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「僕のバレンタインマジで酷すぎない? というか美術方面も色恋方面も必死すぎるでしょ。限界すぎて死んじゃうよ。」 |
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「うん……若いん……だなあ……」 |
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「肉でも食わないとやってらんないよね。」 |
(肉回の様子はENo.378ルネくんの日記で見れるぞ!)
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「う、うーん……?」 |
そうこうしている間に、気絶していた少女が目を覚ました。
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「ん……?
ああ、やっと目が覚めたか、桑。」 |
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「!!!???」 |
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「ぎっっっっっ」 |
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「悲鳴をあげるな。敵が来る。……よく聞け。
僕は銭田葵だ。君のクラスメイトだよ。」 |
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「………へ?」 |
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「嘘じゃない。 ああ、僕はアンジニティの住人だけど、 成り行きとはいえイバラシティに加担することになっている。
だから、イバラシティへの侵略に加担するつもりはないよ。」 |
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「ま、待ってよ……
銭……田くん……?」 |
何を言っているのかわからない。
少女にとって銭田葵とは1年2組に当たり前にいるクラスメイト。
イカれた美術屋だったのであまり近寄りたくはなかったが、さすがに肉切り包丁を持った中年ではなかった。
しかも、
『アンジニティ』
クラスの誰もが都市伝説とバカにしていた、恐怖の侵略者のことである。
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「さ……さっきから……何言ってるのよ!!
アンジニティとか、あなたが銭田くんとか……!
何言ってるのよぉッッ!!」 |
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「……!?」 |
これは、音の
圧。
少女が声を発するたび、男の頭がビリビリと響いた。
《少女の中の選択肢は2つ》
この中年は嘘をついている。
この中年は銭田葵を騙っている。
あるいは、この中年は本当に銭田葵である。
さも同級生のように創藍高校に潜り込んだ、別世界からの侵略者である。
……しかし、どちらにせよたどり着く答えは"ひとつ"だ。
少女を貶める者であることに変わりはない。
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「何言ってるのよ……何言ってるのッッ
あなた、誰なのよ…… ここはどこなの?家に帰してよ……」 |
再び空気が揺れた。
少女が声を荒げるたびに、振動を感じる。
少女の恐怖を取り除かなければ……"何か"が来る。
男は戦慄した。
少女を諌めるべく、左足を前に出す。
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「待て、桑。まずは落ち着け……」 |
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「……ッッッッ」 |
濁りきった高音は、脳を貫き白紙に戻す。
音階を持たぬ旋律は、心臓を貫き地肉を沸騰させる。
イバラシティにおいては効果が見えないほどに微弱だった彼女の力は、
ハザマにてようやく開花する。
これは、桑レイルの異能。
悲 鳴 に よ る 恐 怖 の 分 譲
『ハーピー声のセイレーン』
少女が抱く恐怖は"オモリ"として受け渡され、船乗りたちが乗る船を沈没させる。
その異能を受けた者は、いかなる歴戦の勇者といえど、足をすくませるだろう。
心臓は極限まで高鳴り、視界は揺らいで白むだろう。
呼吸は乱れ、乾ききった喉が張り付くだろう。
船乗りが恐怖という感情と無縁であればある程オモリは重く、重く、船底を圧迫していく。
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「桑……待ッッッ……!!!」 |
男は未知の恐怖に膝を強張らせた。
動けない。
少女が走り去る足音が聞こえる。
男は『予感』した。彼女を止めなければ、やがて彼女が失われる。
明確な根拠などない。ただ単に、魂が
『燃えるように』見えるだけだ。
本来、生きた人間の魂など見えるはずがない。
男の生まれ持った力は……
『死霊、幽霊、霊障……あるいはそれに類する虚ろなるものの
寄り添いを察知したり、見たり、感じたりするもの』である。
だが、見えるはずのないものが虚ろな炎を燃やして見えるとき……
『失い続けてきた者』の直感は告げるのだ。
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「戻れ、桑……お前、死ぬぞ……!!」 |
力の抜けた膝は地に触れた。
片手をついて身を支える。
桃色の髪をした少女の姿はどこにも見えない。
桑レイルは息を切らした。
誰も追ってきてないか?
少女を脅かす者を撒くことができたか?
……振り向いた。
巨影が視界を覆い隠す。
先ほどまではなかったはずだ。
嫌でも目に入った。
赤い空に浮かんでいる。
何処へ目指そうと、低空を滑る巨大な『何か』

その巨影は、先ほどクラスメイトを騙った男がいる方へと舞い降りた。
中心にいた、その姿……
少女は、見なかったことにした。
そんなはずはないと。
『彼』であるはずがないと。
目を逸らした。
寺田くんへ
生きていますか?
この荒廃した世界のどこかにいますか?
きっとあなたはこの世界でも、男子たちと冷静に生存戦略を立てていることでしょう。
道中、銭田くんを騙る肉切り包丁の殺人鬼と遭遇しました。
どうにか逃げられましたが、あれはどう見ても銭田くんではありません。
危ないので、近寄らないでください。
以前、私のパパはヒーローだと話しましたが
……パパはまだ来てくれません。
だから、パパが駆けつけてくれるまで、絶対に生き残ります。
寺田くんにアドバイスをもらった日から欠かさず、足音を立てない練習はしてきました。
だから大丈夫。絶対に大丈夫。
寺田くんも気をつけて……死んじゃわないでください。
絶対、みんな無事にイバラシティに帰ろうね。
レイル
P.S.
本当は2月14日、バレンタインにチョコを作ってきてたんだけど、
怖がりな私は当日もそれどころじゃなくて、結局渡さずじまいでした。
来年のバレンタインはもっと落ち着いて、勇気を出せるといいんだけど……
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