「……だからね、僕が会いにいくの!」
「ハァ?」
冬が過ぎて、春が過ぎて、夏が過ぎて、秋がやってきて、
十日夜レキがいないはじめての秋を、早乙女ちえりは新しい友人と過ごしていた。
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なんば 「ドコに いるかも わからヌのダゾ? アテも なきのニ 行動スルは 無謀」 |
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早乙女ちえり 「で、でも、このままだと僕、ずっとれっくんと会えないよ。れっくんだって、きっと僕と会いたいって泣いてるよ!」 |
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早乙女ちえり 「あとあと、れっくんにあげるために集めてきた宝物っ! すっごいたくさんになっちゃったから、会ってこのへんで渡しとかないとぼくんちがれっくんにあげるやつであふれちゃうよ!」 |
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なんば 「ものすごク タイリョウの どんぐり アツメテた もの ナ…… ちえりは 取捨選択 という コトバを おぼえた ホウガ よきのダ」 |
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早乙女ちえり 「しゅしゃせんたくって なあに? 」 |
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なんば 「必要な モノ そうでなき モノ えらばなければ ナラン とゆーこと!」 |
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早乙女ちえり 「それをれっくんにえらんでもらうの!」 |
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なんば 「ちえりは イツモ れっくん れっくん バカリだな……」 |
なんば、とそのロボットは名乗った。 春ごろ、河川敷から拾い上げたお掃除ロボットだ。
最初の状態はそれはひどいもので、こうして後ろをついて歩いて(歩いて?)くるなど想像もできないありさまだった。
それがここまで元気になったのは、父親が根気よく早乙女ちえりに直し方を教えてくれたおかげだ。
父親は直接手を出して、なんばを全て修復するなんてことはなかった。
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早乙女章平 「その子はちえりのものだから、ちえりが責任をとらなければいけないよ。」 |
何度も言われた言葉だ。 早乙女ちえりも、本当にそうだ、と思っている。
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なんば 「……しかたがナキ。 なんばも ついていっテ やろ」 |
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早乙女ちえり 「ほんとう!?」 |
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なんば 「コンカイ だけ ダ! その れっくん ヤラに アエレバ ちえりも 満足 なんばも もう そいつの名前 キカナクテ すむ…… それだけ!」 |
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早乙女ちえり 「えへへ、ありがとう! なんばはやさしいねえ!」 |
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なんば 「なんばは やさし おそじロボぞ?」 |
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早乙女ちえり 「うんうん! だからね、今回の計画はね……」 |
楽しそうに無謀な計画を告げる少女と、
それを黙って聞いているからくり。
幼い頃はなんでもできるようにみな信じていて、
誰もがおのれを天才だと信じていた。
できないことなんて、何もないはずだった。
………
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なんば 「……ちえり。」 |
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早乙女ちえり 「……」 |
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なんば 「ちえり。」 |
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早乙女ちえり 「……」 |
早乙女ちえりは柵にもたれかかり、水平線とそれに向かっていく、おのれが乗れなかった船を眺めている。
小さくなっていく、汽笛の音。
押して返す波の音が、さざめいては消えた。
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なんば 「ちえり」 |
なんばは三度めを呼び掛けた。
早乙女ちえりは顔を拭った。
島の外に行けば、何かがわかると思ったのだ。
幼心に、この島が小さすぎて、己もまた、小さすぎて、なにも思うようにいかないことをよくわかっていた。
島から外へと踏み出せば、 幼馴染が遠く、おのれの預かり知らぬ 手が届かない場所に行ってしまった事実が 変えられる気がしていた。
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早乙女ちえり 「なあに」 |
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なんば 「なんばは……ちえりに拾われるまでの、むかしのコト、 よくおぼえてナキ。十日夜レキと いう ヤツの ことも しらヌ。 なんばは なにも、シラナイ。」 |
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早乙女ちえり 「うん……」 |
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なんば 「デモ、ちえりが イツモ そやつのコトヲ おもてる コトは よく シテル ゾ?」 |
「ダカラな」
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なんば 「ちえりが ソレを すてたら なんばは かなしキぞ」 |
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早乙女ちえり 「……」 |
早乙女ちえりは、柵の隙間から細い腕を伸ばして なにかを揺らしていた。
どんぐりと 折り紙と 綺麗な石と 玩具とを
たくさん詰め込んでぱんぱんに膨らんだ巾着袋だった。
眼下の波が揺れて、きらきらと夕焼けを跳ね返している。
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早乙女ちえり 「ロボットにも心はあるの?」 |
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なんば 「さあナ。 ただ、なんばは こーゆートキ 『かなしキ』の四文字が 計算サレ たどりツクように つくられてイル それダケ」 |
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早乙女ちえり 「むずかしいことは、よくわかんないよ」 |
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なんば 「なんばにも わからヌ。 ちえりが、なんばのコトバを きーて どう オモウカ それが イチバン だいじ デハナイカ?」 |
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早乙女ちえり 「やっぱり、よくわかんない。」 |
早乙女ちえりは振り向いた。
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早乙女ちえり 「かえろっか。パパも心配してるもんね」 |
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なんば 「ウム。」 |
巾着袋がパーカーのポケットに仕舞われて、
不格好なフォルムをつくる。
それを渡せるのが何時になるかは、まだ誰にもわからない。
どこかで 鴉が 鳴いている──
イバラシティで死んだ者は、ハザマ世界では生き続ける。
では、その逆は?
