
山道の先頭を歩く。
自身の知るイバラシティにはここにこんな山岳は無かったと思う。
そういった小さな違和感が連続し、常にストレスを与える。
知ってるようで知らないもどかしさ。
そして、そんなものに折り合いをつける暇さえ与えない。
目の前には敵が立ちはだかる。
猫に岩に鴉。
誰が相手でもやることは変わらない。
やられる前にやる。
いや、それだけじゃだめだ。
逃げない。
自分が逃げれば、後ろにいるリリィやツナグを敵に晒すことになる。
それだけは許されない。たとえ自分の命を危険に晒しても……
――戦闘。
役割ははっきりしていた。前に立って、敵を誘い、皆の盾となる。
しかし、猫が巨体から繰り出す爪はその一撃一撃が重い。そして、何より速い。
容赦ない連撃が襲い来る。
なんとか仕留めたと思ったその時だった。
単純な話だった。
巨大な猫を剣の間合いに収めているとき、自分もその爪の間合いに居る。
まさしく死にものぐるいの爪が襲いかかる。
一瞬の出来事だった。
左前足で胴を殴り上げる。右脇腹の板金を抉りながら、盾を弾かれた。
右前足で薙ぐ。左の脇腹を打ち据える。
左前足が振り下ろされる。兜の中に鈍い衝撃が響き渡る。
右前足が揺れる兜を殴り上げる。眼前に迫る爪が、容赦なく顔面を殴り抜ける。
白いクロースヘルムが宙を舞い、光の粒となって消える。
後ろによろける。
うまく立っていられない。
目の前が視えない。
また、失敗、したのか?
薄れゆく意識の中、いやでも死を意識する。
「少し体勢を立て直そう。サポートする!」
ツナグの声が聞こえる。
猫が倒れるような音が聞こえる。
助けてくれた。助かった。
命を繋いでくれた。
そう思った瞬間だった。
衝撃が側頭を襲う。
首がもげるかのような錯覚。
時の流れが鈍くなった感覚。
リリィが何かしようとしている気がする。
ただ、わからない。
いま心の中を埋め尽くしているのは死の恐怖と後悔だ。
もうこのまま動けないのか?
今度は何を間違った?
血の気が引き、冷めていく。
闇が、無が、近づく。
このまま消えるのか?
前衛を失ったら、みんな死ぬのか?
もっとうまくやれた?
もっと強ければよかった?
考えが足りなかった?
力が足りなかった?
何が足りなかった?
寒い。血が足りない。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
気が付くと、身体が動くようになっていた。
どうやら、ツナグとリリィで戦いの勝利を掴んだようだ。
だが、状況は絶望的だった。
思考を巡らせる余裕もない。
目の前にはハザマの化け物ではなく、人の形をした本物の敵が居た。
一人は極彩の札使い。
一人は焦げ臭い灰のような男。
一人は色の無い者。
アンジニティ。
「鎧を出す異能か。なかなか面白いな」
「騎士気取りかい?」
「だが、蒸し焼きは苦しいぜ。
覚悟のうえかい?」
灰のような男が言う。きっとあいつと同じような魔術めいた炎を使うのだろう。
あの時と同じ、いやそれ以上の寒気が襲う。
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フタバ 「うぉぉぉぉぉぉぉおおおおお!!!!」 |
叫ぶ。
考えれば考えるほどに恐怖が増す。
この戦場では経験を咀嚼する暇さえない。
剣を握らなければやられる。
戦わなければやられる。
全員が死ぬ。
全員が死ぬ。
「占い師みたいなやつを先に狙おう」
ツナグの声がアミティエを通して頭の中に響く。
おかげで頭が冷えていく。
命令があれば、動くことができる。余計な考えを捨ておいて戦うことができる。
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フタバ 「おおおおおおッッ!!!」 |
弾幕のように水を飛ばしてくる札使いを目掛けて、盾を構えながら無我夢中で突進した。そして、逃げ場を作らせないように剣を横に薙ぎ、胴を狙う。
一撃一撃は致命傷にはなりえない。しかし、確実に追い詰めていく。仕留めたと思った。
しかし、色の無いそいつがそれを癒し支援する。そして札使いが今度は獣じみた怪しげな呪術で生命を奪っていく。
戦場が乱戦の様相を呈していく。
「ヒーラーを先に叩く」
混乱する暇を与えない。ツナグの指揮が頭に響く。
戦いだけに集中する。
色の無いそいつを追い詰める。やった。そう思った。
それが油断だったのかもしれない。
「だんだん楽しくなってくるよ」
灰のような男がそう言った。
身体が動かなくなって、酷い熱さと痛みが全身を襲っていることに気づいた。
脇腹から焔が侵入する。致命的な一撃だった。
気が付くと膝をつき、倒れていた。
辛うじて意識がある。
なんとか色の無い癒し手を倒すことができたようだった。
しかし、一人を減らせども、その戦力差は歴然だった。
まるで仕事を処理するようにツナグは倒され、リリィも倒される。
身体の感覚が無くなっていく。
まだ記憶に新しい死の予感を確かに感じながら、ただその光景を見ていることしかできなかった。
この身を焼いた男が何かを言っている。
何も聞こえない。
何かを言い残してその場を去っていく。
罵倒されたのか、別れの言葉なのか。
わからない。
ただ分かるのは、トドメを刺されなくても、このままだと死ぬということだ。
だが、身体は限界を迎えて言うことをきかない。
また、酷く冷たく虚無な闇へと落ちていく。
焦げ臭いにおい。
パチパチと小さく爆ぜる音。
霞がかった意識に黒煙のような恐怖の染みが広がる。
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フタバ 「――ッ!?」 |
右手にフローラが居ない。
幸い少し手を伸ばした場所に転がっていたそれを握りしめる。
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フタバ 「剣道三倍段《トリスメギストス》ッ!!」 |
即座に盾を構えて、目の前の敵を見定める。
焚き火だった。
「安心しろ。ここはセーブポイントだ」
ツナグがそう冗談ぽく言い放つ。
その軽口を聞いて安心感が広がる。
敵は去ったようだ。
身体も治癒されている。二人で暖を取っていたようだった。
鎧のままその場に座り暖を取りはじめる。
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フタバ 「ありがとう、ツナグ、リリィ」 |
結果的に今生きている。そのことを噛みしめる。
きっと失敗の連続だった。
それでもハザマの生き物は倒せたし、どういう訳かアンジニティには生かされている。