(五番目の記憶)
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(その風景に映った映像の中に一瞬、奇妙な既視感を抱かせる場面があったことに気が付いて)
(侵攻者は「ん?」と呟きながら、小首を傾げた)
(既視感―――つまり、向こう側の記憶の中で”見たことがある”と感じたものがある、ということになる)
(何故だろう。)
(自分が”見たことがある”と思える記憶の種別は、およそ次の4種類の筈だった)
(否定の世界に至る前と、至った後と、この狭間時間に飛ばされてから後と―――向こう側からの記憶)
(いずれに拠るものなのか―――いや、別に気にせず放っておいても良かった)
(既視感なんて気の所為かもしれないし、見たことがあったところで重要な事柄とも思わない)
(だから、それはほんの気まぐれだった)
(波飛沫のように散りばめられた記憶の断片から、その一欠片を掬い上げたのは)
(大して気にも掛けていない、向こう側の見たものを、わざわざもう一度、確かめようとしたのは)
(―――それは向こう側が迷い込んだらしい、どこかの古寂れた店だった)
(店内は仄暗い。自分は店内の椅子に座っている。店主に、道順を尋ねている)
(示された地図を見て―――もう少し、先の映像だった筈―――)
(店主に礼を言っている。店員に食事を注文している。店主がふいに、皿を差し出す)
(―――ああ、”ここ”だ)
(この、円を描いたような形の揚菓子が―――既視感の正体だった)
(向こう側の自分にとって、それは見に覚えのない菓子として目に映った様だった)
(―――それでも、口にした時に馴染み深さがあると答えている)
(それらを写し身と共有した本人は―――漸く、この感覚の理由が理解できた)
(紐付く記憶の正解は、「否定の世界に至る前」だった)
(あの揚菓子は、ずっと前に1度だけ―――食べたことがあった)
(それは自分が生まれた村で)
(ある日の市場の、路端で売られていた)
(主食に用いる穀粉でもなく、香辛料でもなく―――菓子、という嗜好品が並ぶのは相当に珍しかった)
(なにせ小さな村で、国全体で見れば辺境の方で―――そして村全体が、戦後の貧困に窮していた)
(―――侵攻者は考える)
(店の者が話した言葉では、中東の菓子だと述べられていた様だった)
(向こう側が対話した、あの金髪と紅玉色の双眸をした彼女は、確かに出身地が近しいのだろう)
(―――正確に述べるなら、「向こう側のあれが自分の出生地だと信じている場所」になるのだけれど)
(あれはワールドスワップを引き金にして、自分を起点に生じた事象なのだから)
(本来的な意味で言えば、生まれた場所なんて存在しない)
(そのような写しの向こう側が、あの揚菓子の味わいに馴染み深さを感じたのは)
(元の自分が―――嘗て、生まれた村で口にした事があったのに起因したのだろうか、と)
(侵攻者は推察した)
(あの簡素な作り方で出来上がる菓子はきっと、特別珍しくはない)
(それも繰り返し、食べたことがある訳でもない)
(小さく閉鎖的な村で生まれた、侮蔑に塗れた生涯の中で)
(それはいつかの、ほんの些細な出来事だった)
(それでも)
(その記憶は、自分が否定の世界に至る前の―――まだ、人として生きていた頃の風景を強烈に呼び起こした)
(あの揚菓子は、本当はお金が無くて買えない筈だったこと)
(路端でそれを売っていた売人が、人目を避けて、なぜか1つを差し出してきたこと)
(その胸元に、周囲から隠すようにして―――古錆びた十字架が吊り下げられていたこと)
(彼は、同じだった)
(あの村の、はみ出し者だった)
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シンディ 「…………。 まさか、あの街であれを食べる機会があるなんて。 シンディの国のあたりの出身者はいないように見えたけど、……たまたま偶然、近い人がいたのね」 |
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シンディ 「……。……食べ物のことって案外、覚えてるのね。 ふふ。そんなのもう、とっくに忘れちゃったと思ってたのに」 |
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シンディ 「ああでもね、あのきれいなお兄さんがまた、ご飯を作ってくれる約束をしてくれたのよ! 楽しみね、早く取りに行きましょうよ」 |
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シンディ 「―――私、今けっこう楽しいのよ。 あの子からの記憶は、相変わらず邪魔だしうざったいけど―――。 アンジニティは外に出られない世界だったから、こっちは刺激があって良いわ」 |
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シンディ 「それに、あなたがいるもの。―――あなたがいるから。 生まれる場所は選べなくても……私の信仰はもう、永遠になったの」 |
(そう言うと、神像にそっと寄り添った)
(巨像は何も答えない。この世界に来る前も、後も、変わらず一言も発しないまま)
(それを気にする素振りもなく、侵攻者は幸せそうに)
(愛する者に寄り添ったまま、瞳を閉じた)
進行度: 【 1d20:[14] 】 +5/100