この手は金色の血で染まっている
再び筆を握ることはない
しかし、イバラシティに住む僕は絵を描いている
かつて僕が『高校生』だった頃のように
これは地鴉公園のクリスマスイルミネーション開催時に描いた絵。
狛狗がくれたアイディアをもとに『幸運の象徴』として作り上げたイルミネーション。
その中でもハイキングコースを彩る『幸せの青い鳥』をイメージした電飾を思って描いたものだ。
僕はこの絵、そしてイルミネーションについて……2人に謝らなくてはならない。
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「まず、河万里。」 |
僕はこの絵を幸運の象徴と言ったな。
タイトルは『祝福に翔ぶ』
キラキラと輝く光の世界。光の中で祝福され、幸せな青い鳥の姿。
幸せな青い鳥は、誰の手にも落ちることなく、光の中を行く……と。
これはそんなものじゃない。
この絵に描かれた青い鳥は……
僕はそんなものを君に渡そうとしている。
でも、少なくともあちらの僕は、君がこの絵を好きと言ってくれたことが、ただ嬉しかったんだ。
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「そして……狛狗。」 |
お前がくれた『青い鳥』というアイディアを僕は、
無意識のうちに、僕が持つ最も不吉な光景として解釈してしまったらしい。
僕が表現したこの光景は、
『幸せの青い鳥』なんかじゃなくて……
でも、少なくともあちらの僕は、心から君に幸運が訪れてほしいと願ってこれを提案した。
それだけは、本当なんだ……
この光景は

忘れることのない
侵略の日
侵略。
その言葉を聞くたびあの世界のことを思い出す。
あの世界とは僕の故郷のことだ。否定の世界に堕ちる前、僕がいた世界。
今、あの世界はどうなっているのだろう。
新たな侵略に蝕まれてなどはいないだろうか。
あの時怯えた顔をした住人たちは、今も息災でやっているだろうか。
あの世界の"作者"は僕の手で殺してしまったから、今なお守護者がいないのでは……なんて心配をしてしまう。
それとも、既に新たな守護者が誕生しているだろうか。
イバラシティに警察や、多くのヒーローたちが存在するように……
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「変な話だ。自分でおびやかしておいて、今更心配なんて。」 |
あの世界……『理想絵』は、美しい色をした絵画だった。
価値観を上塗りできない程、見惚れるに値する絵画だった。
でも、あれはどんなに美しくとも、作ってはならなかったもの。
だからあの絵を描いた者の創造を全力で否定し、剣を交え、呪詛を吐き、殺す。
美への賞賛を、憚りを超えた怒りを。
僕は全て飲み込んで『悪』を成し遂げたのだ。
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「……瀬奈」 |
今になってこの名前を呼ぶなんて。どうかしている。
でも呼んでみてわかった。
呼んでも何も変わらない、何も思わない、何も感じない。
……ということは、僕はまだあの人のことが好きだということだろう。
この名前を最後に呼んでから既に20年以上。
もはやあの世界で過ごした時よりも、否定の世界で黙した時の方が長いのか。
……ひどい話だ。
今、再び『僕の住む街』に侵略の手が舞い降りているなんて。
選択を迫られている。再び僕は侵略と向き合っている。
師匠はよく言っていた。前を向いて、息を吸って、吐く。
僕たちはそれだけで生きていると言える。
でも、それができることが一番大変で、立派なことなんだと。
名声はいらない。安息は夢の中だけでいい。この牢獄の中で黙するだけでかまわない。
……そんなことを思ったとしても、現実は楽に運ばない。
僕は僕が息をするための生き方を、ありとあらゆる手で探さなければならないし、
たとえ誰かをおびやかしたとしても、そうすることでしか息できないなら、躊躇してはならない。
躊躇すれば、自分が息をできなくなるからだ。
『イバラシティ』に侵略を図るつもりは毛頭なくても、
イバラシティを守ると宣言する程、説得力のある生き方なんてしてない。
…………
……………………
心の中で繰り返す。僕は戦わない。
いや、戦えないんだ僕は。この装甲はもう動かないのだから。
何を今更迷うことがあるのか。
僕はいったい、何を迷っているのか。
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話は変わるが、これは未だに目覚めない同級生。 |
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「桑のやつ、起きないな。酒が冷めちゃうよ。」 |
今食べているのは味付け干し肉。
これは師匠から教わった最初の加工法。原点にして頂点……と僕は勝手に思っている。
日持ちもするし、持ち運びに適しているし、風通しに気を使いながら面倒をみるのも可愛げがあって最高。
おすすめの食べ方は、熱した酒につけてふやかして、何度も咀嚼する。
もとが味のない肉であれば、咀嚼することでようやく味を感じることができる。
味付けに使うのは秘伝の味付け粉。
こなの原料は企業秘密だけど、その味は保証できるものだ。
桑は未成年だけど……飲める水を持っていないからそこは我慢してもらうしか仕方がない。
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「それに、ずっと一箇所に留まっているのは危ないよな……」 |
戦う気がなくても桑をかくまっている以上、僕は言い訳しようなく『イバラ側』にしか見えない。
……ああ、どうしたものか。