もし、白鳥を装っていた黒鳥がその偽りを見破られなかったなら。
果たして黒鳥は幸せになっていたのだろうか。
自分では無い誰かに誓われた愛という夢から醒めた時、黒鳥は何を思うのだろうか。
――己の姿も心も偽って、それで手が届くなら安いものなのかもしれない。
更に1時間。
ハザマで探りを入れていて気付いた事だが、どうやら木染玄鳥の知り合いはこちら側の者が多いようだ。
それはそれで協力関係になれるのならば悪い事では無いのだが。
あの偽善者を活かしきれないのは複雑な所がある。あの男の価値など梟の使いの黒鳥程度しかないのだから。
……もしも、ハザマと同じようにイバラシティでの姿側にこちらの記憶が追加されたなら。
あの偽善者はどうなるだろうか、とても愉快な事になるに違いない。
そんな思索に時折耽ってしまう。
己を白鳥と信じて疑わない黒鳥が現実に気付いたとき、黒鳥は果たして水面に映る姿に耐え得るのか。
己では無く白鳥へと寄せられた感情を直視できるのか。
黒い羽根を隠し続けたまま虚しく生きるのか。
――隠しきれる筈など無い。
イバラシティには、スガタミカガミと呼ばれる不思議な鏡がある。
あの男は二度、鏡に映ったものを――本性とも言える、否定された咎人の姿を――見た。
一度目は、好奇心から偶然に。
二度目は、己の醜い欲や執着、嫉妬をまるで直視しようとするように。
あの偽善者が自覚し始めた独占欲と嫉妬深さは、欲の侭に生きているこの自分でさえ呆れて嗤う程だった。
そしてその末に、罪状の具現化とも言えるあの異能の、完全な形に手を伸ばした。
例えあの男が自分の所業をなぞるような真似をしなくとも、
守りたいものを守る力が己に無い事を恨んで、力ある者への醜い感情を晒して、
異形の罪状――本人が嫌うであろう悪の所業から成る力をそうとは知らずに求めた事を思えば嗤わずにはいられない。
まだ温いという気もしないではなかったが、それでも幾らか溜飲は下がった。
鏡の破片は、確実に刺さり続けてあの偽善者を蝕んでいるに違いないのだから。
侵略の合間に同業者達と顔を合せた。
彼らはハザマでは、ノイズ混じりに聞き覚えのある声で喋る無貌の怪異と、
向こうと変わらない姿の――元はイバラシティの側に居る筈の男だった。
目的を同じくする側だという言葉は信じても良いと考えられる。けれど。
……彼らの感情までもを果たして信じても良いのだろうか。
木染玄鳥ではなく"自分"と話がしたかったのだと語る彼らの胸中が、わからない。
イバラシティでの関わりをどうでも良いと言い切った上で、
利害関係以上の距離に自分を置く理由が果たしてあるというのか。
……何より、何故自分は彼らの言葉にどこか安心してしまったのか。
もし、木染玄鳥がハザマでの記憶を得たのなら。
例え2日と少しの夢であっても、何も思い悩む必要なく彼らと行動を共にできるとこの世界を羨むのだろうか。
ふと、そんな事を思った。