『2.ペットに餌をあげる』
あれから帰ってきたスカリムさんは風邪をひいていた。
それから、屋敷にいるのに距離の取り方が分からなくなった。
スカリムさんは帰って来てくれたのに、どれくらいの距離を取るのが最善なのか
わからなくて、わからなくて、沢山考えていたら
気付けばまた僕は規約を破っていた、今度はほんの不注意。
約束の内容は子供が○時までに眠ること、大人が子供にいうような簡単な約束。
だけどそれが守れなくて、内容を思い出した頃には顔が青くなった。
「助けてっ、あなたはスカリムさんじゃない!」
「こっちに来ないで!!」
泣き叫んでも助けてくれる人は誰も居なかった。
ドロドロに溶ける感情、扉が開いて次にスカリムさんに会ったときには抱きついていた。
そうだ、僕らは相思相愛なんだって、昨日はいっぱい仲良くしたんだって。
何も疑わない瞳でそう言うと、スカリムさんは何故かタユタを睨んでいた。
「タユタさん、今日と明日、坊ちゃんと二人きりで過ごしたいんだけど……駄目かな?」
「……いいですよ、坊ちゃん、良かったですね」
「はいっ!」
そして湯浴みをして体を洗ってもらっているときにふと、こんな会話が交わされた。
「坊ちゃん、僕のこと好き?」
「……好きです、好きなんです、とっても」
「じゃあ僕以外を好きになっちゃ駄目だよ、分かった?」
その時のスカリムさんの瞳がいつもの自分が違和感を感じられたのかもしれないけれど
今の僕には大好きな人が自分を見ていてくれる、それだけのもので、笑って返事をした。
「はいっ」
その返事に、どれだけ後悔することになるかは、すぐにわかった。
その後、手を繋いで久しぶりに街へと繰り出した、その手がとても温かい。
出かけた際に買ってもらったチュロスを食べ慣れなくて、嬉々とした表情で食べていた。
「美味しい?」
「はい、僕これ好きです」
「好き、か……そっか」
一瞬、何が起こったのか分からずに動きが止まった。
食べていたチュロスは突然スカリムに取り上げられて地面へと捨てられ、踏みつけられた。
そして流れるように新しいチュロスを手渡されたときには僕は自分が何をしたのか分からなかった。
「……あの、スカリム……さん」
「ん?食べていいよ」
先程より小さな一口で、食べようとするがなかなか思うように食べられない。
するとスカリムが口を開く。
「坊ちゃん、僕が言ったことを覚えてるかなぁ?僕以外を好きになっちゃ駄目なんだよ、分かる?」
「……っあ」
その言葉を聞いて、漸く理解する、そして頷いてはいけないことに頷いたことを理解した。
「だからね、それ好き?」
「……いいえ」
「だよね!僕のことが好きなんだよね!
僕だけを好きになってね、伊舎那坊ちゃん。そんな君が僕は好きだからさ」
抱きしめてもらっても、好きと言われても、これが僕の求めたものか分からなくなった。
けどこれだけは分かる、スカリムさんが僕を好きになってもらう為には
他の『好き』は全部失くしてしまわないと駄目なことを。
好きが増えたら、そう思って踏み潰されたチュロスを見て何も言わなかった。
チェックポイント、ここまで来たら少しは落ち着けるだろう。
出も人が多くなってきたとはいえ、ここでも二人を見つけることはできないというのは
良いといっていいのか、悪いといっていいのか分からない。
傷をつけてばかりいるだろうか、体力の消費が激しい気もするけれど
香りに毒されない為につけているのに、その香りで消費が緩和されている気がするのは皮肉なものだ。
チェックポイントにはタユタがいてこういったやり取りが行われ
http://lisge.com/ib/k/now/r909.html
僕はあっさりとあの元従者に傷つけていたことをバラされてしまった。
頑張って、頑張って、自我を通していたのに
結局スカリムさんに心配をかけさせてしまった、苛立たせてしまった。
「どこ行くの?」
「少し絵を描きたい気分なんです、大丈夫です、傷つけにいくわけではありません」
「……早めに戻っておいで、ここでの一時間はすぐだから」
「はい……」
アガタと名乗っていた彼の絵を仕上げる為に少しだけスカリムから離れた。
絵を描くのはただの口実みたいなものだった、実際に鉛筆を持つ手は進めていたけれど
少しだけ今はあの場に長居することが気まずかった。
「そうそう、坊ちゃん」
「うわっ!?」
何事もなかったかのように歪む感覚と同時に現れる元従者。
流石に驚いて声を出し、慌てて辺りを伺う。
スカリムさんはタユタが僕にいらぬことを教えるのを極端に嫌う。
「な、なんですか……用はもう終わったでしょう、ロクなこと言わずに」
「貴方はご自分の異能を自覚できてらっしゃいますか?」
スカリムさん、いや、このハザマの空間やイバラシティの人間なら分かるである異能
それを僕はどんな能力か知らなかったし、イバラシティの僕も知らないから
どう扱っていいのか分からなかった。
「できていませんけれど……今更でしょう。それとも教えてくれるんですか?」
「そうですね、異能は教えませんけれどヒントだけ教えます。イバラのあなたに」
「あっちの僕に?」
「使うところを見ることができたら、きっと簡単に使えますよ、あなたなら」
「どういうこと……!?」
自分が言いたいことだけを言うと彼女はまた消えてしまった。
せめて、せめて、この世界で使う異能がスカリムさんの役に立てるものならいいのに――