
「……ごめん、な」
フェデルタは意味をなさない謝罪の言葉を吐いて、言祝愛夢にチャットを送信する。
無視をすればよかったのかもしれない。これ以上、自分が何を言ったところで彼女にとっては意味も価値もないのに。
Crosse+Roseを閉じて天を仰いだ。真っ赤に染まった空が憎たらしい。この赤さは、燃え盛る炎に照らされた空を思い出す。
「……くそっ」
悪態を吐くくらいしか出来ないのがまたもどかしい。どうしていいかわからない。確かに吉野俊彦は自分なのに、自分は吉野俊彦にはなれない。
まるでとんちだ。屏風の虎を出してくれだとか何とか……その話すら吉野俊彦を経由して知っているのがいっそ笑える。
煙草に火をつけて、大きく煙を吸い込む。こうすることで、無理矢理にでも気持ちを切り替える。
そうしないと、いつかこの思考すら吉野俊彦に取られてしまう気がした。
あっという間に短くなった煙草を口からつまんで灰にする。燻った感情ごと、灰が風で飛ばされていった。
フェデルタは、なにかを振り払うように首を軽く振って瞑目した。
これ以上余計な事を考えている時間はない。忙しないハザマの中で取れた自分の時間に、どうにか出来ないかと試みている事がある。
自分の中に眠る咲良乃スズヒコの力へのアクセス。自らに書き記し記録する力の一端を借りて、不安定な自らの意識を安定させる試み。
ただ、自分の中にあるそれを器用に取り出せる程、フェデルタは異能を使いこなせてはいない。
「……」
ふと、まだ、今よりずっと彼が穏やかだった頃に本を取りだした彼にどうやったのか話を聞いた気がする。
今再び、彼に同じことを聞けばいいのにという思いがある反面、それをすることを恐れる自分がいる。
静かにしているように見えて、その身の内に秘めているものがあるのは昔からだった。
けれど、今彼の中を占めているのは強い怒りや憎しみだ。激情に焦がされ、それに緩やかに適応していった結果が今だ。
最善のための破壊ではなく、破壊のための最善を求める。
狂っていることに気付かずまるでそれが普通だと振る舞う。ふとみせる顔に、勝手に期待して、勝手に裏切られている。
(……実際はもっと違うのかもしれねえけど)
自分程度が想像出来るのはこの程度か、とフェデルタは小さく息を吐いた。吐息に僅かに火の粉が散る。
「……なあ、どうやってやってるんだ?」
今出来るのは、こうして遠くに見える姿に昔のように声をかけるだけだ。虚しさすら覚えるようなそれに、思わず苦笑を浮かべた。
「……っ、」
不意に頭痛に襲われる。しばらく記憶が流れてくることは無い筈なのだが――
―――
――
―
「まあ、そうだろうな」
「……へえ、手品みたいだ」
「いや、気になったから」
―――
――
―
「……」
僅かに痛みが残る頭をゆるゆると手で押さえた。
降って沸くように甦った記憶は偶然か必然か、無遠慮に記憶を叩き込まれてばかりで、起きたのかもしれない。
そこまで考えてフェデルタは首を軽く横に振った。考えるのはあとでいい。今は、試してみるのが先だ。
「……こうやって」
コートの後ろに手をまわして、背中の近くで見えない本をつかむようにてのひらを閉じる。まるでそこに本があるように、ごく自然に。そうすると、不思議と手の中に一冊の本がぴたりと収まった。
「……出た」
掴んだ本を正面に持ってくる。表紙は焼け焦げて煤けてはいるが、スズヒコが持っているものと厚さ以外は同じに見える。
あの動作が鍵になっていたのかはわからないが、自分で唸ってアクセスするよりは余程効率的なのだけは理解した。
「……」
表紙を捲る。
すると、表紙の裏側に何かが書き込まれているのを見つけた。
「……記録の取り方?」
そこにはびっしりと文章を書くにあたってはああしろ、こうしろと見慣れた堅苦しい文体で並んでいる。
まるで、いずれ自分以外に本を手にする存在がいるのを予見してたかのような。
「……アンタは、そういう人だよな」
冷静で理知的で、可能性を捨てずに前を向き続ける人。だからこそ、狂ってしまった人。
そんな背中を黙ってみることしか出来ない己のなんと愚かしいことか。
今だって、前を見ているかと言われればそんなことはない。どうにかして逃げようと、もがいてばかりだ。
パタン、と表紙を閉じると本は炎に包まれるようにして消える。
何かを書くには時間が足りないし、そもそも書くものがなにもない。
冷静で理知的で、可能性を捨てずに前を向き続ける人。だからこそ、狂ってしまった人。
そんな背中を黙ってみることしか出来ない己のなんと愚かしいことか。
今だって、前を見ているかと言われればそんなことはない。どうにかして逃げようと、もがいてばかりだ。
パタン、と表紙を閉じると本は炎に包まれるようにして消える。
何かを書くには時間が足りないし、そもそも書くものがなにもない。
「……どうにかするか」
これで一歩は進んだ、と、思いたい。
逃げ出す為の一歩。そんなもの、誰も喜ばないし認めない。ならば、この一歩は何処に向かえばいいのだろうか。
前に、先に進むにはまだ、勇気が足りない。それでも、震える足をほんの少しだけ、動かして、行くしかないのだろう。
ハザマの時間は忙しない。
チェックポイントに向けて歩いているだけで、ハザマにいるよくわからない生き物と戦ったり、時にはイバラシティを侵略しようとする者達と戦わなければならい。
そう思っていたら今度はロストとかいうのを探して願いを叶えろ等と言い出した。
ただ、これについてはハザマでの力を高めるという話があり、その点に置いては有益な話だと感じた。この世界で力をつけていけば、それだけ抜け出す為の算段もつけられる。
侵略抗争については勝手に戦ってろ、と思わなくは無いが世界の流れに逆らうのは得策だとは思えない。今は、大人しく従うしかない。
こうやって、大人しく従いながら目的のために一歩ずつ進めるしかない。
休憩時間はそう長くは取れない。何せ、この侵略戦争は36時間で終わるからだ。
そして、そろそろ休憩時間が終わる。
当て所なく、狭間を進む。行く先が前だと信じて。