に立て直し、かろうじて身を起こすと…今まさに、振り下ろされた鉄パイプが、顔面に迫っていた。
『イ"ッ…!?』
ゴリッ と、嫌な音がする。
『痛い……!痛い…!!』
目をやられたのか、もう何も見えない。
鉄パイプが振り下ろされるたびに、ゴリッ ボキッ と身体のあちこちから音がして、激痛が、意識を白く塗りつぶしていく。
自分がもう何を叫んでいるのかもわからない。ただ、この痛いのからのがれたいもういたくしないでいやだたすけてたすけてたすけてだれかおねがいたすけてたすけていたいのいやだおねがいだからだれかたすけてやだやだやだやだやだや
目をさますと、壊れた瓦礫の傍らだった。
隣には、知らない女の人が腰かけていて、此方の様子を覗いている。
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??? 「おや、目が醒めた?」 |
アナタは…
そう聞こうとして、また激痛が身体を走り抜け、なすすべなく倒れ込む。
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??? 「安静に。さっきまで死んでたようなものだったんだ。動かない方がいい。」 |
この人のいう通りだ…これじゃ、身体を動かす事なんて出来そうにない。
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??? 「私は…うーん、名乗る程の者じゃないけど… そうだね、どうしても呼びたいのなら、こう呼ぶといいよ。」 |
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??? 「『NINJA』ってね。」 |
見慣れたホームステイ先の部屋で、目を覚ます。
何だったのだろう、あの夢は……。
夢…というには、あまりにも具体的で、感覚もリアルで。
今でも、思い出そうとすると、『お客様』に応対した時の感覚や、あの時の痛みが、よみがえってくる……。
まるで、自分が本当に体験して来た記憶であるかのように。
「……。」
そんな筈、ない。チャールトン家の一員として生まれ、育った私に、あのような経験をする機会なんて無かった筈で。
「…………。」
そっと、昨日彼女に甘噛みされた耳に、触れる。
ビクリ。
妙な感覚が全身へ走り、少し身悶えしてしまう。
毎日毎日、『お客様』にいじられて、徐々に過敏になっていった……という風に、夢の中ではなっていた。
唇に触れる。
昨日、彼女の耳を此方が甘噛みし返した感覚。そして、その後の……。
毎日毎日、『お客様』を満足させるために、徐々に指使いや舌使いが上手になっていった……という風に、夢の中ではなっていた。
彼女が喜ぶならと無我夢中で意識していなかったけれど、私は、何処でそんな知識や技術を身につけたのだろう??
記憶にはない。無いのだけれど……。
鏡を、見る。
今の自分は、まるで、夢の中で見た、少女達のような、虚ろな顔をしていた。
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