切り裂かれた白衣が、赤く染まっていく。
冷たい。
熱い。
痛い。
痛い。
痛い!!
油汗が滲み、視界が霞む。それでも、立ち上がらなくては。
繋がなくては。
その手を。
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「なんば」 |
早乙女ちえりは手を伸ばして、その棘のついた足に触れた。
──その巨大な鉄塊が回転ノコギリを振り下ろした先は、それ自身だった。
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「キ ケン はい ジョ」 |
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「掃除……」 |
ビープ音をまき散らしながら、怪物は呟く。
蛍光ピンクの液体が、メインコアから溢れだし がらくたの地面に垂れ流される。
刃先が掠めた腕をかばう 早乙女ちえりを前に、そのアンジニティの怪物は自ら敗北したのだった。
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早乙女ちえり 「なんば……?」 |
もう一度呼び掛ける。幾つもついている巨大な足の一本は武骨で、冷たく、
早乙女ちえりのなけなしの体温を奪っていく。
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「ゴミ ごみ」 |
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「排除……」 |
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早乙女ちえり 「「なんば、僕、ここにいるよ。」」 |
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早乙女ちえり 「ほ、ほら……早乙女ちえり! わかる!?」 |
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「ゴミ、 ゴミ、 ゴミ、」 |
弱弱しく足の一つが動いた。
それを、早乙女ちえりは、呼びかけへの反応だと認識した。
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早乙女ちえり 「そうだよっ、僕。ちえりだよ。なんば、なんば……」 |
刃の突き刺さったメインコアを撫でながら、早乙女ちえりは必死に言葉をかけた。
早乙女ちえりは何もわからない子供であるが、機械のことには少しだけ詳しかった。
だからわかる。
これは、もう、 直すことができない。
早乙女ちえりの柔らかな手のひらを、鉄とガラスの破片が傷付けた。
それでも 彼女は 触れることを辞めようとしない。
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早乙女ちえり 「なんば、ねえ、いつも、辛く当たってごめん。なんばが僕のこと、いつでも一番に考えてくれてたって……分かってたはずなのに 僕、」 |
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「排除 排除 排除」 |
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早乙女ちえり 「れっくんが転校しちゃって、僕がひとりぼっちになっちゃって、 そんな時になんばと出会って。僕、なんばとパパのおかげで、前を向けたよ。なんばはいつも僕の後ろについてきて、学校までついてきちゃって、なんば……」 |
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「サ、 ギ ぎ ぎ」 |
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早乙女ちえり 「僕、れっくんに会いに行こうとして、船で島を出ようとしたことあったよね。結局港で、チケットを買えなくて失敗しちゃったけどさ。 覚えてる?」 |
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「さ ォ 、、と、」 |
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早乙女ちえり 「あの時も、一緒にいてくれたね。 僕が辛いとき、怖いとき、なんばはいつもそばにいてくれた……」 |
ぎしぎしと、なにかの壊れるおとがする。
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「ち ェ り」 |
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早乙女ちえり 「!? なんばッ……」 |
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「ちえり、 ちえり 」 |
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早乙女ちえり 「うん、 うん、」 |
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「ちえ、り」 |
がらくたは三度目を呼び掛けた。
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早乙女ちえり 「うん、うん。 うん……!」 |
ぶじゅる、と煙とともに粘ついた油が排出される。
関節がぎりぎりと 引き絞られる音がした。
最後の呼気のように、ガスの臭いが濃く漂う。
マイクから断末魔に似て、掠れたノイズが響いた。
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「ハイ じ ョ し 、」 |
早乙女ちえりは、力いっぱい頷く。
その身体いっぱいに、断絶と取り返しのつかない行き違いを抱えたまま。
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早乙女ちえり 「うん、僕も、なんばのこと、大好きだよ……!!」 |
ちか、ちか、と 赤いランプが点滅し、
そして 二度と 灯らない。
早乙女ちえりはがらくたに縋り付いて、最初の一時間を ずっと そうしていた。
一時間毎にイバラシティでの記憶が、ハザマの肉体に流れ込む……
それが少なからず負担であるのは、イバラシティの人間も、アンジニティの怪物も同じことだ。
それが機械であるなら、猶更。
その怪物のメインメモリは、急速な負荷によりエラーを起こし、その結果 標的の位置情報を見誤った。
そこに慈悲は無く、イバラシティで大切にしていたものを守るため 自己を犠牲にした なんて綺麗な真実も無い。
彼の身体の自由が利いていれば、早乙女ちえりは今頃八つ裂きになって転がっているだろう。
ただ、
早乙女ちえりの目には やさしいお話に映ってしまったというだけ。